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夢幻の住人  作者: 昼行灯
36/43

36:闘争

 紅蓮の炎に(あぶ)られる。


 火の玉のことを鬼火(おにび)と呼ぶように、火は鬼の力の及ぶ領分だ。

 その炎に炙られる。如何程(いかほど)の屈辱か、しかも目に見えるほどのダメージを受けているこの現状。


 への字であった口の両端が、顔面に入った力のせいでニュッと持ち上がり。


 ビキッ!


 パキッ!


 メリッ!


 憤怒(ふんぬ)の形相。そう、真の憤怒の形相は、満面の笑みと似ている。


 ギリギリと音を立てる口の下顎からは、犬歯がメキメキと音を立てて伸びる。


 額に生えていた勇ましい(つの)が、メリメリと音を立てて更に巨大に雄々しく伸び。


 毛髪が逆立ち、血管の浮き出た身体が更に一回り、二回りと大きくなる。


 「————————!」

 丸太のように太い首、その喉から、音にならない雄叫びが、咆哮が、遠吠えが発せられる。


 ミキキッ!


 バキキッ!


 メキキッ!


 持てる力の全てを解放した鬼。酒呑童子と茨木童子。


 神にも等しいその力、それを体現した姿は神々(こうごう)しさの欠片も無く、禍々しさを体現した様な、その姿は正に鬼神。



 その力のほど、予測不能。

 そう、ある域以上に達した者ならば格上の者の力の具合も測ることが出来る。

 己の力量を基準として、どれほどの強さなのか、どれほど凄いのか、よくいる解説役、今の俺が正にそうなのだが、それが全くわからない。

 リンのような強いか弱いかわからない力量が測れない相手とは違う。強過ぎて、強さの上限がわからないという、阿呆みたいな状況。


 恐怖しかない。

 己の心の拠り所が根底から覆される。

 鬼イコール恐怖の象徴ということを改めて理解する。


 自分の目指していた高みが更にその先にある山の裾野の一部だったと思い知る。頂に登って更に先があることを知るのと、登りきっていないのに更に大きな山があることを知るのとは、どちらの方が残酷なのだろうか。


 ピシリッと自分の中の何か大事なモノにヒビが入る音を聴く。









 天魔の王と鬼神。

 頂の見えない巨大な山同士が、互いに防御をする事もなく正面から力をぶつけ合う。


 地面が、天井が、壁が、空間が激しく揺れる。

 歯を食いしばり、ギリギリと歯を食いしばり、何かが溢れ出さないように、何かが壊れないように、ただ歯を食いしばり、次元の違うその力のぶつかり合いをただただ見つめる。


 俺ならば、防御してさえもその一撃で消し飛んでしまうような、高火力の攻撃を防御することもなく真正面から受け切って見せる両者。

 単純な力によるガチンコの力比(ちからくら)べ。


 恐怖と嫉妬と羨望と絶望が混じり合いぐちゃぐちゃになった感情を抱いて俺はその戦いを見つめる。







 次元の迷宮入口。


 そこへ駆け付けた二人のヤン。実働部隊を率いるヤンがここへ参じるのは理にかなっているが、実質組織を統括するヤンまでもが現場へ赴くのはどうした事か。

 「お前までここに来てしまったら、連絡の中継所で指揮を取るものがいなくなるだろ、なんでついてきたんだ?」

  

 ズ、ズンッ! と大きな音を立てて地面が揺れる。


 「震源地は(あきら)かにここだよ。王都でも揺れが確認出来ると連絡が来た、流石にここまでの事態になったら現場にいた方がいい。取れる情報が違うからね」

 部下達の報告を聞きながら、テキパキと指示を出しているヤンが応える。

 「なんだよ、俺たちの報告は信用出来ないってか?」

 「信用してるさ、しかし、ここまでの大事になってくると、情報の伝達に間を開けない方がいい」

 「齟齬(そご)が生じるってか?」

 「そうだね、精査している時間が惜しいからね」 

 「しかし、ここで俺とお前が死んでしまったら今後に大きな齟齬が生じてしまうと思うがな」

 困った様な顔でヤンが俺を見る。

 「珍しく今日は嘘が下手だな」

 更に追い討ちをかける。今日のヤツの行動は理にかなっていない。

 「まいったね、そうだよ、好奇心に負けたのさ」

 ヤンが本音を吐露(とろ)する。 

 「面白いだろ?」

 あのお姫様には驚かされてばかりだ。

 「そうだね、認めるよ」

 「じゃあ、なんであんなのまで連れてきているんだ?」

 ここに連れて来ている部隊のある一団を槍玉にあげる。

 「それとこれとは別だからね」

 いつもの調子でヤンが答える。真にヤンを名乗る者の所以(ゆえん)

 「いけすかねーな」

 「それは困ったな」

 いつもの会話だ。


 必要な事は抜かりなく全て行う。

 本来ならば安全な場から一切の指示を出し事を済ませる。それが今回は好奇心に負けて現場に来てしまった。責められる点はそれのみ、それ以外はいつものアイツだ。好奇心に負けて本来の行動を(おろそ)かにする様な事はない。いけすかないヤツだ。





 ローラン王都。

 エリックは父であるフレデリック王の執務室へと足早に向かう。ズズッンと進む地面が音を立てて微かに揺れる。


 国家間の戦争。その幾多の戦場を指揮してきたエリックにしてみれば何度か経験してきた事のあるこの地鳴り。


 大規模魔法の発動。

 発動に成功する事で、(いくさ)趨勢(すうせい)を左右する程の戦略級の威力を持つ魔法がそれほど遠くない場所で発動している。

 しかも、本来ならば一度発動する毎に数百人規模の魔術師が必要なそれを、途切れる事なく連続で発動している者がいる。いや、これが戦闘なのだとしたら、互いに戦略級魔法を行使している者達が存在するということになる。

