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エピローグ:妹の決断

 翌日の夜、小夜乃(さよの)は再び俺の部屋を訪れた。今度は淹れたてのコーヒーと紅茶を一杯ずつ、トレイに乗せて持ってきていた。結果報告に来たのだろうと思ったが、その顔色は冴えなかったので、大体の顛末は察した。

「ダメだったか?」

 部屋に招き入れ、小夜乃が机の上に置いてくれた湯気立つ紅茶をソーサーごと手元に引き寄せながら、俺は問いかけた。口にして、もっと気の利いた言い回しもあったろうに、と後悔した。

「…ダメでした」

 手に持ったコーヒーカップの中に目を落としながら小夜乃が応える。"意気消沈"を絵に描いたような様子だ。そんな妹を見ているのは辛いが、事に関わってしまった手前、俺には経過を聞く義務がある。小夜乃を促した。妹は語り始めた。


 今日はアルバイトの大学生が明るいうちからシフトに入れるらしく、元々小夜乃たちはローズマリー&タイムの"手伝い"は休みになっていた。妹は朝から観月(みつき)に電話をしてみたが、つながらなかった。(しずか)とも依然連絡が取れない。

 妹も気が急いていたのだろう。電話に出ないならと、直接観月を訪ねていくことにした。連日通い慣れたルートを辿り"ローズマリー&タイム"につくと、裏手にまわり自宅のチャイムを鳴らした。

 ドアを開けたのは観月の母だった。「今日はお休みじゃないの?」と、少し驚いた様子で聞いて来た。観月に用があって訪ねて来たことを告げると、「あいにく今日は別の友達と約束があるらしくて、出かけていったのよ」という返答が帰って来た。

 観月母は10時に駅前で待ち合わせらしい、という情報まで与えてくれた。小夜乃も駅からローズマリー&タイムまで歩いてきたのだが、観月とは行き違いになったようだ。小夜乃が川内家を訪ねたのは大体9時50分、急いで駅に向かえば捕まえられるかもしれない。

 観月母に頭を下げると、小夜乃は踵を返して歩を速めた。別の友人たちと共にいるところに押しかけていって迷惑かもしれないとは思ったが、一刻も早く真相、と思しきことを観月に伝えたかったのだ。誤解が長引くほど静との関係修復は困難になる、という強迫観念があった。

 10時直前に駅前につくと、観月は案外簡単に見つかった。駅の自転車置場入口のすぐ脇で、2人の女子と笑いながら話し込んでいた。2人とも中学時代の同級生らしいとすぐ見当がついた。彼女らとはクラスが違っていたので、顔に見覚えはあったが名前までは思い出せなかった。

「観月さん」

 少しためらってから近づいていって声をかけた。振り向いた観月は最初驚いて目を見開いたが、すぐ露骨に嫌そうな表情になった。

「…なんでこんなとこにいんの?」

「ご自宅に伺ったら、駅で待ち合わせだって聞いたので」

「それでここまできたって…なにそれ、意味わかんないんだけど。ていうかそもそも今日シフト休みでしょ、なんでうちまでいったのよ」

「観月さんに、一刻も早く聞いてほしいことがあります。少しお時間をいただけませんか」

 そう言われてた観月は最初億劫そうにしぶっていたが、再三小夜乃が頼み込むと遂に折れた。名も知らぬ友人たちに「ごめん、ちょっと待ってて」と告げると、小夜乃と肩を並べて少し離れた場所に移動した。

「…それで、話って何よ」

「一昨日の件の原因がわかったんです。私の兄が突き止めてくれました」

 そう前置きして小夜乃は話し始めた。前日の夜俺たち兄妹が話し合い辿り着いた推論、2本依頼された牛乳が10本に増えたことには静の悪意ももちろん観月の悪意も介在していないこと、おそらく観月が書いた≪”正”の字二画目まで≫が少し線をはみ出し、静に”十”と見間違えられてしまったのだろうこと。ちょっとした錯覚から生じてしまった珍事で、誰にも非はないと訴えた。

