「遅すぎる」娘を得たいなら、俺の屍を越えていけ ~絶対に倒せない義父は、神速の拳を持つ男~
通算二十八戦目
「ハハハハハ、まだまだまだ~」
俺は足元に倒れ伏せる、娘の“カッコよくて素敵な恋人で、かつ最上級白金冒険者”だというアレンの頭に、足をのせて腕を組んだ。思わず高笑いしてしまう。
今日も勝利した。まったくもって気分がいい。
きっと飯もうまいはずだ。
帰宅したら我が愛しの娘が作るカレーライスを食べようと思っていた。
「お……義父さま……もう一戦」
「無理だろう。だいたい、お前のお義父さまじゃねぇ。気持ち悪い、呼ぶな」
俺は足でぐりぐりと奴の頭を踏んでやる。
きらきらと輝く金の髪は、俺の大嫌いな王子様のようだった。
ふんっ。
それには、今や俺の足型がクッキリと残っているがな。
さすがに踏んだことがトドメになったようで、白目をむいて、きゅーという感じで倒れている。
仕方ないので、筋力強化をして、肩に担ぎ上げる。
以前、山に置いていったら、娘にめちゃ怒られた。それで家に入れてもらえなかったので、それからは仕方ないので、こうして担いで街まで連れて帰ることにしている。
妻は冒険者の仕事を引き受け、今は国外にいる。
だから、娘に近寄る悪い虫を退治するのは、父たる俺の役目だった。
初めてアレン=グラハムに出会った時、なんか物語に登場する主人公みたいな奴だな……と思った。そして、俺は奴が気に入らなかった。きらきらと輝く金色の髪に、青い瞳、笑った時に見える歯は真っ白で、お前、歯磨きメーカーのCMに出てくる俳優かと、ゾクリと背筋が寒くなった。
その白い歯をキラリと見せて、黄金の髪を輝かせて、ハンサムな若い男は俺に言ったのだ。
「あなたの娘さんのマーキュリーさんと、お付き合いさせてください」
「却下だ」
即、俺は却下した。
娘がアレン=グラハムの後ろで、俺を睨みつけてくる。母親ゆずりの真っ赤な髪に、ワイン色の瞳の、えらくかわいい女の子だ。まったく俺の遺伝子が入らなかったような容姿ですこぶる嬉しい。俺はのべっとした日本人顔で、凹凸も少ない平野のような顔立ちだからな。
それが、一人娘のマーキュリーは、お母さん譲りの美貌に加え、ダイナミックバディ(ボディではない、バディだ)まで手に入れている。悪い虫がしょっちゅうつくので、俺は常に、成敗していた。まぁ、神速の拳があるから、ちょろいぜ。
「そうだな……もし、娘と付き合いたいなら、俺を倒すことだな。俺を倒したら、認めてやろう」
俺はニヤリと笑って、奴を見つめる。
「お義父さまを、僕が倒すんですか?」
ひょろりとした細身の魔術師にしか見えない俺。簡単に倒せそうに見えたのだろう。
アレンは怪訝な顔をしている。アレンの後ろのマーキュリーが、真っ青な顔になって、アレンの袖を引いて、小声で言っていた。
「だめだめ、パパと勝負しちゃだめ」
アレンはマーキュリーの方を向いて、優しく言っていた。
「大丈夫だよ。君のお義父さまには、手加減して、傷一つつけないようにするから」
「違うの、アレン、違うの」
必死な娘のマーキュリー。
俺は立ち上がり、言った。
「よぅし、アレン。よくぞ言った。俺を倒してこそ一人前の男だ。さぁ、表に出ろ!!」
「パパ、やめて、アレンは普通の人間なのよ!!」
「いやだな、パパだって、普通の人・間・だ・ぞ☆」
俺がウィンクしていうと、マーキュリーは凄まじい目付きで俺を睨みつけてきた。
そんなところが、母親のアルディーに似てきて怖い。いや、アルディーは俺に向かってそんな目はしないよ。
ただ、屑の人間を見る時はそんな目をするんだ。
俺はぞくぞくっとするけどね。
だけど、マーキュリーが、俺を見て、そんな目をするってことは。
俺を屑の人間と見ている?!