 しかし、王都を一望できる窓から外を見るが、特に異常は無い。これ程の揺れならば目視出来る範囲で何かしらの異常が確認出来なくてはおかしい。

 もし、もしも、確認出来ないほどの場所で行われている何かによる揺れがこの事象を起こしているのだとするならば、その威力、今まで経験して来たソレとはケタ違い。


 何が起きているのか。


 こちらを確認した近衛兵が開けた扉をくぐり、執務室へと入るとそこには既に宮廷魔術師長のヨラン、騎士団長のオルガが居る。

 緊急事態であるが、公の場でもあるため礼をし王の言葉を待つ。


 「コレが止むまでの間一時的に関を設け、ローランからの交通網を閉鎖する」

 コレとは、地鳴りの事を指すのだろう。しかしなぜ交通の遮断をするのか。見る限りオルガもヨランも事についての情報を持っている様には見受けられない。

 王の決定である以上余談を許すものではないが、公といってもここは執務室、扉も閉まっている。


 「よい、意見を聴こう」

 こちらの意を察した父上が会話を促す。

 「何が起きているのですか?」

 まずはここから。

 「わからん」

 簡潔な答え。

 「前回の様な者達が攻めてきているのでしょうか?」

 とヨラン。前回とは、ラムダが英雄となった時の戦い、死の軍勢が王都に向かい攻めてきた時の事を指している。

 「何某かの軍勢が攻めてきたということでは無い、震源は次元の迷宮ということが判明している」

 「次元の迷宮、ですか」

 迷宮。また迷宮か、先日も王都にある管理迷宮が異常事態となった。今度は次元の迷宮か。

 「では、」

 「必要無い」

 軍を次元の迷宮へと向かわせるか、という言葉を遮られる。既に動いているということか。


 その為の交通遮断。

 「わかりました。手配いたします」

 交通の遮断だ、民間人や商人ならば問題無いだろうが、貴族や教会関係者となれば衛兵だけで対処するのは難しい。要所にはローラン軍を配置する必要があるだろう。


 次元の迷宮にも何人か向かわせるか、

 「次元の迷宮付近に近づく者には消えてもらう事になっている」

 こちらの考えを読んだかの様に王が釘を刺してくる。既に暗部が動いているということか。しかしその言い方では、

 「教会関係者も、ですか?」

 「例外は無い」

 外には出したく無い情報ということか。それだけで大体の察しがつく。教会にも隠しておきたい情報といえば、魔人ギルバートの件か、後もう一人は彼女だ。


 情報の隠蔽だけなのだろうか?

 何かするのだろうか?

 魔人ギルバートならば、おそらく滅する方向で動くのだろう。()の魔人と何かしらの同盟の様なものを結べるとしたらローランではなくウィリアムのいる冒険者ギルドである可能性の方が高い。ウィリアムの治める冒険者ギルドとは友好な関係を築けているが、魔人が向こう陣営につくとするならば、パワーバランスに乱れが生ずる。英雄ラムダの誕生や彼女をローランに引き入れることでこちらに傾きつつあった天秤がまた揺れ始める。その事態はあまり好ましく無い。


 しかし、違う。

 今回の件は確実に彼女が関わっているのだろう。

 魔人だけならば、ローラン軍を、ラムダを向かわせたほうが効率が良い。

 暗部のみが動いている。つまりはそういう事。


 世界の情勢は、国と教会と冒険者ギルドという三つの勢力でバランスを取り合っている。国家という領土をもつ組織と世界全土にネットワークを持つ教会と冒険者ギルド。教会に関していえば、聖都という独自の領土も存在している。


 彼女の存在は、いや、しかし、フレデリック王を、父上を見る。目が合うが、その真意を読み取る事は出来ない。

 エリックも幾多の戦を、軍を率いて駆け抜けてきた。人の考えを見抜く観察眼は十分に磨いてきたと自負しても良いと思っていた。しかしそれだけでは到底及ばない。国を率いる者の深慮。

 最悪、暗部は切り捨てるつもりなのだろう。彼等は存在しない組織。そのためにローラン軍を関わらせる事はしないし、教会関係者も闇に葬ると断言する。当然冒険者達も次元の迷宮に近づくならば皆殺しにするのだろう。


 つまり、やる事は決まっているし。変更も何もする余地は無いということ。

 意見を聴くも何もなく、これはただ単に試されているだけ。

 目が合うことで真意を読み取られたのはこちらということ。


 意見も何も無い。己の未熟を悟らされ、ただ目を伏せる。


 ズズッ、、静寂の中、何度目の振動か、部屋が揺れる。






 夢幻の迷宮。


 紅蓮の炎と地獄の業火、そして青い稲妻。そしてそして童子切、いや、鬼切の斬撃。


 互いに、真正面から、避けることなく攻撃を打ち、攻撃を受ける。天魔王信長と蘭丸、そして鬼神、酒呑童子と茨木童子。


 永遠と続くかに見えたこの攻防。


 パキンッ!


 と水晶が割れるかの様な澄んだ音と共に、突然の終わりが訪れる。




 静寂の中。




 全ての視線がその乱入者へと注がれる。


 その黄金色に光る瞳と、真紅に光る瞳を持つ乱入者。


 ふよふよと虚空に浮き。


 その垂らされた手からは瞳と同じ黄金色に輝く糸。


 そして、、


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