02:戦闘準備
ボス部屋から一番近い小部屋に結界の魔道具を設置し魔物が出現しないようにして拠点とする。結界の魔道具は一度使用すると再使用まで時間がかかるため最下層の遠征はそう何度も行えないということだ。こちらとしてもそう何度も呼び出されてはたまったものではないので、いっそのこと壊れてほしいなあとか思ってみたりみなかったり。
倒された魔物の発する魔素、魔力の元みたいなものを吸収することで強さのレベルが上がる。直接魔物の討伐に参加しなくてもこの場に同行しているだけで強くなれるため、今回の遠征は騎士団の精鋭のみではなく将来有望な新兵も参加している。その人達は雑用の様なことをこなしている。
ボス戦には、エリック王子、ラムダ君、騎士団長さん、ヨランさん、ヤンさん、私の六人で挑むことになるらしい。
「全滅したらローラン王国もおわりですね」
ニッコリ笑顔で場を和ませる。次期国王と英雄に騎士団のトップが一気にいなくなったと隣国に知れれば同盟や不可侵条約など即座に破棄して戦争を仕掛けてくる国がおそらくある。それはこの三人がそれほど国の要として重要とも言える。
「リン、それ笑えないから」
と、エリック王子。それほど心配した風もなく柔らかい突っ込みをいれてくる。
「フン、俺がいれば常勝無敗だ!」
ラムダ君、まあたしかに、ローランの名を持つ者がパーティーに二人も居る。英雄の称号効果も二倍か二乗になりそうだ。
「エリック殿下、私も殿下が出ることには反対です」
騎士団長さん、私は別に反対してないんだけどな、まあいいけど。
「オルガ、それではここに来た意味がない」
「しかし、万が一という事もあります」
「リン様、よろしくお願いします」
ヤンさんが挨拶してくる。彼はローランの暗部を取り仕切るリーダーの一人。しかし今日はもう一人ヤンの名を持つ人が紛れ込んでいた。
「呼び名はヤンさんでいいんですか?」
「はい。ヤンでお願いします」
苦笑しつつ返事をするヤンさん。
「?」
「いえ、あいつのいった通りの言葉だったんで、つい」
へえ、これを予測されてたんだ。やだな。
(くくく、我の出番のようだな!)
いつ起きたのか、クロが私の肩にちょこんと座り二人にしか聞こえない念話をしてくる。
(クロ、起きたんだ)
(うむ、実は今まで寝た振りをしていたのだ!)
くわっと口を開いてクロが決めポーズをとっている。ただ可愛いだけなんだけど本人は格好つけているつもりらしい。
(目やについてるよ)
(とって)
(はいはい)
目を瞑って顔をつきだすクロの目やにをハンカチで拭う。
(リン、我の深遠なる策略を聞きたい?)
(別に)
(きいて)
頬に鼻をぐりぐりと押し付けてくる。
(はいはい)
(ここに居る奴等を皆殺しにして国盗りの第一歩を)
(却下で)
(ぬう! なぜだリン、国盗りこそ男のロマン!)
(私、女だし)
(むう! 男女差別反対!)
(はいはい)
クロのほっぺをつまんで、むにーっとする。
(ひゃめれー!)
私としては、この人達にはもっと強くなってもらってローランの平和を磐石なものにしていただきたい。
その一員として、こちらの思考を予測してしまえるほどの策士の存在は願ったりだ。
(リン、驕れば我等に牙を剥くかもしれんぞ、ある程度の不安定さも必要なのだ)
磐石になれば国内の不安要素を潰しに来るということだ。確かに私の存在はこの国にとって不安定であり、考え方次第では不安要素となる。
(まあね、けどクロのそれは神の視点だよ)
(我は魔神王だがな!)
(ま、居づらくなったら他のところに逃げれば良いよ)
自分の都合で他人を害してまでここに留まるつもりもない、そのようなことまでするならば、そこから逃げ出した方がいい。
(リンはあまあまなのだ)
(えー、けど向こうから手を出してきたらきちんと対応するよ?)
(そんなことを言ってると足元を掬われるのだー!)
言いつつ、クロが魔眼でここに居る人たちを一人ひとり鑑定している。私の言ったもう一人のヤンさんを探しているのだろう。
(クロ、魔眼使って鑑定してもいいけど、目は赤くしないでよ)
(大丈夫なのだ、我はもう魔眼マスターなのだ!)
