20:迷い人
魔の森、深部。
巨大な樹木に覆われたこの地は、昼でも常に薄暗く、空気中には迷宮最深部よりも濃い魔素が漂っている。
普通の人間ならばその吸収しきれない魔素に当たり、精神や身体に異変をきたしてしまう。
ここは魔に属する者たちの領域。
魔物にとって魔素は空気であり、食糧でもある。弱い魔物にとっても濃すぎる空気は毒であり食べきれない食糧でもある。
迷宮でもそうだが、魔素の濃さにより存在できる魔物のレベルも自然に調整されていく。
魔人はどうであろうか?
魔人とは、魔の物ではなく、魔の人である。
人とは何か? ということは置いておいて、魔物とは一線を画す存在、それが魔人である。
魔人は成長しない。
何故か?
簡単だ。成長する必要が無いほどに強いのだ。
不老である魔人は誕生した瞬間が強さのピークであり、その力が衰えるということは無いからだ。
人間が魔人に成る時、人という間を彷徨っている存在が、魔という人を選んだ時、人の間を離れ魔の人と成る。
人間が魔をえらべるようになるには、人間を超えるほどの強さが必要になる。
心技体。これを極めたものが魔人であり、魔物を超え人間を超える存在であり、そここそがその魔人の頂点であるはずなのだ。
生を活きている人間は、産まれ、そして死ぬ。
限られた生の中にある人間の心技体のピークはあるごく短い期間しか存在しない。魔人に成るにはその限られた期間に人間の限界を超えることであり、まず不可能といってよい程至難の技である。
よって、人間からの魔人誕生の前例はほぼ無いと言ってよい。
魔人ギルバート。
この男、心技体の内、体が既にピークを過ぎているのにも関わらず。心技のみで体のピークだった時の強さを超え魔人と成った。
魔人となった後も濃い魔素を吸収することにより体が本来自分自身が憶えているピークへと戻りつつあるという特殊な成長を遂げている魔人。
特異体である。
「ホッ?」
見上げれば、ヒラ、ヒラと宙を舞う一羽の白い蝶。この様な場所に存在し得ないそれは、よく見れば紙で出来た作り物の蝶だ。
「ホッホ、またお嬢ちゃんからの呼び出しかの」
壮年の見た目からはチグハグなその老人の様な口調。
お嬢ちゃんの周りは何時も事件が起きて楽しいのお。前回は魔王と戦えたし、今回は何かのお?
しかし、あのお嬢ちゃんはウィリアムの手に負える玉では無いぞ。ローランでも手に負えるか怪しいものじゃの。
そういえば、フジワラちゃんにも久しく会ってないのお、わしとお嬢ちゃんがデートした事を伝えたら怒るかのお、また本気で殺しに来てくれるかのお?
ホッホッホ、楽しみじゃのお、愉快だのお。
元凶の自覚皆無な魔人は楽しそうに笑う。
「しかし困ったのお」
ダンッと、地を蹴り大木の中ほど、その太い幹にゾクッっと容易く指を刺し、その指を起点にさらに上へ幹が爆ぜるほどの怪力で宙へと飛ぶ。
生茂る葉をものともせず、大木の上空へ身を躍らせるギルバート。そこから見える景色は、前後左右全て同じ。
永遠と続く森。魔の森と言われる所以、自分がどこに居るのか、どちらに向かっているのかさえわからない。まるで迷路。
あれは地上に存在する迷宮だと言った学者がいた。正しいのかも知れない。
「迷ったのお、ホッホッホ」
能天気に笑う魔人。
「道案内を頼めるかのお?」
魔人の周りをヒラ、ヒラと舞う蝶にお願いするギルバート。
ヒラ、ヒラ、ヒラと頼りなく魔人の周りを回り続ける紙の蝶。
「無理そうじゃのお、ホッホッホッホ」
魔人ギルバートの笑い声が魔の森にこだまする。




