05:反省
新たな魔人が誕生したという。
久方ぶりだ。戦乱のない平和な国と聞いた。
そのような場でなぜ魔人が生まれ落ちたのか、興味がある。
地上を歩くのは気持ちがいい。
長閑な景色を楽しみながら歩を進める。
向かいから青年が歩いてくる。
その顔にはまだ少年のあどけなさが残る。腰に差した得物は刀か、隙の無い身のこなしから見るに冒険者と呼ばれるものだろう。
こちらに気づいたようだ。
ああ、解るのか。
あの青年はこちらの力が理解できる程の腕の持ち主。
逡巡。
「ほう」
思わず声を漏らす。
こちらが先に認識し観察をした。後から気づいた青年にはその分だけ気後れが生じているはず。こちらの力を認識しているならば仕切り直し、もしくは撤退の判断をすべき状況。
それを選ばず。あえて歩を進めるその豪胆さよ。
退くことの非を受け入れられぬ愚かなる強者よ。
双方の間合いでどちらからともなく歩が止まる。
「こんにちは」
青年に話しかける。
「よお」
気負いもなく応える青年。
クスッ。と思わず笑みがこぼれる。
「何が可笑しいんだい?」
気づいていないのか、青年が聞いてくる。
「貴方だって、先程から怖い笑みを張り付けていますよ」
こちらに向かい一歩を踏み出したときから青年は己も気づかずに笑っていたのだ。つまりこの青年はそういう類いの人種なのだ。
「そうかい、俺は怖くて小便をチビりそうなんだがな」
クスクスッ。楽しい青年だ。
「挨拶も済んだし、俺は先を急ぎたいんだが」
「どうぞ」
左側を促す。互いに体の左を晒してすれ違うことになる。心の臓に近しい面だ。左腰に差した長物も抜きづらく敵に対して向けて良い体勢ではない。
「意地が悪いやつだな」
クスクスクスッ。それでも引かない貴方も相当ですよ。
一触即発。
鳥の羽ばたき、獣の嘶き、葉擦れの音でさえも始まりの合図となりそうな張り詰めた空気のなか、永遠とも思える一瞬がすれ違う。
そして、張り詰めた糸も緩み、長閑な景色が色を取り戻す。
振り向けば、こちらを振り返ることもなくただ歩み去る青年。
彼にとってはこれも日常の一部なのか、しかし、その歩みは長く生きられる者の歩みではない。
愚かしくも清々しいその後ろ姿をただ見送る。
野にはまだ彼のような者も存在しうるのか、口許が綻ぶのを感じながらゆったりと歩を進める。
道の真ん中で、両手両膝を地面につき頭をうなだれている男が一人。いわゆる【orz】のポーズを地で行く男フジワラ。
「なんで俺っていつもこうなんだろう、」
反省しているらしい。
「ダメだとわかっているのに、退かないなんてただのバカだよな。しかもあんな場所で死んだら、下手したら腐ってゾンビにでもなっちまうところだぜ」
あいつもご丁寧に殺した後地面に埋めて墓までたててくれそうな感じだったし、生き返らせて仲間にどうとか言いそうな雰囲気もなかったし、なんか確実に年上で言葉遣いも丁寧な相手だったのに横柄な口聞いてたよな俺。
なんだろう、俺、喰っても旨くないプライドなんか無いつもりだったんだけど、なんであんなことするかな。リンとかジジイとかをバカにされたんなら引かなくてもいいと思うよ、逆にとことん行くべきだとも思うが、自分の分はいらないよな、なんであんな反応しちまったんだろうな。
フジワラの反省はしばらく続く。
管理迷宮待機所:
管理迷宮最下層の遠征を終え、各人各部隊で点呼と命令の伝達が行われている。しばらくすると解散ということになる。
そうそう、王都の中なのに遠征というのもなんか変な感じだけど、さすがに最下層となると遠征といっても差し支えがない。
階層間を転移できる魔方陣を使い一気に最下層近くへと降りてしまったけど四十層あるこの迷宮、一層目から普通に降りていったら数日かかってしまう、それこそ遠征規模の遠出となる。
私もそろそろお暇しようかな。
「リン、今日はご苦労だったね。リンのお陰で死者どころか怪我人もなく終われたよ。あれほどの敵を相手にしてこの成果は上々と言っても過言ではないよ」
「はあ、どうも」
最下層への直通パスも皆取れたし次回からは私抜きでお願いしますね。と心の中で呟いておく。
「ささやかながら祝勝会を催そうと思うのだが、リンも参加してくれるかな?」
「えーと、急用があるので」
「そうかい、用事じゃなく急用があるとはまた特殊なことだね」
「はあ、特殊な急用で」
「つれないな、リンは」
「すみません、ではこれで」
そそくさと逃げ出そうとすると、ラムダ君が立ちふさがる。