まだこの前手に入れたばかりなのにね。私は同じタイミングで手に入れた神眼をいまだ使いこなせていない。発動時に魔力をごっそり持っていかれるのが問題で、パッシブのMP回復と魔王のローブの回復効果で何とか意識を持っていかれなくはなったけど、これでは戦闘中に使えない。マスターにはほど遠い問題だらけの新人さんだ。
それぞれが戦闘の準備をしている。
ボス部屋は扉をくぐった後、自動的に扉が閉まり逃げられなくなる。そして部屋の奥にその階層のボス魔物が湧く。ここは管理迷宮の最下層なので実質この迷宮で最強の魔物が湧く事となる。
こちらがパーティーで挑めるのと同じく相手も複数体出現する。当然ながら出現と同時に攻撃が始まるのでほとんどの戦闘が短期決戦となる。
挑戦する側の強みは事前に準備ができること、エリック王子の装備した鎧に宮廷魔術師の付与魔法専門の人が守備力強化を付与している。そして手にした両手剣には攻撃力強化。というか、盾持たないんだ。
ラムダ君と騎士団長は片手剣と盾。違いは動きを重視した丸い盾と守りを重視したカイト型の盾くらい。
ヤンさんは、短剣を二本とおっと手裏剣を用意している。手裏剣は迷宮から手に入れることが出来る未鑑定武器のハズレ枠の装備だ、ハズレの意味は使い捨て武器のため武器として使うのはお金を投げているのと同じになってしまうから。だけど、攻撃力は抜群で利益度外視の戦闘力だけで言えば大当たりの武器となる。そう数は揃えられないのでおそらく保険といったところかな。
ヨランさんは、ローブを道中装備していた魔力回復効果の物から宮廷魔術師の正式なローブに着替えている。魔力回復効果はないけど魔法攻撃力や魔力量その他諸々をブーストする効果がある。杖も何やら特別製の物みたいだ。鑑定してみる、火魔法スキル+2。ん? なにそれ、というか、そういうこと? え、そんなこと出来るの?
「ヨランさん、それって」
「解りますかリン様! そうです。属性強化の杖です」
余程喋りたかったのか自分から説明してくれる。
「それってつまり」
「はい! 私の火魔法5にこの杖の2を足すことで一次的にですが上位魔法の炎魔法を使用することが出来るのです!」
「おお、すごい」
「そうなんですよ! ただ無理矢理魔法レベルを上げるため魔力消費量が尋常でなくてですね、見てください」
おお、首輪に腕輪、それに全ての指に指輪を装着している。察するに魔力増強装備かな。
「じゃあ、実戦は今回が初めてですか?」
「はい、このような機会でもなければとても運用できませんからね」
興奮した様子のヨランさん、周りの宮廷魔術師さんたちもウンウンと頷いている。
「もしかして、炎魔法への進化も期待してます?」
宮廷魔術師の皆が注目しているのがわかる。ヨランさんも我が意を得たりといった表情で話し始める。
「リン様もそう思いますか!?」
「まあ、そうですね。強制的とはいえ炎魔法の使用に、最下層ボスを倒すことによる魔素の吸収、それに先程いっていたヨランさんの火魔法のスキルレベルが既に最高の5になっているということを考えると、可能性はそれなりにありそうですね」
ヨランさんを筆頭に宮廷魔術師一同が目を輝かせる。
「そうなんです! 我々も今回の試みによる成功の可能性は相当高いとふんでいましたが、リン様にもそう言っていただけると俄然自信がわいてきます」
何かに火をつけてしまったようだ。
「ヨラン様、期待しております」
「師ヨラン、この際です。最初から持ち込んだアイテム全てを使ってしまいましょう。魔力の補充は都度我々がいたします」
何やら盛り上がっている。
私は、そうだね。人前では光魔法と水魔法しか使えないし。まあ念のため、例のごとくアイテムボックスからアイテムを取り出す。ひのきの棒でもいいんだけど、流石にそれだと見劣りしてしまうし。いま着ている装備に合わせて錫杖っぽいのは、これでいいかな。
リンは神秘の杖を装備した。
地面に杖の部分をつくと頭の部分の鐶が、シャンと鳴る。
む、注目を集めてしまったみたいだ。ちょっと恥ずかしい。
「その姿だけみるとリンは本当に神子のようだな」
エリック王子が感心したように言ってくる。
「神子ですか、教会の?」
「ああ、実際奴等、色々と企てていたようだが」
「そうなんですか?」
「ウィリアムが手を回してくれてな、奴等に情報が渡るのを防いでくれた」
ウィリアムさんというのは冒険者ギルドのギルド長さん。色々とお世話になっている人です。
「知りませんでした」
「だが安心しろ、ローランの名を継いだ以上奴等も迂闊に手は出せん」
「はあ、」
別に継いだつもりはないんだけど、その辺の理由もあってフレデリック王はそれなりに緩い条件でローラン王家に囲い込みにきたのかな?
「リンのお陰で、今回の遠征に教会関係者を入れずにすんだしな」
ああ、だから治療師の数が極端に少ないのね。
「なんでそんなに教会を嫌うんですか?」
「思想がな、相容れない」
「はあ」
思想かあ、神の様に振る舞いたい人達と神を顕現したい人達、確かに相容れないのだろうけど……まあいいや。