11:情報
まさに普通という表現がしっくりくるほど、その屋敷は周りの建物や風景に溶け込んでる。馬車を降りると人影こそないが、そこかしこから視線を感じる。暗部の方逹だろう、敵意などの害意ある視線でないことはわかるので特に気にしないでおく。
(リン、襲撃の心配はないのか?)
クロが聞いてくる。まあ、確かに昨日は少し不穏な感じだったけど。
(無いと思うよ。基本友好関係なんだから、昨日みたいなことがそう何度もあったら、どうなるかくらい相手もわかっているはずだし)
(皆殺し?)
(いや、クロはなんで過激な方ばっかり選びたがるの? だいたい皆殺しにされるなら相手ももっと本気で襲いに来るでしょ)
ヤンさんに案内され、屋敷の中を進む。
フジワラ君が小声で話しかけてくる。
「なあ、さっきのアレって何が不味かったんだ? あの普通そうなほうのやつヤバいの?」
さっきのというのは、相手は誰という質問の事だろう。普通そうなというのは頭脳派のヤンさんの事だね。合流したときは気にしてなかったみたいだけど、観察してなにか気になる処があったのだろう。うーん、どうしたものか。
(ちょっとクロさ、フジワラ君に説明してきてよ)
(やだ)
(反抗期?)
(ちがう)
(じゃあ、説明してきてよ)
(やーだ)
反抗期のクロの首根っこをつまみ、私の顔の前に持ってくる。暴れることなくじーっと私の顔を見つめるクロの鼻をもう片方の手の指でツンツンとつつく。
かぷっ。っと指を咥えようとしてきたところを避けて。フジワラ君の肩にクロを乗せる。
「はい、じゃあフジワラ君はクロと外で待っててね」
「お? おう」
(リン、やなのだー!)
(ダメだって、フジワラ君狙われる可能性が高いんだから、全部ちゃんと説明しておいてよね)
(めーんーどーくーさーいーのーだー!)
(ちゃんと説明したら、ご褒美に超肉串あげるからさ)
(らじゃー!)
器用に前足を耳のところに持ってきて了解のポーズをとるクロ、ゲンキンさんだねぇ。
「じゃー、俺等は庭の噴水のところにいるわ」
「はい。仲良くね」
「おー。仲良くしようなネコ」
「きしゃー!」
仲良さそうに、外に出ていくフジワラ君とクロ。
「あ、そうだ。なあヤンさんだっけか」
こちらを振り向くことなくヤンさん逹に話しかけるフジワラ君。
「はい、なんでしょう?」
「リンになんかしようとしたらここにいるのすべて殺すからな」
「……」
「三十三人だよな?」
「!」
フジワラ君が言ったのは屋敷内に隠れている人数のことだ。おそらく気配察知スキルで場所も把握しているのだろう。けど、わざわざ言う必要あるの? そんなことするとフジワラ君が狙われちゃうよ。
ちなみに、なぜ私が三十三人があっているのかがわかるかと言うと、既に全員の首に糸を巻き付けてあるから。これはただの保険でこちらから特に何かするつもりはない。
「気にしないでくださいね。カッコウつけたい年頃なんです。人数も適当にいってるだけですので」
「はあ、そうですか」
「聞こえてるぞー」
なんで皆さん穏便に事を済ませようとしないんですかね。
地下室に安置された遺体を蘇生する。
「蘇生!」
「教会と関係せずに完全な状態で蘇生出来る。リン様助かります」
「はあ、光魔法を使える冒険者をもっと囲い込んだらいいんじゃないですか?」
死の前の情報が重要な事もあり、記憶の混濁を防ぐため、完全な状態の復活をするには教会の蘇生専用の施設での復活が欠かせなかったらしく、死の状態から色々と情報を盗られることを問題視していたらしい。
「はい、昨今の学園からの光魔法保持者の増加をうけて、教会が手をつけるより先に冒険者ギルドまたは宮廷魔術師見習いとしての職を担保し囲い込む方向で進めていますが、結果はまだ先の事」
「逆に教会から目をつけられるんじゃないんですか?」
酷い所だと、教会の光魔術師を一斉に引き上げさせてから、疫病を流行らせるとかするらしい。
「その辺りは抜かりなく」
ここは、頭脳派ヤンさんが言うと説得力がある。おそらくウィリアムさんも関係しているだろうし、そういう点に関しては心強いね。
話を聞く。
宮廷魔術師の長であるヨランさんに近づいたオランという人物を尾行していたところ、オランの気配の変化をうけて以降意識がなくなって、そのまま死んでしまったと。
オラン、お蘭、そのまんまだね。ヨランさんの職を知っていて近づいたのか、そこにいた人逹を見てヨランさんを選んだのか、色々な人を見て来たのだろうから選定眼は確実だろうし。
ギルバートさんの話の件は、お蘭さんから出したらしい。これで確定かな。
「目的はギルバートさんですかね?」
ヤンさんに質問してみる。
「気配だけで人を死に至らしめる人物。おそらく魔人なのでしょうね。それが意図的に質問してきたとなるとそうなのでしょう」
「思ったんですけど、ギルバートさんってトラブルメーカーですよね。居場所把握してるんですか?」
なんか、事件の大半は私よりギルバートさんが関係している事のほうが多い気がする。あとフジワラ君。
もしかして私、ただ巻き込まれてるだけなんじゃないかとさえ思えてくる。あれ? 本当に巻き込まれてるのかも、えー、なんか、どうなんだろう。
「リン様は彼が魔人化した現場に居合わせたんでしたね」
「はあ、まあ」
「どうでした?」
「どう、といわれても。ちょっとヤバかったみたいな?」
「ちょっと、ですか。魔人ギルバートに関しては把握できていません。南の森で彼らしき人物を見たとの報告が数件上がっている程度です」
「南の森ですか」
まあそうだね、実際南の森で生活しているみたいだし。今回も連絡を取った方がいいのかどうか、迷うなあ。
取り合えず関わりたくないし。
「これって、そのオランさんって人にギルバートさんのいそうな場所を教えて、あとは勝手にやってね、というのは出来ますかね?」
「どうでしょうか、伝える以前に近づけないのではというのもありますし、魔人ギルバートに会うだけが目的とも思えません」
「スカウトとか?」
「おそらくそうでしょうが、魔人の考えは我々人間とは異なります。好戦的な魔人が多い現状を考えるに戦闘が目的というのも外せません。その場合は被害というか、戦場がどこになるかですか」
「あー、この街で戦闘が始まったら下手したら壊滅しますね」
「はい」
「それにリン様とフジワラさんですね。特にフジワラさんは既に目をつけられている可能性が高いです。魔人ギルバートの弟子というのも相手方に伝わっていますし、」
私も目をつけられたんだろうなあ。フジワラ君の名前を聞いたとたん思わず出ちゃったもんね。
「まいったなあ」
まいっているところにクロからの念話が届く。
(リン、何か来たのだ)
(んー?)




