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攻防 弟対父

「はい、これ持ってって。誰が誰のとかないから」

「分かった」


 料理を作るものとして依頼がない限りは量は分割する。それがポリシーだ。俺は片づけをぱぱっと終わらせて自分の席に着く。


「それじゃあ、頂きます」

「「頂きます」」


 俺達は本日2度目の夕食の開始だ。夜食といってもいいかもしれない。


 どちらから食べようか、やはり普通のソース焼きそばだな。今日はこれを食うために一度腹をロックしたのだし、それが正しい作法と言えよう。俺は家にストックしてあるコンビニで貰ってきたが使わなかった割り箸を焼きそばに伸ばす。


 ずず、ずずず。


 うん。旨い。ソースと麺がいい塩梅で絡み合い絶妙な味を出している。ちょっと工夫で入れてみた辛みもピリリと刺激を与えてきて箸が進む。もやしは最後に入れたためシャキシャキ感が残っているし、人によって辛すぎる場合はもやしをもっと入れて辛さが抑えられるようにしてもいいかもしれない。そして肉には塩コショウで味付けをしていてこれだけで食べてもいいが、ソース焼きそばと一緒に食べることで真価を発揮するようにした調整はあっていたようだ。


 自分の料理の腕が変わっていないことに安心しながらも、母の腕はまだまだ先にいることを知ってはるか険しい道のりを思い出させて悩ましい。一体どうやったらあの味に追いつけるのか、どうやったら出せるのか、皆目見当もつかないのだ。


 いかんいかん、そんなことを考えているより先に海鮮塩焼きそばも食わなければ。その前に水を飲んで舌をリセットしてっと。海鮮塩焼きそばを食べる。


 ずず、ずずず。


 うーんいい。塩の味がそこまで濃くなくさっぱりとしてするすると入っていく。油を使った焼きそばであるのに、まるでざるそばを食べているかのような雰囲気を錯覚させる。これなら幾らでもいけるな。次は海鮮だ。エビにホタテ、それらを食べていくが磯臭さはちゃんと下処理が上手くいっていたおかげで全くない。そして味付けもちょっと変わった物を使ったが思いのほかあっていたようだ。歯ごたえも悪くない。


 どちらの料理も完璧な物と言えるのではないだろうか。と一人満足していると焼きそばを食べている2人が静かなことに気づく。どうしたのかと思って見てみると一心不乱に焼きそばをかき込んできた。怖。


 ずず、ずずず。もぐもぐもぐ、ごくん。ずずず、ず、もぐもぐ、ごくん。


 と箸を休めることなく食べ続けている。その顔は目に前の焼きそばを啜ることしか見えていないようだ。何が彼らをそこまで駆り立てるのか、1か月何も食わずにギリギリの所で救助された人の様に感じる。


 ただそれだけ熱中して俺の焼きそばを食べてくれているのかと考えると少し嬉しくなる。料理人冥利に尽きると言っても過言ではない。これだけ美味しく食べてくれるならまた作ってもいいかなと思う。と思うが思うだけで毎回は面倒だし母の料理も食べたいのでやらないんだが。


 俺も食わないとな。そして焼きそばを食べ始めてそれぞれを半分くらい過ぎたところで異様な視線を感じる。俺は嫌な想像をしながらもそっと目を上げるとそこには俺が食べる姿を凝視する父と弟がいた。


「ひっ!な、なな、なに?」


 2人の形相に俺は目を交互に2人に向けて何かされないように最大の注意を払う。しかし2人は俺を見ていたというよりは俺の残っている焼きそばを見ているようだった。


「「・・・」」


 2人そろって何も言わずに俺の焼きそばをただただ黙って見つめ続けている。何なんだよ。俺は不安になりながらも焼きそばに箸を伸ばし、それを口に持っていくと、それに釣られるかのように2人の視線もそれについていく。その視線が上がり、俺の目線にまで来ると自然と2人と目があってしまう。2人は焼きそばを凝視していて俺と目が合っていることにも気づいていない。それが俺にはとても怖い。


