2つの焼きそば
くだらない会話をしながら家に帰り着く。そしてそのままキッチンへと向かった。キッチンには誰もおらず、一緒になってくっついているリビングで母がソファに座りながらテレビを見ていた。
「「ただいまー」」
「お帰りなさい。どうしたのその荷物は?」
「ちょっと小腹が減っちゃってさ」
「まぁ、あれだけ食べたのに?」
「ちょっとね」
「もう、洗い物はしておいてよね」
「分かってる」
母はそれだけ残すと再びテレビを視聴し始める。テレビでは今話題のドラマがやっており、母はそれに夢中のようだ。切り替えが早い。
「それじゃあ作るから手伝えよ」
「へいへい、何をやればいいんだ?」
「まずはもやしの芽とひげをとってくれ、終わったら他の事をお願いするから」
「オッケー」
そうして俺達は調理を開始する。下ごしらえは簡単な物は弟へ、俺は海鮮の下処理など面倒な事をこなしていく。まずはエビの下処理からだ。背中の殻をとってわたを抜く、ちゃんと残りかすが出ないように丁寧に行なってから酒につけて5分待つ。その待ち時間はただただ待つのではなく勿論他のものの下処理だ。取りあえずホタテか。今回は物がよさそうだった殻付きの物を買ってきた。それなりの量があっても殻をとる面倒からか、そこまで値段が上がっていなかったのでこちらを買ってきた。
まずはたわしで殻の汚れをしっかりと落とす。そしてナイフを差し入れて分解する。その際に端から往復するのだが、一回目は上の貝殻に沿って、返す2回目は下側の貝殻に沿ってナイフをいれて貝柱を切り離す。
すると貝柱が取れて簡単に貝が開くようになるので上の蓋を開ける。そして赤い生殖巣という物があるのでそれを取り除き、次に黒いウロと呼ばれるものを捨てて、ホタテの下処理は完成だ。これを買ってきただけやっていく。
それをやっていると弟の手が止まっていることに気づいた。
「何休んでるんだ。早く食いたいんだから手を止めている暇なんてないぞ」
「アニキって漁港とかに出稼ぎに行ってた?」
「な訳ねえだろ。ずっと同じ屋根の下にいただろう」
「その言い方は意味が変わってきそうだから止めろ。それにしては手さばきがベテランの職人みたいだぞ」
「そうか?前に見た動画を真似してるだけだからな。職人はもっと早いよ」
「俺から見たら十分だよ」
時計を見るとエビをつけてから5分立っていたので取り上げる。そしてさらに調理は進んでいく。
そうやっていると父が風呂から出てきたようだ。体からは湯気を立ち上らせ、バスタオルで頭をガシガシと拭いている。夏の格好らしく半袖短パンだ。しかし中年の性かビール腹が出ているのが俺の目にも見て取れる。
「母さん、風呂空いたぞ」
「はい、丁度見終わりましたし先に入りますよ。いい?」
母は俺達に視線をくれている。
「いいよ」
「大丈夫」
「それじゃ、お先に失礼して」
母がリビングから出ていくのを見送ってから父が近づいてきた。
「何を作ってるんだ?」
「海鮮塩焼きそばと普通のソース焼きそば」
「俺の分はあるか?」
俺は視線を弟に向ける。その顔は眉が寄っていて俺と同意見のようだ。少ない小遣いの中やりくりしているのにそれを取り上げようなんて親の風上にもおけない。
「そこまで考えて買ってきてないから足りないよ」
「それに意外と高くついたからな。上げると流石に辛い」
弟も当然の様に加勢してくれる。双子のコンビネーションがあればどんなもんだ。小さいころから似ているなんて言われたことはないけど、こういう時は出来るもんだ。これには父も引き下がらざるを得まい。
「ちょっと待ってろ」
父は何を思ったのかリビングを出て行った。ふふん。偶には双子という事を見せつけてやったぜ。弟も俺にやってやったな。みたいな目を向けている。父はああやって作っているのを見ると毎回たかってくるから一度くらいは言ってやりたかったのだ。
満足した俺は下処理に戻りさっさとすませていく。下処理をやり始めて少しした頃、父が下に戻ってきた。彼の財布を持って。
「ほれ」
「「?」」
父はそう言って俺達に千円札を差し出す。俺と弟に1枚ずつ。計2枚だ。
「なにこれ?」
「金がないのならこれで食えるか?」
「まじ?」
「ダメか?」
まじか。父がここまで食いたいとなると話は変わってくる。その分には材料が足りない。せめてもやしや麺位は買ってきて貰わなければ。他のものは足りるか?肉はかなり多めのを選んだから大丈夫のはず。しかし海鮮はどうだ?一匹まるまるにして入れようと思ったがそれは厳しいか。なら一人一匹は見た目の問題で確保して、残りは刻んで入れるようにしようか。これならいいだろう。
「野菜、もやし1袋と麺買ってきて。麺は食べる分だけでいいから」
「少し待ってろ」
