04:愚か者
俺の名はフジワラ、凄腕の冒険者だ。
どれ程凄いかって?
このローラン王都にいる男の冒険者の中で最強といえばわかりやすいか。あとはそうだな、貴族やその小飼の騎士達を含めても俺が最強かな。
あ?
なんで男限定にしたかって?
そりゃあ決まってるだろ、俺でも勝てそうにない女子とネコが目の前にいるからだ。いや違う、ネコには勝てる。ネコとかちょろいぜ!
それにしても、さっきから女子とネコが俺のことをじーっと見てるんだが、そんなに見つめられると照れちまうぜ。おっとぉ、もしかして俺の魅力に気づいちゃった系? 惚れたのか? いいぜ、その気持ち受け止めちゃうっぜ!
オッケイの合図として親指を立ててグッと、ボキッ! 音を立てて親指が折れる。アウチッ! これは絶対糞ネコの仕業だ。殺す糞ネコマジ殺す。
ところで、なんで糞ネコの目赤く光ってんだ? もしかして魔族に転向しちゃった系? じゃあ親指の礼も兼ねて取り敢えず殺っちゃう?
「フジワラ君、なにそれ?」
それがリンが放った第一声。味も素っ気もない、流石だぜ。
「小僧終了のお知らせ、スキル強奪改とか世界の敵だな!」
糞ネコはどうでもいい。って、なぜわかったんだ。まさかその赤い目は!
「まてぃ! 糞ネコまさかその目は魔眼か!!!」
「くくく、我の両目が疼くのだ!」
「ざけんな! それ俺に寄越せ!」
「くくく、この魔眼は一子相伝」
「じゃあ糞ネコ殺せば俺に引き継がれるんだな」
「くくく、貴様程度に殺される我ではないわ! くわぁ!」
「やってやんよ!」
「ちょっと、それ冗談になってないからね?」
「我は本気と書いてマジ」
「俺も必ず殺すと書いて必殺」
スキルを見たうえでのいつものやり取りに少しホッとしてしまっている俺がいる。なんてな。
「だから本当に今のフジワラ君ならできちゃうことだからね、あと、フジワラ君もそれの危険性わかってる? もしかして試したりしてないよね?」
「ん? なんどか試したが、マズかった?」
「えー、それ、霊体とか魔物の種類固有のユニークスキルも強奪出来ちゃうんでしょ?」
「え、おそらく。物理無効とか凄くね?」
「霊体スキル持った状態で陽光浴びると消滅しちゃうよ?」
「なにそれ、怖いんだけど」
「いやいや、怖いじゃ済まないからね。消滅だから蘇生も出来ないよ」
「え、マジ? 迂闊に使えないじゃん、てか勝手に発動して霊体取ったら俺終了じゃん」
「ゆるす。我は小僧の消滅をあえてゆるす」
「黙れ糞ネコ」
「発動制御できないの?」
「いや、ちょっとわからん。新しくなってから発動の制御とか試してないわ」
「ユニークスキルは強力な効果のものが多いけど、その分マイナス効果も大きいからね」
「ああ、そうだな」
その強力なユニークスキル故に壊れた勇者を知っている。
んーっ、と唇に指を当てて少しだけ考える姿は、うん、可愛いな。
「フジワラ君、制御できるようになるまで一緒に行動する?」
おっと、マジか。棚からボタ餅ってやつかこれは。
「そうしよう「だが断る!」か、おぃぃ!」
「リン、これは小僧の卑劣な罠なのだ! 騙されてはいけないのだ!」
黙れ糞ネコ。
「ちょっと俺も自信ないしさ、ここはやっぱさ」
「我がこいつに同行するのだ! だからリンは来なくていいのだ!」
「ダマレ糞ネコ、お前どうせ嘘教えて俺を陥れるつもりだろうが!」
「ソンナコトシナイノダー!」
「ヤル気満々の図星じゃねーか糞ネコが!」
「リン、昼間しか行動できなくなるスキルを教えてほしいのだ」
「おい、堂々としてるじゃねーか」
「こいつのストーカー行為は目に余るのだ」
「そ、そんなことしてねーし」
「リン知ってるか、こいつの泊まっている宿屋では毎晩女性の下着がなくなっていると噂なのだ。しかも隠密で女湯や女の部屋に忍び込んでるこいつが毎晩目撃されてるのだ」
「え、そうなの?」
「え、いや、そんなことしてねーし! だ、だいたい隠密してるのになんで俺ってわかるんだよ?」
「聞いたかリン、自白したのだ。隠密して彷徨き回ってることを自白したのだ!」
「え、ほんとなの?」
「ほ、ほんとじゃねーし! 糞ネコ下手な誘導尋問してんじゃねーよ」
「現に今履いている下着は女性物なのだ! 我の魔眼はすべてお見通しなのだ!」
「え!?」
「いや、いやいやいや、ちげーし! 普通に嘘つくなよ!」
「じゃあ見せて見ろなのだ!」
「いいぜ!!!」
バッ! っとズボンを下ろす。
「え、ちょ!」
「え、あっ!」
「はい、露出狂決定なのだー!」
暫くの沈黙の後。
「えーと、私用事あるのでこれで、」
「我も急用を思い出したのでバイバイ」
「ちょ、ま!」
都合よく急用を思い出されるパターンに突入してしまう。
「お客様、店の中でそのようなことをされては困ります。こちらへいらして頂けますか」
「え、いやまって」
ズボンを上げることも許されず店の奥へ連行される俺。クソゥ! せっかくの迷宮デートのチャンスが!