まさか、そんなはずが……
内心の動揺を鎮めながら、俺は家の外に出た。
アレンは腰の剣を外して、地面に置こうとしている。
白金クラスの冒険者は、勇者にこそ匹敵はしないが、国内でも数人しかいない強者だ。
普通の人間なら、とても敵わない。
そう、普通の人間ならな。
「アレン、だめ、だめよ、だめなんだから、だめといったら、だめよ」
マーキュリーがだめの活用変化のような言葉を呪文のように唱えている。
アレンの服の裾を持って揺らしている。
アレンはそのハンサムな顔を困ったようにしている。
「大丈夫だよ。剣も使わない。撫でるようにするから」
「違うの!! アレン、相手を殺す気でやって。もう、ドラゴンを倒す気でやらないとだめ。パパだと思わないで!! あいつは魔王よ」
「……マーキュリー」
錯乱しているのかと、アレンは優しくマーキュリーの紅い髪を撫でる。
おい、娘の身体に勝手に触れるな……
俺の背後から、ゴゴゴゴゴと謎の効果音が響きわたる。
「では、お義父さま、よろしくお願いします」
「はい、では」
アレンの目の前で、俺の姿は一瞬で消えた。
たぶん、奴の目には俺の動きは認識できなかっただろう。
俺の強化された拳が奴の顎にきまり、奴はくるくるくるくると回りながら、隣家の屋根につっこんでいた。
「ああああああああああああああああああああああああ、アレン!!!!」
娘のマーキュリーが絶叫しながら、アレンのそばに近寄ろうとする。
俺は拳にふっと息を吹きかけ、言った。
「口ほどでもないな。マーキュリーの恋人になる件は却下だ。却下といったら、却下だ。絶対に却下だからな」
隣家の屋根からアレンを引き抜きながら、娘のマーキュリーは涙を流しつつ、俺を睨みつけていた。
「ひどい、パパ。パパに敵う人間なんていないじゃない。パパは、勇者のママを鍛えたんでしょう? 普通の人間なら、倒せないわ。ひどすぎる」
「ひどくないもーん。だって、俺に勝って恋人になるって決めたのはそこの男だろー。売られた喧嘩は買わないと」
マーキュリーはぎりぎりと歯を噛み締めていた。
「パパ……私達は絶対に負けないわ!!」
「ふぅん、じゃあ、マーキュリーがそこの男を鍛えるというのかい?」
「そうよ。私達、絶対に絶対に、パパに勝って、そして結婚するだから!!」
「おい、待て。なんで恋人になるから、結婚に話が飛ぶんだ。パパはそんなこと絶対に認めないからな。おい、なんで恋人すっ飛ばして結婚なんだ」
「もうアレンの家のご両親にはご挨拶済ませているんだから!!」
「パパはそんなこと知らないぞ!!」
「ママだって、パパがいいって言ったら許してくれるって」
アルディー!!
俺は美しい妻の名を内心で叫んだ。
知らなかったのは俺だけなのか!!
「ふ……ふん、俺に勝てたら、認めてやる。だが、まぁ、俺に勝てるはずないがな。ハハハハハッ」
俺は腰に手を当て、高笑いしてやった。まるで魔王のように。
それから、アレンが毎日のように襲い掛かってくる日が始まった。
「パパはね、相手に準備をする時間を与えるなというのよ」
そう言われたアレンが、歯磨きしている俺に剣を突き出したのは驚いた。
まぁ、避けたがな。
「パパはね、猪突猛進な敵には落とし穴がいいと言うのよ」
玄関の扉を開けてすぐのところに落とし穴を作るのは、猪突猛進の敵用じゃないから。わかる?
それはどちらかというと油断大敵という……
まぁ、避けたがな。
「パパはね、毒をもって毒を制すると言うのよ」
絶対にそれ違うから。
パパの夕飯にしびれ薬を入れるの、絶対に違うから。
まぁ、吐き出したけどな。
だんだん手段を選ばなくなっている娘のマーキュリーとアレン。
目的のためには手段を選ばない。さすが我が娘!!
