10:情報
フジワラ君の話を聞いて、思わず出た一言。
「なにしてんの?」
ちょっと、意味がわからない。
「え、いや」
「そんなの逃げの一手でしょ? なんで向かっていったの?」
「男の意地みたいな?」
「なにそれ美味しいの?」
思わずクロみたいな返し方をしてしまう。
「いや、美味しくないです。死ぬかと思いました」
「死ぬかと思ったって、はぁ」
ため息を着く。過ぎた事に感情的になってもしょうがない。フジワラ君はこういう性格なんだ。それを理解しておかないと、共に行動していたときは私が指揮をとっていただけで、一人で行動するときは結構無茶をする。それをしっかり覚えておくことだ。
だけど、それって。
「フジワラ君、お願いだから死なないでね」
私がどうこう出来る話ではないけど、一人で無茶をして誰にも看取られずに死んでほしくない。なんだか、ほんとに勝手な願いだなと思うけど。
「お、おう。俺は死なないから安心しろ」
「全然説得力がないんだけど」
「おぅ、すまん」
思わず突き放すような言葉を言ってしまう。まいったな。
(リン、大丈夫?)
クロが聞いてくる。
(うん、大丈夫)
思っている全てに手が届くわけではない。そんなことは十分理解していたはずだ。
相手が相手だけに焦ってしまっている。こちらの出方を待っていてくれるような甘い相手ではない。アレが本当にそうならば彼は戦いのプロ、周り全てが敵の中で勝ち残ってきた強者、必ず先手を取ってくる。
私が生き残る正しい選択は、昨日の晩に逃げ出すこと。それだけが百パーセント確実に生き残る方法だった。
今日まだ私がここにいる時点で、もし私が向こう側だったならば、幾らでも何でも出来てしまう。
呼び出すのも簡単だ。
ただ一言、「王都ローランを壊滅されたくなかったら来い」といえば良い。大事な人を人質に取るなどと面倒なことをしなくても全てを人質としてしまえばいい。今私がここに残っていると言うことはそういうことを示唆している証拠なのだ。
しかし、これは目的が私だった場合の話。目的が別だった場合は何の意味もないというか私が逃げ出す必要もないということになる。しかし昨日会ってしまったことでついででも私が相手の興味の対象になっていたならば、今の私の状況は先程言ったように詰んでいる。主導権を握れていない。これは本当に致命的だ。
取りあえず。情報収集。これ大事。
フジワラ君の聞き取り調査でわかったこと。
「次元の迷宮ですかね?」
一番有力な棲み処を挙げる私。
「そのようですね」
同意するヤンさん。
「俺、昨日結構遅くまでいたけど?」
何やってんのフジワラ君。少し考えれば何処から来たかくらいわかるでしょ?
「特別な方法、その迷宮の主が招き入れる事で繋がるという感じですかね」
よくある、霊的なものはその家の主が招き入れなければ家に入ることができないという本来家自体が自然に持っているある種の結界。それの迷宮バージョン。
「そうですね、偶々(たまたま)なのか、迷宮の主が意図して繋げて来たのか。今後は次元の迷宮も重点監視対象に加えるべきですね」
「意図してだった場合は、困りますね」
「確かにそれは、困りますね」
「目的があってここに来たということか、てかリンは相手の素性知ってるのか?」
フジワラ君、空気読まないよね。
(小僧バカだな、リン、このヤンってやつヤバいだろ。普通に会話についてきている)
(うん、話しやすいけど、ちょっとダメだね。頭がキレすぎる)
(殺す?)
(クロも相当ヤバいよね?)
(そんな褒めなくても、てれてれ)
(ヤバいって褒め言葉じゃないからね)
膝の上のクロをつんつんする。
仰向けに寝転がり、私のつんつん指をぺしぺし叩いてくるクロ。
………………
…………
……
急に黙りこんで、クロと遊び出した私を黙って見つめている男性三人。
呼び掛けてくるのを無視して、馬車が目的地に着くまでクロと遊ぶ。
考えてみたが、どうにも、ヤンさんと私の取得情報に差があるっぽい。その差は死んだと言われている人の情報だろう。最後の行動は単独だったみたいだけどその前までは複数人だったはず。尾行もしくは護衛する対象が複数いたため別れたと考えれば説明がつく。
つまり、その人との会話の中で相手の目的が想像できるキーワードもしくはそのものズバリが出てきていたと考えられる。私とクロが相手を鑑定したことで手に入れている情報と同等のものがその会話で出てきていたということ。
今ここでキーとなるのはただ一人。私のお願いとはいえ、フジワラ君の同行を受け入れたこと。つまりはそういうことなのだろう。
フジワラ君と関わりの深い人物で彼の人の気を引きそうな人物。いわずもがなである。
魔人ギルバート。
これに類する単語がその会話のなかに出てきたと。そこからの推理により見ている景色がほぼ同じになった。それによるさきほどの会話の流れ、ヤンさんは今回の相手を既に魔人もしくはそれに類するものと断定している。
説明がつくし納得もいく。この推理は遺体を蘇生した後で答え合わせがあるだろう、わざわざ今確認することではない、得意気に語って下手にこちらの評価を上げると今後が面倒だし、ちっぽけな己の自尊心を満足させるための行動が足を引っ張ることなどよくあること。ヤンさんも実践しているけど情報は秘する事こそ価値がある。
ん、これはもしかして試されてるの?
ヤンさんが静かにこちらを観察しているのを感じる。うわー、やだなあ。
(リン、ここはわざと得意気に推理を披露して評価を下げるという手もあるぞ、その程度なら与し易いと思われるかも?)
(なんでクロ君は、私が考えていたことを聞いてたかのように発言してくるんですかね?)
(くくく、我にはすべてお見通しなのだ! くわっ!)
ずぶっっと、得意気に開けたクロの口のなかに指を突っ込む。
ぱくっ! っとその指を咥えられてしまう。
指を上に上げると、前足でがしっとロックしてきてそのまま上に持ち上がりクロの一本釣りが完成してしまう。
プッ、クスクス、と馬車の中に笑い声が響く。見上げれば笑ってしまったことに気恥ずかしさを覚えたのか目を逸らすヤンさん二人。
(誤魔化し成功?)
(うむ、ちょろいやつらだ)
ちょろくないけどね。隣ではなにか妙な空気に気付いたのかフジワラ君が私やヤンさん逹をそれとなく観察しているのがわかる。フジワラ君、いつもはこの様に冷静に思考できているのに、なんで戦い事が絡むと暴走するんだろうね。まさか命を賭ける事に快感を覚えてないよね?
馬車が屋敷に着く。




