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誘惑

 俺はそんな事を考えながらラーメンと書かれた暖簾をくぐり、部屋に入るとそこは俺にとっての楽園だ。扉を入って右側の壁にはフレンチのフルコースの壁紙たちが、左側には満漢全席の写真が、そして正面には俺の好きな料理トップ100の写真が飾られている。この部屋にいるだけで俺は幸せな気持ちになれるのだ。友達がこの部屋に来た時も腹が減ったと言って近所のラーメン屋に2時間おきに行ったこともある。そんな素晴らしい部屋なのだ。


 俺は持っていたケバブ型の鞄を机の側に放り投げる。そして後ろを振り向くと、そこには右側には陳健〇さん、左側にはジョエル・〇ブションさんのポスターをそれぞれ貼って奉っている。それぞれ俺が思う中華料理の神とフレンチの神だ。同時崇拝になってしまうがどうか許してほしい。因みに母は料理の神なので比べてはいけない。


 俺はラーメンの柄のカーペットの上に大の字に寝転がる。そうすると天井にはピザの柄だ。やはりオーソドックスなマルゲリータは素晴らしいと思う。


 俺は自身の部屋の素晴らしい空間の空気を味わう。そして一つの事を思い出す。そう、俺の好きな料理ランキングの53位の焼きそばを見るのだ。これをしっかりと見て食べる時のイメージトレーニングをしておく。これを先にしておかないと他の料理に目移りしてしまって、腹の調子が狂ってしまうからだ。そうならない為にこうやってちゃんと準備をしておかなければならない。俺だけの為の素晴らしい部屋だが、それ故に誘惑も多い。ちゃんと己の欲望は制御しなければならないと思う。


 焼きそばを食べるための準備を整えて、俺は一息つく。それによって今日はしっかりと焼きそばの気持ちにロックを掛けることが出来た。これでこの部屋にいても問題はない。例えステーキの写真を見たとしてもその上に旨そうな焼きそばが降ってくることだろう。


 この後は俺にとっての日課というか宿題を終わらせることにしている。というかこのタイミングで終わらせておけば、後の時間は俺の好きにしても何ら問題はない。ということで俺は真っ先に宿題を終わらせる。


 本来なら復習予習をすませておいた方がいいんだろうが俺はやらなかった。いや、やらない。なぜならそんな時間を使うほど暇ではないからだ。俺がこうやって毎日早く帰ってきているにはハッピーチャンスセット以外にも理由があるのだ。


 それは犬の散歩だ。家の最初の方で言っていた犬だが、その散歩の為に毎日早く帰ってきている。といっても犬が大事だからというだけではない。もちろん大事ではあるが、この時間に行くと夕飯の為に体力を使って美味しい夕飯が食べれる様になるからだ。


 俺は下に降りていき、家を出てから鍵をかける。今は俺以外は家に居ないからこれをしないとまずい。そしてそのまま犬小屋に向かう。するとそこでは一匹のゴールデンレトリーバーが立ち上がって尻尾を千切れんばかりに振って待っていた。


「良ーし散歩に行くぞ」

「バウ!バウ!バウ!」

「そんなはしゃぐなってーよし、行くぞ」

「バウ!」


 何度か撫でまわしていつもの挨拶をした後は彼を連れて決まっている散歩コースに出掛ける。そこは家をでて、商店街をなるべく多く、長く歩くようなルートを選択している。なぜそんな選択をしているのか?簡単だ、この時間はそろそろ夜に向けての仕込みの準備等が始まっているのだ。だからこうやって歩き回っているだけで、香しいウナギの匂いや、じゅうぅぅぅぅぅという肉の焼ける音などが俺の鼻を耳を楽しませてくれる。歩き回っているだけでまるでウィーンの楽団の中にいるのと同じような、いや、匂いがある分こちらの方が勝っている。今この場は世界最高の劇場になっているといっても過言ではない。おれはそんな素晴らしい中を先導付で歩き回る。もしも赤信号等があれば止まってくれるので俺は安心して任せていられた。


 途中に旨そうなたこ焼きの匂いが鼻をつく。いつものルートにこんな匂いは無かった。なんだ?と思って匂いのする方を見ると、そこには新装開店!本日セール中!という看板が掛けられていた。俺は思わず足を止め、そちらの方へと視線が釘付けになる。メニューを見るとそこにはネギたこ焼きやめんたいチーズたこ焼き、超トッピングめっちゃ盛り等という頭の悪そうな、だがなぜか惹かれる名前のメニューがあった。


