37:無理
絶句する。
意味がわからない。
一体何が起きているのか、頭が考える事を拒否している。
バカなの? と小一時間問い詰めたい。
その様な光景が目の前に広がっている。
その反面。
やっぱりそうだよな、と思っている俺もいる。
そして俺が俺であることに気付く。
ああ、俺は萎縮していたのか、絶望していたのか、諦めていたのか、ハハッ、俺の方がバカだな。
もしかしたらこれは信長か鬼の能力だったのかもしれない、ただ単に理解の外の現実から逃避していたのかもしれない。
どちらでもいい。俺は歯を食いしばり現実を見ることで、現実から逃げ出そうとしていただけだ。絶望を受け入れることが出来なくて思考を停止していただけ。
ピキッ、と澄んだ音を立てて、、俺は再度絶句する。
宙に浮いているリンの背後に浮かぶ無数の魔玉。
それは、魔物や宝箱から手に入る魔石、ソレの完全版が魔玉。魔玉の効果、それは道具として使用することで魔力が完全回復する。
そして今割れた一個の魔玉の音と違うさっきの音。
あれは複数の魔玉が一気に割れた音だ。複数の魔玉を一気に割るとはどういう事か?
違う!
これは!
ありえない!
そんなこと!
ピキッ!
魔玉がまたひとつ割れる。
ネコの言っていた事が解る。
こんなことありえない。正気の沙汰ではない。
おそらくあの金色に輝く目か、金色に輝く糸のどちらか、もしくは両方。
あれを発動する事で魔力が一気に枯渇している。そしてそれを魔玉を割る事で魔力を全快し補う。
あり得ないことだが、まあ理解出来なくはない。しかしさっきの音。あれは、
枯渇した魔力を魔玉によって強制回復するという作業を連続して行なった?
魔力が枯渇した場合、体力が消費される。己の分に合わない魔法を使おうとすると魔力のみならず体力まで消費してしまい、運がよければ意識を失うだけですむが、大抵はそのまま死に至る。
それを、あの白いローブの回復効果とネコの魔眼でリンの状態を一瞬も逃さず観察し体力が減ったと同時に回復魔法で体力を回復させつつ魔玉を割り魔力も回復という作業をあり得ない速度で行う。
そんなあり得ない、それこそ死と隣り合わせの行動で、今のリンの魔力では扱えない力を強制的に行使している?
リンとネコだからこそ、ネコとリンだけにしか出来ない芸当。
ない。絶対ない。そんなのあり得ない。
そう、ネコの気持ちが解る。
こんな勝率の低い賭けのような事。
らしくない。リンはこんな賭けはしない。
なぜ、この様な底の露呈する賭けを、
なんで、、クソッ!!!
クソッ! クソッ! クソが!!!
俺のせいだ………
俺の迂闊な行動、そのツケをリンが払っている。
ここは敵地、地の理は無い。制御出来ない鬼に容量オーバーの技、武の理も無い。対策出来ていない時点で時の理も逸している。
明かに敵の術中、それを壊しているのは鬼の存在なのだろうが、制御出来ていない時点で成り行き任せの状態だ。
最善の手は逃げ。
おそらくリンとネコだけならばその選択が出来たはず。
俺を見捨てていれば、この様な命懸けの賭けに出る必要も無かったはずだ。
これがリンの持っている本当の奥の手。
本来ならば出す予定も計画も無かったはずの最後の手。
役立たずな俺は、黙ってそれを見つめるだけ。
ああ、バカだな俺は。先程まで感じていた、壊れないように必死に耐えていた何かが、己のちっぽけなプライド。自分が強者の側に立っているという愚かな思い込みだったと理解する。
そんなバカみたいなもの、、
ホント、バカだな俺は、
バカな俺は、黙ってただそれを見つめる。
酒呑童子の首に走る光の線。
リンの方へ振り向いたことにより、バランスが崩れ、酒呑童子の首が光の線を境に下へと落ちる。
落ちる途中で酒呑童子の手が、その首を掴み。元の位置へ、首の上へと戻す。
先程の蘭丸に斬られた腕のように、即座に再生し首に走る光の線が消える。と思っていたが、どうした事か一向に消える気配もなく、ズレる首を両手で支える酒呑童子。
怒りに燃える烈火の様な視線。その視線で人を殺せそうなほどの強烈な、物理的な力さえもありそうな視線。
相対するは、金色の瞳。その視線は酒呑童子を見ている様で、見ていない様で、何も見ていない様で、全てを見ている様な金色の瞳。
リンの右手が水平に上がり、金色の糸がふわりと宙を流れ、
パキキンッ!
瞬きをせずに、何が起きたかを目に焼き付ける。
戦慄。
ああ、なんという事を、
リンの金色の瞳から、ネコの真紅の瞳から、真っ赤な涙が流れている。限界を超えた力を使っている代償か?
金色の糸を操る右手からも血が流れ落ち。ネコの全身も血だらけ。これは何をしているか理解できる、先程の戦いと同じことをしている。いや、それ以上の、魔眼を使いながらの無理やりな方法での縮地発動。リンの状態を魔眼で正確に読み取りながらの縮地による魔玉割り。割れる音がひとつに聞こえるほどの超高速な連続縮地の発動。
これは綱渡りなどという生やさしいものでなく、命懸けの、いや、正に命を削る技の行使。
しかしそれは、命を削るその技は、まるで神の御業の様に、再生することのない、生命の切断を可能にしたのか?
酒呑童子の首を支えている両の腕にも金色の線が走り。
腕と首が地に落ちる。
………
……
ドゥッと、地に倒れる酒呑童子。
………
……
動かない。
………
……
まさか、こんな呆気ない。のか?
違う! 人の身で、神を倒すなどという事が、可能なの、か?




