33:羅刹
火筒から放たれた弾丸が、いとも簡単に弾かれる。
当たった箇所を見れば、傷ひとつ無い。
赤銅色の鬼、酒呑童子。
特徴的なのは、額から生える一本の角。開いた両の手から立ち昇る赤熱の炎が、その額から生える角の先端に集まる。
ブンッと首をひとつ振ると、角の先端に集まった火球が信長へ向けて放たれる。
「ムンッ!」
攻めの三左が、気合と共に酒呑童子へと突撃する。
迫りくる火球の脇を通り過ぎざま、手に持った十文字槍を横薙ぎに後方へ振り火球を切断、爆発する火球の炎を背に受けさらに加速しつつ回転の勢いのままさらに一回転、十文字槍の横に飛び出た刃の切っ先を酒呑童子のコメカミへと突き刺す。
ガキンッという音と共に切っ先が欠ける。
頭蓋骨の中でも特に脆いコメカミを狙ったというのに、ダメージひとつ与える事なく逆に刃が欠けるとは、その頭蓋骨どれ程の強度か。
「耳の穴を狙うべきであったか、」
無念の言葉を残し、信長の脇へと瞬時に戻る三左。
コメカミをポリポリと指で掻き、ニィと笑う酒呑童子。
その笑みは、己に攻撃を加えた者への称賛の笑み。鬼である己の存在を承知した上での屈せぬ心に対する感謝の笑み。存分の力で闘える事への喜びの笑み。
再度、両の手に炎を宿し、ソレを角へと集約する。
火筒でその炎を狙う信長。そして、いつでも飛び出せる様に十文字槍を構える攻めの三左。
酒呑童子が火球の宿る角を高く振りかぶった瞬間、信長が引き金を引こうとしたその瞬間。
信長と三左を挟む様に、地に二本の角の影が伸びる。
影の主は、青銅色の鬼、茨木童子。
特等的なのは、コメカミから生える二本の角。酒呑童子の角を昆虫の雄カブトムシと喩えるならば、茨木童子のソレはライバルとも呼べるクワガタの牙。
茨木童子の二本の角の間に青い稲妻が走ると、地に伸びた影にも地から天に向かい無数の青い稲妻が走る。
避けるいとまもなく、青い稲妻に打たれる信長と三左。身体を駆け抜ける電流に動きが止まり、阻むものがなくなった酒呑童子の火球が信長に向かい放たれる。
今度こそ、邪魔するモノ無く、その攻撃が当たると思った瞬間。
横槍。
正にその言葉を表す様に、阻むモノの無い火球を横から放たれた槍が貫き、火球がその場で爆ぜる。
「オヤジ殿、戦いの場に於いて固まっていては良い的ですぞ」
笑いながら横槍の主、森長可が愛槍の十文字槍、人間無骨を手に戦線に加わる。
固まるとは、稲妻によって動きを止められた事なのか、範囲攻撃に捉えられるほど近くにかたまりすぎていた事なのか、又はその両方を揶揄しているのか、笑いながら互いの槍を軽くぶつけ合う親子。
チロリと鬼に苛立ちの炎が浮かぶ。
笑みを浮かべている者達。
諦めた者の浮かべる笑みでは無い。
不敵な笑みを浮かべるのは頭目と思しき者。
楽しそうに笑うはその従者二人。
死を受け入れた者のソレでは無く、一種異様な、常に死と共にある者の様な、死ぬ事を当たり前と思っているかの様な、その様な異様な時代を生きてきたかの様な者達。
その様。
正面から、徹底的に、叩き潰したい。
思うさま、存分に、喰らい尽くしたい。
鬼の心に炎が灯る。
「ウルルルィィィィ〜」
天に向かい、喉を絞り、奏でるように、雄叫びを上げる。
酒呑童子の雄叫びに合わせ、茨木童子も笛の音のような雄叫びを上げる。
力の解放。
過去味わった事のないほど上質な生け贄の巫女、その身体の一部を触媒としてこの現世に顕現した。
封印の緩みの度に、不完全な形で復活し再び眠りにつくために喰らってきた生け贄の巫女達。幾百幾千と続いたその儀式。
因縁。
その命を捧げる事で封印を成してきた者に召喚される日が来ようとは。連綿と続いた因縁により召喚主足りえる資格を持ち。対価に見合う贄を捧げた。
前回の不完全な【召喚主の死が己の存在も消してしまう】ようなものとは違い、今回は完全な力と肉を持って降り立った。
ガキンッ!
喉を晒した途端攻撃して来る。その容赦の無い攻めに心が躍る。
全ての力を解放する必要はない。
ひと回り大きくなった体から、かの者達を見下ろした瞬間、両の目にひとつづつ槍の穂先が飛び込んでくる。
ガキンッ!
眼球にぶつかる槍のその先に同じ様な驚いた顔をした従者二人を見つけ、その槍を握る手を掴む。
グチッ!
手ごと槍を握り潰す。
「ヌウ!」
「グウ!」
大きく口を開け、両腕を引く。
諦めない者達。
ひとりは、握り潰した槍の穂先を手に、腕を引いた力を利用し口に中に、その槍の穂先に全体重をかけ突き刺しに来る。
ひとりは、握り潰した手を強引に引き千切り、手にした小刀で股間を斬り上げて来る。
瞬間。
バキンッと口に入った刃を噛み砕き、ギュッと槍の穂先を口に突き刺してきた男を抱く。
ニュッと横から伸びてきた茨木童子の手が、小刀を握った男の胴を鷲掴む。
再度口を大きく開ける。
死を恐れぬ者。その目に恐怖は微塵も無く、唯一動かせる頭を振りかぶり、頭突きをしてくる。
ゾブリッ、とその頭部を噛み千切る。
ゾブリッ、と男の首を噛み千切る。
ゾブリッ、と温かい心の臓物を咀嚼する。
ゾブリッ、とその男を堪能する。
最後に残った男を見る。
もう一人の男を堪能した茨木童子もその男を見つめる。
ただ黙ってこちらを見つめるその男。微塵の恐怖も無し。
ヒタ、ヒタ、ヒタ、とその巨体の重量を微塵も感じさせない足取りで、酒呑童子と茨木童子がその男に歩み寄る。
織田信長。
「フンッ、兵よ」
目の前に立つ鬼を不遜に見つめその言葉と共に、ズドンッと弾丸を放つ!
酒呑童子のヘソの部分に当たる弾丸。剛毛が千切れその部分が露わになる。
「そうか、鬼は出臍では無いか、ハハハッ!」
楽しそうに笑う信長。
ニイッと嗤う酒呑童子。
ニイッと嗤う茨木童子。
二つの口が大きく開かれ、左右から信長に近付いてくる。
「勝てぬ相手、か」
ゾブリッと右と左の肩に酒呑童子と茨木童子の牙が沈んで行く。
溢れ出る血潮が滴り落ちる。
ポタリ、ポタリ、と滴り落ちる。




