ダンジョン攻略
“深淵の森” ダンジョンは洞窟を抜けた先に広がる先の見えない鬱蒼とした森が広がるダンジョンだ。最低でもブラックウルフ。最大は最深部にいるミノタウロスだ。ミノタウロスを討伐するのは大体ギルドランクB以上だと言われている。……言われているのだが……
「フゥ。こんなもんかな」
自重しないSSSランク魔法使いによってバッサバッサと倒される事数十回。ギルドマスターは剣術使いで、元々火魔法を使っていたライオネルと組んでいたと言う経歴もある事から、リリアも火魔法を中心に使っている。そうしてその威力は桁違い。ここまであっさりと討伐出来るとミノタウロスが弱いと錯覚する程だ。
「現役の時の俺たちだってようやっと討伐していたくらいなんだが……」
「楽勝になっている辺り、強くなったって証拠でしょう」
「まあな……」
「……アタシら、夢見てるんちゃうかな」
「メイベル。現実逃避が遅いぞ」
「もう僕たちはそこを超えちゃったねぇ」
「ああ、これで俺たちも30になったんだしな。次は俺たちだぞ」
そう、何とか今日中にバルト達が30レベルにまで上がったのだ。リリアの宣言通り指一本バルト達に魔獣が触れない状態だった。まるで観光だ。持ち込みの水筒に入った紅茶を飲みながら、自分達が討伐することを考えてシュミレーションをしている。
「まさかハイミノタウロスが3回も出るとはな。引きがいいのか悪いのか……」
「レベル上げ目的ですからね、運がいいと思っておきましょう」
「そうだな」
もう色々吹っ切れた様で、ギルマスは嬉々として自分のステータスを見ている。ギルマスが持ち込んだのは簡易のステータス水晶。ネックレスになっていて、正式なものよりは省略されるがレベルなどは分かるのだ。……今度作ってみようかな。ちなみにギルマスも予定通り70レベルまで上がっていた。流石はハイミノタウロスもとい経験値さん。ありがたい。
「よし!じゃあ、バルト達の討伐は明日にして、今日はもう帰ろうか」
「そうだな。明日までに攻略方法を考えて装備も整えておけよ?」
「「「はーい」」」
「……遠足やないんやから」
若干一名、まだ染まりきっていない常識人がいた。がんばれ、メイベル。
次の日、いよいよバルト達の番になった。
「はぁ.......胃が痛いわ.......」
「大丈夫だよ。メイベル、エンシェントウルフ相手にあれだけ対応してたし」
「そーなんやけどな.......」
「昨日の見学を活かして対応しないとな」
「だねぇ。僕はギルマスほど早く動けないからねぇ」
「俺とバルトとメイベルで支援魔法。リリアとレオンで叩くって感じか?」
「そうだな。とにかくリリアの魔法は桁違いだから昨日も攻撃できたけど、俺たちでは無理だ。だったら、俺たちは支援に回ってリリアとレオンに攻撃してもらった方がいい」
そう、昨日はギルマスとリリアだったためリリアも支援兼攻撃だったが、今日はバルト達もいる。経験のためにリリアは若干自重気味で行く事になっている。
「緊張してると体も強ばるから、力抜くようにね」
「そない言うても、いきなりハイミノタウロス出たらどないするねん」
「え、運いいね?」
「アホか!」
「初戦だし、普通のミノタウロスだといいねぇ」
「「「「「.......」」」」」
「グモォォォォォォォ!!!」
はい、フラグ回収お疲れ様です。黄金色の毛並みを持つハイミノタウロス様、ご登場でーす。
「アホぉぉぉぉぉぉ!!!」
「まあ、倒すしかないのでやっちゃうよ」
メイベルの絶叫に苦笑いしつつ、リリアは剣を構えた。
「初戦だし今回は素材は気にしなくていい。とにかく倒すよ!」
「「「「おう!」」」」
ミノタウロスの弱点は大きな角だ。角目掛けて3人の攻撃魔法が飛ぶ。ついでにミノタウロスの視界も奪う。その隙にミノタウロスの両足をリリアとレオンで切り落として倒れた所をレオンが首を落とした。
