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次の料理は

 俺達は料理を食べ終えて満足した。これで今日はもう何も食べなくていい。そして後の洗い物は弟の仕事だ。何とも素晴らしい食事だった。自分の好きなように料理を作り、食べ、2人の人間が俺の作った物を無様に争う様を見て最後の洗い物も任せる。いい食事だった。何度でも言っていやろう。


「じゃあ後の始末は任せたぞ?」

「ああ、やっておくよ」


 弟は何も言わずに俺達の皿を全てまとめ、シンクへと持っていく。文句の一つも言わないようできた弟だ。気が向いたらまた今度飯を作ってやろう。


「次には何時作る予定なんだ?」

「へ?何を?」


 父が唐突に言ってきたので俺は思いのほか理解できなかった。


「焼きそばでも何でもだ。何だかんだだで料理は作るんだろう?」

「そうだけど・・・特に考えてないよ。基本はかあさんの料理で満足しちゃってるし」

「そうか、それで相談なんだが、今度上司の夫婦が来家に来ることになっててな。そこでお前の料理を振舞ってくれないか?」

「え?何で俺なの?母さんの方が絶対美味しく作ってくれるって」

「いや、いいんだ。上司夫妻は既に母さんの物はかなり食べたって言ってたからな。お前の作る料理が美味しいって言ったらそれなら是非食べてみたいと言っていてんだ」


 父の上司夫妻に料理とか・・・確かに俺は料理が好きだしそういう動画とかも良く見ているけど、母の料理に勝てるような物を作れるわけではないし、何より何を作っていいのか分からない。フレンチのフルコースか?金を好きに使ってもいいなら満漢全席もあるかもしれない。


 どちらにしろもっと情報を集めないとわかんないか。


「それって何時の話?後予算とかはどうするの?」

「日付は2週間後の金曜日だ。予算は相手方の苦手な物とかを聞いてからにしてもいいが、4人で食べて2万以内なら大丈夫だ」

「2、2万円!?そんなに使っていいの!?」

「ああ、それだけ大事な相手だからな。粗相のないようにしなければならん」

「え・・・そんな相手ならやっぱり母さんの方が」

「いや、お前がいい!お前じゃないとダメなんだ!だから、な?」


 どうしようか。流石に趣味でやっているだけの俺がそんな大事なのを任されてもな。確かに2万も使えるのなら楽しそうだしやってみたい気持ちがないわけではない。だけど流石に。


「話は聞かせて貰ったわ!」


 結論を出そうとしていたら母がリビングに入ってきた。体に大きなバスタオルを巻きつけ、頭には髪が崩れないようにタオルを巻いている。体からは蒸気が上がっており頬はピンク色だ。バスタオルの下から見える足は細くスラリとしていて出るとこは出ていて魅力的なのだろうが、母親相手だと思うと何も感じないどころか早く服を来て欲しいとしか思わない。という訳で早く服を着て出直してこい。


 とは思いつつもそんなことを言うと飯抜きにされるので言わないが。


「それで、どうしたの?」


 聞いてほしそうにしていたので仕方なく聞く。こうしないと後で拗ねて大変なことになるからだ。主に俺の食事が。


 母は待ってましたとばかりに鼻を鳴らして話始める。


「簡単な話よ。この話を受けなさい。貴方が私の料理を目指していることは知っているわ。だけど今の実力が足元にも及ばないことは一目瞭然よね?」

「うん」


 分かっていたことだが、いざ言われると苦しいものがある。流石に主婦歴が俺の人生以上もあるのだ。高い壁である。


「だけどね、私だって昔から今みたいに上手かったわけじゃないのよ?」

「どれくらい?」

「一番最初に鍋を触ったときなんか何もやってないのに鍋が爆発して危うく怪我をしそうになったり、フライパンがすごい勢いで燃え始めて天井にまで火が届いた事だったり凄かったのよ?あの頃は私も若かったわ」

「そんな時期が母さんにも」


 その言葉を父さんが思い出したくない何かが蘇ってきているように頭を抑えて蹲り始めた。大丈夫かと思うが弟がそれに寄り添っている。その手は洗い物の途中だったためか濡れているが2人の間に気にした様子はない。


 と、母の話を聞かないと。


「あったのよ。それからもだんだんとは成長していったけど、なかなか爆発を止めるのは難しかったわ。流石に調理器具は爆発しなかったけど卵をチンしたら爆発したり、カレーが爆発四散したりね。それでも私は料理を止めなかった。そしてどんな場所でも私はその時の私が出来る料理の最善を尽くしてきた。だからこそ今の私があるの!こんな大事な人前で調理をするチャンスなんて滅多にないわ!だから貴方も躊躇わずに挑戦なさい!いつか私のような料理人になる為に!」


 母が最後にぐっと拳を握りこんで俺にガッツを送ってくる。その拍子に手の後ろにある胸が揺れるが気にしない。だって母のだもの。


 俺はその言葉に感銘を受け、さっきの判断を覆した。


「父さん。俺、その話受けるよ。きっといい料理を作ってみせるから、それで、いつか母さんを超えるような料理を作って見せる!」

「いいわ!それでこそ私の息子よ!」


 そういって母は父の元へと近寄っていく。父はさっきの母の言葉で何か思う所があったのか小鹿の様に震えている。そして母が近づいてくるのをいやだいやだと首を振り、弟が父と母の間に入って父の盾の様になっている。何をやっているんだろう?