父はそう言って車の鍵を持って外へと出掛けて行った。少し少なくはなるが、これはあくまで夜食なのだ。それに材料も少し豪華過ぎたからこれで丁度良くなるかもしれない。
「よかったか?」
俺は何も言わない弟に目線を向けると特に思うでもなくもやしの芽とひげをとっていた。俺の言葉には気に障ったような感じもしない。
「いいだろ?俺も逆の立場だったら同じことするしよ」
「ちゃんと夜に食っておけばこんなことにはならないのに何でまた」
「いいだろ、そのお陰で色んな具材が増えたのに安く済んだんだから」
「まぁな」
会話をしながら野菜を洗ったり切ったりしていると10分ぐらいで父が帰ってきた。そして手に持っていたスーパーの袋を差し出してくる。
「これでいいか?」
「こ、これは!」
「まじかよ!?」
「どうしたんだ?」
袋の中から麺ともやしを取り出した俺は畏敬の籠った目か、それとも侮蔑の籠った目か。どちらにしろ今のおれでは考えられないような物を見る目を父に向けた。父は首を傾げているがこの恐ろしさを理解してくれるのは隣にいる弟のみなのだろうか。弟も目を見開き父と俺が袋から取り出したものを見つめている。
「何でそんな顔してるんだ?」
「だってさ親父、これひげが既にとられているやつだ。これを買うんなら普通のもやし3袋は買える代物じゃんか」
俺は今までもやしを買ってきたことは何度もあるがまさかこんな高級品を買ってくる人が身近にいるとは露として思わなかった。こういう高級品はタワーマンションとかに住んでいる貴婦人が「偶には庶民の味を味わうために食べるのもいいわね。あら?ひげはとらなければいけないの?でもそれは面倒ね。まぁ、ひげがとられているのが売っているじゃない。これにしましょう」という時に買うものばかりだと思っていた。ということは俺達の家族もタワマン住まいとイコールということだろうか?
1人頭の中で考えていると父が更に言い返してくる。
「そこまで変なことか?たった60円位の違いだろう?」
「その60円でもっと美味しいしく一杯食べれるじゃん!」
「そ、そうか?」
「そうだよ!まぁ、手間を考えたらいいんだけどさ」
「だろう?」
「うん、じゃあ座ってて」
「ああ」
父はそう言うと調理には興味は微塵も見せずに彼の定位置に座る。
俺と弟は調理を再開し始めるが、父がじっと俺の方を見てくるので何だかやりにくい。調理に興味はないと思ったのに何でだ。俺はたまらず声を上げた。
「何?」
「いや、いい腕前してるなと思ってな」
「そう?自分だとよくわかんないんだよね」
「学校の調理実習でもかなり作らされるんじゃないか?」
「よくわかるね。俺の班の皆は任せてくるんだよ。手伝ってって言っても俺達が手を出しちゃ邪魔になるから、とかふざけた事をいい始めるしさ」
俺はそう言いながらフライパン2つ並べて火を付け、買ってきた肉を手早く丁度いい大きさに切り分ける。そして熱されて丁度良くなったフライパンに油を敷く。
「その手際を見たら誰だってそういいたくなる」
「アニキは何でそこが分かんねえのかな」
「そんなこと言われてもな」
フライパンが熱くなってきたので下処理をして味付けをした肉や海鮮をそれぞれ入れていく。いい音を立てて色が変わっていく。調理をしている最中に聞けるこの映像は何物にも代えがたいものがある。
「おっと。換気扇換気扇と」
俺は思い出したように換気扇を回す。これをやっておかないと部屋中に臭いが残ってしまうからな。明日の朝もこの臭いで腹がそっちに行ってしまうのは辛い所がある。臭いは気が付くと変わっているから注意しなければならない。
そしてある程度火が通った所で一度別の更に移す。
「一回出すのか?」
もやしの芽とひげをとり終わって他のことも終わった弟が隣から話しかけてきた。さっさと座ってればいいのに。
「ああ、この後焼きそばを焼くんだが、その時に水を入れるからな。それで味が薄まっちまうのは良くない。だからこうやって一度上げておくんだ」
「へー」
俺はフライパンに油を敷き直して温め始める。それからは特に危なげもなく調理は終わった。
「はい、こんなもんかな?後は盛り付けだけ」
「おお、流石アニキの作る料理は違うな。輝いて見えるぜ」
「全くだ。3つ星シェフに作られた物と言われても信じてしまうかもしれん」
「まだ食べてないのになんでそんなに言うのさ」
二人の俺への料理の評価がカンストしている気がする。俺よりも母という最高の料理の神がいるのになんでそこまで持ち上げるのか不思議でならない。
俺はそれぞれ別の皿に盛りつけた。ソース焼きそばは四角い皿に乗せてそして今焼いたばかりの目玉焼きを乗せる。海鮮塩やきそばは丸いお皿に塔になるようにして乗せるが、ちょっと量が多かったのか塔というよりは山の様になってしまった。その頂上にはそれぞれ一匹のエビを置いて軽くすりごまを振ってから完成だ。