「あ、アタシ達が.......」
「ハイミノタウロスを倒した.......?」
リリア以外は唖然としている。
「ね?簡単でしょ?」
「.......まあ、簡単っちゅうか.......」
「俺たちの魔法の威力にビビったっていうか.......」
「30レベルまで上がっただけのことはあるな、というか.......」
「身体の軽さが今までと段違いだったし.......」
まあ、要約すると『これ誰の体?』と言った感じなのだろう。一気にレベルが上がったからな。
「このレベルになるとこのダンジョンはちょうどいい感じだからね。自分たちの身体に慣れる所から始めましょうか」
こうして始まった周回ダンジョン。回数を重ねていくうちにミノタウロスの効率のいい倒し方も分かるようになり、素材も綺麗に残せる様になっていた。こういうのは実戦からしか学べない。とにかく周回するしかないのだ。気がつけば皆ノリノリでペアでやってみようとか、どっちのペアがより多く素材を残せるかとかやったりしている。メイベルですらレオンとペアを組み、効率のいい素材回収方法を考えたりしている。途中から経験値が倍になる魔道具を装備して周回するようにもなった。そして昼食を取るのも忘れて夕方まで周回ダンジョンをやった結果.......
「まさか全員、レベル50まで行くとは思わなかったよねぇ.......」
レオンは馬車の中で言う。そう、当初の目標だった全員50レベルに到達したのだ。
「予定通り行ってよかった!」
「リリア、アンタ『今年中に』言うてたやん!」
「まあ、余裕もって?本来の目的はギルドランクなんだよ」
「なるほど。ランクはどんなに急いでも、順番があるからか」
バルトは納得したように言う。レベル上げは扱けば何とかなる。しかしギルドランクはどうしようもない。変にすっ飛ばして目をつけられても困るのだ。
「仕方がないけどね」
「じゃあ、当面はランクに集中できるって事か?」
「だね。あとは学校生活ね」
「ウチらが1年なの忘れとったわ.......」
メイベルはため息をついた。そう、自分たちの本職は学生なのだ。
「正直、習うことがない気もするな」
「確かにな。リリアが言ってた実戦の大切さがわかった気がするぜ」
「座学も大切だけど、歴史なんかは戦闘に必要ないしねぇ。貴族だと家庭教師から習ってるし」
「とは言っても、メイベルとフィアンは座学やらないと駄目だし、私達だけで実践はさすがにね」
「何か悪いなぁ」
「私にも必要だから」
私も世間のレベルを少し学ばないといけない。何しろ自重もせずに鍛錬を積んでいたのだから。
「アンタに関しては世間の常識やろ?そんなん冒険者しとった方が学べるんとちゃう?」
「父上の雇った家庭教師の情報に信用が置けないんだよ」
「「「「ああ.......」」」」
さすがに歴史なんかは大丈夫だろうけど、貴族についてとか偏見マシマシで教えられてるだろうし。領民から納められる税金についてとか、学園の理念である『貴族と平民は平等であり、貴族は領民を守る責務がある』とか言うことも鼻で笑うような父上だったからね。
「では、明日も予定通りにお迎えに上がりますね」
「はい。では、また明日」
「また明日〜」
馬車がいなくなると、スティーブが出てきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま。兄上は?」
「お変わりありません。お昼にミノタウロスのステーキをお出しした所、大変喜ばれておりました」
「やっぱりお肉系が喜ばれるかな」
「そうかも知れませんね。夕食にはビッグシャークのポワレをお出ししようと思っております」
「そう。あとはアメリアか.......」
「ロベルト様からお手紙が来ています。アメリア様は少しづつではあるものの、側付きのメイドとお話をするようになっていらっしゃるそうです。時折笑顔も見せつつ。お食事も固形食はまだですが、食欲も出てきているとの事です」