「退きなさい」


 弟は盾にはなったがそれは藁よりも軽いものであったらしい。母のその一言で直ぐにキッチンへ吹き飛んで行った。


 母は父の手をがっと掴み寄り添い、俺の方を見る。


「貴方。渡したの息子が立派に育ったのよ。ねえ。分かる?」

「わかるわかる分かります!分かりますからあああああ!!!」

「そこまで強く言わなくてもいいのよ?あんまり煩いと今度貴方の嫌いなマーボー豆腐を作っちゃうんだから」


 母はそう軽く言っているが、父は一切喋らないように口に手を当てて必死に息すら漏らさないようにしている。しかし鼻からは蒸気機関の様に鼻息が漏れており、さっきよりも煩いのではないか。


「貴方、私たちのこれからが楽しみね?」

「(ぶんぶんぶんぶんぶん)」


 父が全力で首を振っている。流石父だ。母の扱いを熟知しているに違いない。母は父に抱きつき、そのまま立たせた。


「それじゃあ私たちはちょっと話すことがあるから先に行くわね。風呂の最後はよろしくね」

「んーんーんー!?」


 母が父を連れだって寝室へと向かう。父は二にか必死に言おうとしていたが父の手を母が抑えて、いや、添えていた為父の言葉を聞くことは出来なかった。


「どうしたんだろうな」


 俺はぼそっと呟くと弟がビクっと肩を跳ねていた。その肩は心なしか震えているような気がしないでもない。もしかして、さっき半袖で外に行ったから体が冷えたとかか?この時期は暑いとはいえ部活で温まった体だから。汗で冷えて大変だったのかもしれない。


 弟はそんな様子を隠す様に言ってくる。


「な、なんでもないんじゃないか?それに聞いても分からないこともある。気にせずさっさと風呂に入って来いよ」

「んーそれもそうだな。じゃあ先に入らせてもらうわ」

「ああ」


 俺は大丈夫ならいいかと思い、それだけ言ってリビングから出る。するとリビングから嗚咽を漏らすような音が聞こえた気がした。だけど弟しかいないので気にせずに風呂へと向かった。きっと聞き間違いだろう。それかテレビの音かもしれない。



 俺は風呂から出てくるとリビングにはげっそりした父と、艶々になった母がソファに座っていた。この短い間に何があったんだろうか。二人は汗をかいているのか服がさっきと違う。後姿を見ただけで何かがあったのかと思わせる。


 そしてキッチンでは弟が冷蔵庫を漁っていた。あれだけ食べた後なのにまだ食べたいんだろうか。弟は俺が出たことに気づくとこっちを向いてきたので先に言う。


「出たぞー」

「はいよ」


 弟は俺と入れ替わるようにして風呂に入っていった。その手には魚肉ソーセージを握っていた。


 俺はソファまで進み、後ろから父さんに話しかける。


「それで父さん。今度の事なんだけど受けるよ。さっき言ったかもしれないけどやってみたい」


 父はぐったりした様子で首だけを動かし、ゆっくりと頷いた。


「そうか、受けてくれるか。楽しみだぞ」

「期待にそえるかは分からないけど出来る限り頑張るから。メニューにもこんなのがいいってあったら教えてね」

「分かった。明日にでも聞いておこう」

「うん。それじゃあお休み、父さん、母さん」

「お休みー」

「お休み」


 俺は2人にそれだけ行くと素晴らしい自室へと帰る。やはり料理に関係のないことをやっている時以外は出来る限りこの部屋に居たいものだ。


 宿題も終わっているので俺はベットに飛び込み、タブレットをつけていつもの料理チャンネルなどを見始める。そして時間もいい具合になったのでそろそろ寝ることに決めた。明日の朝ごはんもきっと一緒だろうからそれを楽しみにして。


 でも俺が父さんの仕事の人の料理を作るとはな。こんなことになるなんて数日前にも思わなかった。そうだ、母さんも応援してくれるんだし、一週間だけでも夜ごはんとかは俺が作ってみようかな。母さんに頼んだらやらしてくれるかな?その方が楽だって言ってやらせてくれるかもしれない。ただ、父さんや弟が何て言うかな。料理を褒めてくれるのは遥かな高みにいる母さんと比べない為の励ましだと思うけど、それでもあれだけ一生懸命食べてくれたんだ。それなりに美味しいと思いたい。でもそう言ったことは明日にしようと、俺は母の料理を思い浮かべる。


 今日は・・・冷やし中華だったな。あの麺のブヨブヨ感にハムは刺激的で一噛みするたびに電撃が走るような感覚に囚われるソースに漬けられていた。キュウリはシャキシャキで、喉を通るたびに針で刺されるようなイメージは頭を通り抜ける。トマトはアイスクリームの様に甘いのと、抹茶の様に苦い物が混じった感じで、その味が交互に舌の上で生きているように踊り狂っていた。卵は砂糖か何かが素晴らしい量入っているのか天にも登る甘さで、時々サプライズのじゃりじゃりという恐らく砂糖の触感を楽しめる。


 ああ、自分で作った普通の焼きそばも美味しいが、やはり母のあの刺激的な、一歩踏み外せば奈落の底へ落ちていきそうな料理をもっと食べたい。


 俺はそんなことを思いながら、今日もベッドで眠る。





Fin

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