「殿下のお誘いを断るなど」
「邪魔」
「グヌヌ」
グヌヌと言いつつ道を開ける英雄殿。ちょっと面白い。
「振られてしまいましたな殿下」
「そうはっきり言うなオルガ、さすがに傷つくぞ」
「ハハハッ、殿下でも傷つくことがあるのですな。もっと強引にお誘いすればよかったのでは?」
「冗談を言うな、あれほどの実力を見せつけられて、しかもあれで本気を出していないとなると、強気になど出れぬ」
「ハハア、やはり殿下も気づかれましたか」
「流石に気づかぬ方がどうかしている、ラムダ、お前に彼女を取り押さえられるか?」
「無理です。それに彼女はローランです」
「そうか、そうだな。ローラン相手では英雄の力も発揮できぬか」
「それ以前に、私では彼女の相手にもなりません、グヌヌ」
英雄の力を手に入れたラムダにそこまで言わしめるとは、どれ程の実力を秘めているのか。
祝勝会は隊長クラスと有力貴族の面々のみの参加となり遠征部隊はこの場で解散となる。他の者達は三々五々気の合う仲間達とグループを作り町へと繰り出す。
ヤンは、ある家を訪ねる。
出迎えたのは、冴えない顔をした中年。その男のこれといった特徴の無い風貌は、町ですれ違ったとしても次の瞬間には忘れてしまうような存在感の無さ。
この男が、先程の遠征に参加していたことを覚えているものが何人いるのか、それはある意味特技といっても通用するほどの存在感の無い男。
「やあ、お疲れ」
労いの言葉をかけてくる男にヤンが噛みつく。
「お前、あれはなんのつもりだ?」
遠征に同行していた召し使い達、そして騎士、さらに冒険者にも紛れ込んでいた暗部の者達、その数は強襲作戦を実行するに足る人数。
「ああ、やはりお前には気付かれたか」
「フザケルナ、リン様も気付いていたぞ」
「そうか、それは困ったな」
さほど困ったような顔をしていないこいつに腹が立つ、しかしいつものこと。
「殿下達は気付かなかったようだが、あれはなんの目的があるんだ?」
「私にあたってくれるなよ、これでも辛い立場なんだ」
「嘘つけ」
「酷いな、これはフレデリック王の命令なんだ。私は苦言申し上げたのだがね。もし、その程度で倒せるならばそれも良し。それ以上ならば牽制としての一手とするとね」
「どういうことだ?」
管理迷宮の最下層で消耗する程度ならば、ローランを名乗らせておく価値もなく、弱っているところを強襲しそのまま捕縛し隷属化してしまえと。もし手出し出来ないようならば、本人だけにわかる牽制として伝わればよいとのこと。
「へそを曲げたらどうするつもりだ? いなくなってしまうかもしれないんだぞ」
「まだ、天秤はそちらへ傾かないと」
「最悪、殿下も含めた俺たち全員が殺されたという可能性もあるんだぞ」
「お前はそこまでの実力と見ているのか?」
「正直分からん」
「私はその可能性もあると進言したのだがね」
「そうなのか、」
「ああ、あくまで可能性の話だからな、もし、の話でも国が傾く可能性があるのだ。進言はする」
「王はなんと?」
「構わん、とさ」
「なんだそれは!?」
「怒鳴るな。王としてはそのような危険な因子がその程度の損害でわかるなら構わんということだ」
「そういう問題の話か?」
「王にしてみればそうなのだろうさ」
「エリック殿下も英雄ラムダも王にとっては代わりのきく駒ということか?」
「まあ、そうだな。ついでに我々もだな」
死ぬかもしれない、殺されるかもしれない作戦に指揮官として参加する。しかも使い捨ての駒と言外に断言される。たしかに辛い立場だな。
「ならば、今回のこれは上々の結果ということか?」
「そうだな。取り敢えず乾杯をしていいと思うよ」
そう言いつつ、グラスを二つ取り出すヤン。
「そうか、まあ、生きてただけで儲けものだな」
もう一人のヤンがグラスを受け取り酒を注ぐ。
「あ、お前、あの癖止めろよ。リン様が嫌な顔をされてたぞ」
「ん、ああ、それは無理だな。これは私の唯一の楽しみなのだから」
フフッ。思わず吹き出してしまう。
「なんだい、気持ち悪いな」
「僕と私が違うだけで、ほぼ同じだぜ」
ああ、そういうことか。まさか、こんな反撃が待っていたとは。
「リン様に、私は自分のことを僕と呼ぶと思われたのか、心外だな」
「ハハッ! お前やられたな。リン様以外はすべて一緒だ」
「フフッ、やはりそうきたか」
「ん、まさかお前気付いてて言ったのか?」
「さあね」
グラスを合わせる。チンッと澄んだ音が響く。