「そう!良かった!」
何かに怯えるようにベッドで捨て猫の様に丸くなっていたことを考えると、随分と落ち着いてきたのではなかろうか。
「そうそう。今日ギルドに行って報酬を受け取ってきたわ。領地運営のために取っておいてちょうだい」
「よろしいのですか?ホーンラビットの素材売却のお金も領地に使いましたが」
「どうせアイテムボックスにまだ売ってない素材もあるし、この屋敷にあるいらない物を売ったらもう少し収入になるし大丈夫よ」
「かしこまりました」
「代官に伝えて欲しいの。私が公爵を継いで領地運営に取り掛かるまでに領地の改革案を作っておいてって。あと、それにかかる予算も」
「承知しました」
何しろ父上は本当に何もやっていなかった。領地は荒れていたし、年々領民は減っていたし、何か解決策を打ち出さないと領地が滅びてしまう。
部屋に戻るとさっさと着替える。ノックをしてメイドが入ってきた。
「お風呂はどうされますか?」
「そうだね。先に入っちゃおうかな。汗だくだし」
「準備は出来ております」
優秀な使用人が揃っていて助かるよ、本当に。
「ありがとう」
この屋敷で唯一気に入っているのはお風呂だ。2対の女神が水瓶から湯を注ぐと言うデザインの大理石製の像はともかく、広く大きな湯船は一日の疲れを癒せる時間を作ってくれる。しかも今日はロベルト侯爵のご好意で、週に一回温泉が届けられる日。そう、このお湯は温泉なのだ。
「ふわぁぁぁぁ.......」
ダンジョン一周目でいきなりハイミノタウロスが出たとか、その後50レベルになるまで周回したこととか、皆強くなっていく自分に妙に楽しくなっていってたり.......。何だかんだでメイベルもノリノリだったし。充実した1日だった。
さて、後はギルドのランクだ。今はGランクだが、Eランクまでは依頼達成数とそのジャンルだったはずだ。討伐依頼、薬草採取、王都での雑務などをバランスよく受けないといけない。Eランクから上になるとダンジョン産の魔石とか特定のダンジョンでないと採取不可能な鉱石や薬草など依頼が多くなっていき、Cに上がる条件は確か盗賊の捕縛、もしくは討伐依頼の達成だったはずだ。その達成状況を見てギルマスが昇格を決めるはずだ。レベル上げより根気のいる話であり、当然時間もかかることは予想される。休みがないな、きっと。
夕食に出てきたポワレを兄上は美味しそうに食べている。こうしてみるとまだ子供だな。いや、私も今は子供だけどさ。この世界では15歳が成人だが、私からするとまだ甘えたい盛りの子供のような気がする。
「ところでリリア様」
「はい?」
「本日はダンジョンにギルドマスター抜きで潜っていらっしゃったようですか、成果はどうでしたか?」
「全員50レベルにはなったよ」
スティーブの質問にあっけらかんと答える。
「.......ねえ、スティーブ。50レベルってそんな簡単になれるの?」
「いえ、普通は無理ですよ。ギルドマスターで60レベルなのですから」
「昨日ギルマス、70になったけどね」
「それ、そんな簡単に上がるもの?」
「流石はハイミノタウロス、もとい経験値さんですよね。流石に70は無理かと思ってましたけど、経験値さんのおかげで達成してましたよ」
80になるためにはもう少しハイランクのダンジョンに行かないと時間かかり過ぎるだろうけどね。
「ハイミノタウロスが経験値さん.......」
「やはりお嬢様は世間一般の常識をお勉強なさった方がよろしいかもしれませんね」
兄上にもスティーブにも呆れられてしまった。レベル上げって楽しいんだもの。仕方がないよね。
常識の齟齬は異世界ものではお馴染みです!
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