 ふっと思い立って手に持っている箸を上げたり下げたりして見る。すると2人の視線はそれに釣られる様に上を向いたり下を向いたりしているので中々に面白い。しばらく2人の顔の動きを遊んだ後に上を向いて、それをスッと優雅に口の中に入れてみた。


 箸に持った焼きそばが消えた瞬間背筋がぞくりとする。俺はこの嫌な予感は2人の所為に違いないと思ってそちらを見ると2人は咀嚼している口をじっと見ている。無くなったはずの焼きそばを未だに見続けているのだ。どう考えてもおかしいだろう。というか我が家族ながら誰かに呪われでもしたのだろうか?正直今すぐにでも逃げ出したい。


 ごくん。


 俺は咀嚼していた焼きそばを嚥下する。2人の視線もそれに合わせて俺の口から喉へ喉から胃へと降りて行った。俺は恐怖を感じ、迷った末に海鮮焼きそばを2人の前に差し出す。


「これ、2人で食べていいよ」


 そう言った瞬間の二人はすさまじかった。目にも止まらぬ速さで箸をとり焼きそばに伸ばす。その速度は光速だったと言われても信じられる。そして焼きそばを掴もうとしたとき、2つの光と光がぶつかった。そう、父と弟の箸がぶつかったのだ。それだけの光速でぶつかり合ったのだ。コンビニの箸がその衝撃に耐えれるはずがない。2人の箸が真っ二つに割れ、弾け飛ぶ。


 俺はその光景を口をポカンと開けて見ていたが、光速になった2人には関係なかった。即座に席を立つとキッチンへと駆け込み、残っている箸を掴んで戻ってくる。弟は流石バスケ部で鍛えているだけあって速い。父も光速で走っているが弟は光速の上を言っているだろう。もしかしたら時間を置き去りにして走っているのかもしれない。だが、父には唯一のアドバンテージ場所がある。キッチンへ行く為の通路は母の席が一番近く、次に父の席、そして母の正面に座っている俺、最後に弟の席といった感じになる。父はビール腹を揺らしながら先に箸に手をかけた。流石に距離が短ければ父のアドバンテージは流石らしい。


 そして父が折り返したころに弟が父の体を華麗に躱し箸を掴む。その仕草はドリブルで相手を躱すかのごとく美しかった。この時の為だけに俺はバスケの練習をしてきたんだと俺には弟が言っている気がした。そこからも流石だ。父は箸を掴んで一度止まっていたのに、弟は箸を掴む勢いを利用して速度を殺さずにターンを決めている。あれで数多の選手を抜いてきたに違いない。これは安〇先生もにっこりするだろう。


 そして帰ってくるときには二人の速度は同着だった。そして箸を伸ばし、何と再び箸が割れたではないか!まさかタイミングまでそろっているとは流石親子だ。


 あ、やっぱり焼きそばはソースが至高。この肉と焼きそばのソースの感じがたまらない。


 そして再び箸が飛び散ったのでまたしても第2回戦か?と思ったが違った。弟は苦い顔をしながら再び立ち上がるが、父は「計画通り」という顔をしている。そして机の下に隠していた左手を持ち上げると、そこには箸がもう一膳握られていた。そして絶望の顔を浮かべながら走る弟を尻目に焼きそばへと箸を伸ばしていた。


 弟はそれでも懸命に走るが父の焼きそばを掬い、食べる速度は半端なく速い。普段は「良く噛んで食べなさい」といっているがこの時ばかりは彼には当てはまらないようだ。


 俺は自分のソース焼きそばを最後にかき込む。最後にはもやしが少し多くなるように調整していたのでさっぱりした感じのシャキシャキ感を味わい。ソース風味のピリ辛サラダを食べたのか?と思わせてくれる。


 弟が箸をとり、テーブルに帰ってきた時には海鮮塩焼きそばは残り俺が上げた時から4分の1位にまで減ってしまっていた。それでも弟は必死に箸を伸ばしそれを掬う。その様は流石で皿に乗っている海鮮を出来る限り多くとっていく軌道を描いている。そしてかなりの数掬いとり、笑みを浮かべた所で父が残りの全てを食らった。



「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「・・・ごちそうさまでした」


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