 ゴクリ。


 意図せずして俺の喉が鳴る。食べたい、めっちゃ食べたい。こんな素晴らしいとっても俺の気を引いてくる物が今まであっただろうか?いやない。ならばここで買って食べるべきなのではないか?そう思わされる。そうだ、そうに違いない。ここでこの店を見つけたのもきっと神のお告げだ。新たにたこ焼きの神様を祀っておかねば。そう思って足を踏み出すが、俺は踏み出すことが出来なかった。そこには犬の彼が早く散歩に連れて行けと言った目で俺を見つめており、そんな物は後にしろと言っているのが分かってしまった。しかし、この機会はもうないかもしれない。いいのかそれで?チャンスを逃すようなしょぼい男にはなりたいとは思わないのだ。ここで行くべきなのでは?しかも値段が今だけ!と1000円から900円に値下がりしている。たこ焼きにしては高いというのは分かる。だけどそれを補って余りあるほどのトッピングが写真には載っているのだ。むしろこれで1000円では赤字なのでは?と思わされる。ということならばここで買わないのは失礼なんじゃないか?そんな思いが俺の中で駆け巡る。そして体の中で議論を延々と繰り返し、頭以外の全ての体が購入することに賛成を示した。あとはそれを頭に提出して証人を貰うだけの簡単な作業だ。この時の俺はそう思っていた。


 頭では提出された物を精査していくがその速度はとてつもなく早い。だが、ある一点でその速度は極端に落ちる、というよりも止まってしまったようだ。その止まった理由を見て俺は地震に遭い、雷に打たれ、火に焼かれて親父に叱られた時のような気持ちを味わった。今夜が焼きそばであることを思い出したのだ。そう。焼きそば。それは俺が望んで母にリクエストをして頼んだもの。たこ焼きと焼きそばは同じもの、というつもりなどは毛頭ないが、似て非なる物であるとは思っている。そう同じ粉物な上に味付けがソースなのだ。そして何が問題かというと、もしここでたこ焼きを食べてしまえば、今夜の焼きそばは美味しく食べられないんじゃないだろう?そんな気がしてしまうのだ。もし焼きそばを食べた時に、あ、このソースさっき食べたな・・・みたいなことになった時にどうあがいても落胆の気持ちが出てしまう可能性があるのだ。俺はそんな事をしたくない。これを食べると決めた物は最善を尽くして旨く食べたい。


 ・・・いや待て、もしかすると母に賭けてみる可能性もあるのか?俺は母に焼きそばと言った。それは間違いない。今夜のメニューは焼きそばだろう。値段も高くないしな。だがそこで母が塩味の焼きそばを買ってこない理由があるのか?もしかしたら塩焼きそばを考えていて、夏っぽさを感じさせる海鮮焼きそばを作ってくれるかもしれない。それなら俺は一度考え可能性を探す。母ならどうする?読み切れ、母の行動を、意思を、未来を。


(・・・ダメだな)


 今までの俺が母に頼んだ焼きそばの確立を計算するとかなりの低確率だ。今まで焼きそばよって母が言ってから、塩焼きそばが出てきた事が一回しかないのだ。ということは母は焼きそばといったらやはりソース、塩味は邪道と考えているのかもしれない。ならば悔しいが今日は我慢するしかない。俺は明日の散歩のときにここに必ず来ると心に近い、たこ焼き屋へ磁力によって引っ張られる心を振り切って散歩を続けた。そして家に帰ってくると、母は既に家に帰ってきている。


 俺は母に話しかけずにそっと自分の部屋へと帰る。今は母が静かに集中して、全神経を尖らせて調理を行なっているはずだ。ならばその邪魔をするべきじゃない。俺はそんな事が分からないほど愚かな男ではない。俺は部屋で自分の事をするとしよう。


 俺は夕飯の時間まで適当にベッドに寝ころんでタブレットを取り出す。そして動画投稿サイトで色々な料理動画や、世界中の料理を見るのだ、色んな知らない作り方や料理を知るのは本当に楽しい。そんな動画を見て過ごしていると時間などはあっと言う間に過ぎ去っていく。だが、俺にとっての待ち望んだ時間が到来する。


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