店の従業員をブチのめして、金で黙らせたあとリンの所属する冒険者ギルドに寄ってみたが、本当に予定があったらしく既にいなかった。てか、語弊があるな、これではまるで俺がただの暴力野郎にしか見えない。
詳しく説明しよう。まず店の奥というか裏に連れていかれたのは本当だ、そこにはナゼか大勢の男共が待っていて、リンさんに気安く話しかけるなと、いつもこの店を利用しているリンを遠くから見守る会の会員達に殴り掛かられたので全員返り討ちにし、見守る会というのには正直共感を覚えたし、恨まれたままというのもあれなんで治療費を渡し、その金で冒険者ギルドに治療にいけば、運が良ければリンに治療してもらえるかもと俺の所属しているギルドを紹介しておいた。ちなみに紹介した方のギルドでリンが治療師として働くことは一切ない。
淡い期待を男達に持たせつつ、ギルドの儲けにも貢献するという一石二鳥の作戦。出費はしたが金に困っているわけではないので俺も特に問題ないという。
ま、そんなことはどうでもいい。
何やら今日は管理迷宮の下層が立ち入り禁止になっているとギルド職員に聞いた。ローランの騎士団達が専用で使うということだが、リンの用事というのはこの事だったのだろうか。一瞬、隠密でついていこうかと思ったが、さっきやらかしてしまったこともあるしバツが悪いので止めておく。
今日は次元の迷宮辺りでスキル強奪改の発動可否の訓練でもしておこう。あそこならば、入る度に出現する魔物が変わるので安全な魔物を引くまで入り直しが出来るからな。この前覚えた転移魔法の転移先をローランの町外れに設定しておけば遅くなっても一瞬で帰ってこれるし、この際少し位無茶をしてでも今日中には何とかしたい。
というか、鑑定スキルマジで欲しいわ。対策として金に物を言わせて使い捨てだが鑑定の巻物を買い占めているため、どうしても必要なときはどうにかなってはいるが、いや、それよりもスキル強奪改を使い込んで、取得スキルを選択出来るようにした方が安全か、範囲魔法でうっかりとんでもないユニークスキル持ちを殺してしまう可能性もあるしな。そのために使い込まなくてはいけないのだが、それには鑑定が必要と堂々巡りだな。
そのようなことを考えながら乗り合い馬車を途中で降り、ほとんど人の通ることのない次元の迷宮へと続く道を歩いていた。
少し、油断していたのかもしれない。
強くなった己に過信し、隙が生じていたのかもしれない。
楽しかった一時に思いを馳せ、気が緩んでいたのかもしれない。
死の臭い。
最近では何時だったか、ああ、自分と同じ能力を持った魔物と対峙したときに少しだけ感じた。それ以前は?
魔人となったジジイが人だったとき、戦いを挑んだことがあったな、あの時ジジイを一瞬だけ本気にさせた、その時は強烈にこれを感じたな。
死の予感。腕を切り落とされる。足を切断される。刃が体を貫き通す。通常ならば死んでしまうような怪我を負ったとき、もうダメだと感じる瞬間、己の死を予感し、パニックになるもの、意識を閉ざすもの、様々あるようだが、俺の場合は鼻から脳天に抜けるツンとした感覚と共に意識が醒める。
己の死という想定の外の出来事に即座に対応できる能力、呆然と立ち尽くすのではなく、最善の判断を即座に選択できる能力。これは冒険者として最高の資質のひとつだという。
そして俺はそれを何時からか、臭いとして感じるようになった。力をつけると共に臭いは薄らいでいったのだが、今まで感じたことのない強烈なそれが人の形をしてこちらに歩いてくる。
死にたくない。
全力で逃げるべきだと冷静な俺が叫んでいる。
今すぐ振り返り、なりふり構わず全力で駆け出すべきだ、本来なら秘密にすべき転移魔法を使ってしまってもいい。直ぐにこの場から逃げ出すべきだ。
一緒に居たい人達がいる。旨い飯ももっと食いたい。笑っていたい。泣いていたい。全ての感情が通りすぎ。バカだなと思う。いつもそうだ、最善の決断が何かわかっているのに、結局俺はこういう道を選んでしまう、どうしようもない、これが俺の性分なんだろう。
愚かな俺は、一歩、前へと足を踏み出す。