だが、父を倒すのにはまだ足りないな。
けれど、気の休まらない日々に少し疲れてきていたけどね……。
そして、愛しの妻で冒険者で、勇者でもあるアルディーが、仕事を終えて外国から戻ってきた。
彼女は帰宅するなり、俺と娘のピリピリとした冷戦の空気を感じたようだった。
「あなた、二人を許してあげて頂戴。あのアレン君もいい子よ。白金冒険者で腕もいいし、実家は貴族なんですって」
「そんなこと関係ない」
ぶすっと俺が膨れてそう言うと、アルディーはそばまで来て、小さくため息をついた。
「もう、好き合っているんだから私達が反対しても仕方ないでしょう」
「俺の屍を越えなければ、娘と付き合うことは許さん!!」
「…………」
アルディーは深く深くため息をついていた。
通算二十九戦目
俺はあんぐりと口を開けていた。
だって、アレンの前に、鎧をまとい、聖剣を握り締めた我が妻アルディーがいたからだ。
「……仕方ないので、私がアレン君達を加勢することにしました」
そうアルディーは言う。
「お、お前、義母になるかも知れない人に加勢されて恥ずかしいと思わないのか!! 卑怯だぞ」
「パパの口から卑怯という言葉を聞く日が来るなんて思わなかったなぁ」と、娘のマーキュリーはすごく嬉しそうだった。
「……すみません」
アレンはぺこりと頭を下げる。素直な青年の様子に少しだけ、好感度が上がったのは内緒だ。
「糞、糞、糞」
俺はぶつぶつと呟いていた。
そして、片手を空に向けた。
「魔剣、来い」
アルディーが聖剣を手にするなら、俺は魔剣を呼ばないと勝てないと思った。
彼女はそんな美貌と素晴らしい肉感的なバディを持ちながらも、勇者だからだ。そう、腐っても勇者。人類最強の人間。
空はにわかに黒い雲に覆われ、青白い稲光が走る。
そして、突如雷撃とともに、地面に突き刺さったのが、魔剣だった。
久しぶりに地上に顕現できた魔剣は嬉しそうに唸って震えていた。
「……マーキュリー、君の……お義父さまって、何者なの?」
震える声でアレンは言った。マーキュリーは魔剣を呼んだ俺を睨みつけて言う。
「パパはね、今代の勇者を鍛えし、魔剣の主で、異世界から悪役令嬢の守護霊として遣わされ、賢者の石で受肉した男よ」
「…………ふ……ふぅん」
目を白黒させているアレン。ちょっと情報量が多すぎる設定だな!!
俺はすらりと魔剣を鞘から引き抜いた。
白い雷光が刀身にまとわりついて、音を立てている。
「……魔剣を呼ぶとはね」
アルディーも聖剣を鞘から引き抜く。美しい燐光が漂うその刀身を、マーキュリーもアレンも陶然としたように眺めていた。
「綺麗だわ」
「アルディー、やめろ。お前は俺には勝てない」
俺がそういうと、アルディーは微笑む。
「違うわ」
アルディーは聖剣を手にしたまま、ゆっくりと俺に近づく。
俺は左右に首を振った。
「だめだ、アルディー」
「……あなた」
アルディーはあのワイン色の瞳で俺を見つめ、真紅の髪を揺らしながら、俺に一歩一歩近づく。
そして、俺の魔剣を持つ手に触れた。
「あなたが私には勝てないのよ。決して」
そして魔剣を俺の手から落とす。彼女の手からも聖剣が落ち、彼女は背伸びをして、俺に抱きつき、唇をそっと重ねた。
そう、俺は絶対にアルディーには勝てない。
だって愛しているんだもん。
でないと結婚しないし、賢者の石で受肉だってしなかった。
アルディーのそばにいたいから。いたいからこの世に生まれたんだ。
そんな彼女を俺が傷つけるはずがなかった。
「仕方ないから、お付き合いから認めてやるよ」
俺はぷいっと明後日の方を見ながら言うと、アレンは頭を下げた。
「ありがとうございます。お義父さま」
アレンの傍らで、マーキュリーも頭を下げている。
「じゃあコレ」
マーキュリーが白い封筒を差し出す。
「なにこれ?」
疑問の表情を浮かべる俺に、マーキュリーは満面の笑みを浮かべて答えた。
「結婚式の招待状です!!」
「ねぇ、俺、付き合うのはいいって許したけれど、式挙げるのまで許したつもりはないんだけど」
アルディーが少し呆れたように言う。
「……もう、あなたいい加減に認めてあげたら」
教会で、アレンに抱き上げられ、白いドレスをまとっている一人娘のマーキュリーはとても綺麗でかわいかった。
う……うう、あんな男に。ひどい、結局、俺に一回も勝てていないのに。
鐘がリンゴーンと鳴り響き、白いお仕着せを着た子供達が、小さな籠の中から真っ白い花が撒き散らしている。
「ママ」
マーキュリーの手から、ブーケが飛んで、まっすぐにアルディーの手に収まった。
「綺麗、マーキュリーからブーケをもらったわ」
アルディーはブーケに顔を埋め、花の匂いを嗅いだ。
彼はアルディーの耳元で囁いた。
「お前の方が、ずっと……綺麗だよ」
「もう」
少女のように頬を赤らめたアルディーは、そっと俺の頬に口づけた。