 この時小夜乃は夢中だった。周囲の様子も語りかける対象の観月もまるで見えていなかった、と本人も認めている。

「…ですから、静さんは悪気があって牛乳を多く買ってしまったわけではなかったんです。もちろん観月さんにも責任はありません。ほんの些細な勘違い、それだけだったのです。これを踏まえて、もう一度静さんと話しあってもらえませんか。このことがわかれば静さんも納得してくれて、きっと元のふたりに…」

「…んなの」

 地の底から響くような観月の声に、小夜乃は冷や水を浴びせられたように硬直した。ここでようやく、目の前にいる観月を観察するだけの落ち着きを取り戻した。その顔は青ざめ、その眼は…気味悪いものを眺めるような嫌悪感を湛え、己を見つめている。

「何なのあんた達兄妹、なんで実際にあのメモを見もしないのに、そんな細かいところまでわかるの!?キモい、マジキモい、そんなとこまで人を覗いてくんじゃねえよ!!」

 堰を切ったように浴びせられる観月の罵倒を、小夜乃は茫然と受け止めていた。妹は結構単純な性分で、”真実”とは尊いものだと信じて疑わない節があった。もつれた糸が解きほぐされたと思ったのに、それを開いた結果観月が激高してしまうとは、完全に意想外だった。

「誰も悪くなかったって、それ結局あたしの書き間違いが原因ってことでしょ。あたしが悪いって遠回しに言っているようなもんじゃん!静と話し合え?要するに静に頭下げて許してもらえってことでしょ、あんた結局静の味方なのね!」

「そういうことじゃありません。私は…」

「ウザい!そのすました口調も、一々理屈捏ねてくるところも!あんたのそういうとこ、ずっとウザかった!いつもイライラさせられてたんだよ。同じクラスに知り合いいなかったらつまんないし、帰国子女って面白そうだったからあんたや静と付き合ってきたけど、どうせどっちも高校は別になるんだもんね。もういいや、あんた達とはおしまい!!」

 一方的に交友関係の終了を宣言すると、観月は自分が待たせている2人の女子にちらりと目を向けた。

「あっちにいるのはタツキちゃんとハッコ、2人ともあたしと同じ高校行くの。どっちも中学同じだったけど知らないでしょ、あんたあたしと静しか友達いないもんね。あ、間違った、過去形か!もう友達じゃないんだし。じゃ、これからあたしら遊びにでかけんの。くだらない話はもう聞いてやったんだから、ついてこないでよね!!あんたの顔なんか二度とみたくない」

 観月はそう吐き捨てると踵を返し、待たせていた2人の元へ駆けていった。「お待たせ~」と打って変わって明るい声をあげると、もうこちらには一瞥をくれることもなく、小夜乃の知らない”友人”たちと肩を並べて反対方向へと歩き去った。小夜乃はその背中を、ただ見送るしかなかった。


「私が浅はかだったんです」

 小夜乃はそう呟き、カップのコーヒーを一口すすった。眉をしかめたのは、苦さのせいではないだろう。

「真実を告げさえすれば、すべてが上手くいくとどこかで妄信していました。それを聞いた観月さんがどう感じるかまで、想像力が及ばなかったんです」

「…あまり自分を責めるなよ」

 こういう時、自分の口は役に立たないとつくづく思う。

 静とはやはり未だ連絡が取れないようだ。小夜乃が中学に問い合わせれば自宅の住所を知ることもできるかもしれないが、今さら訪ねていってもおそらく無意味だろう。観月が聞いたような姿勢でいる以上、2人の関係が修復する可能性は皆無といっていい。

 観月は小夜乃と静をことあるごとに”親友”と呼んでいた。俺が見ている時も何度となくその言葉を口にした。おそらく言っている時は、本人に欺瞞だという認識はなかっただろう。観月は激情家である。その強烈な感情で、自分自身をも欺いていたと考えるしかない。中学3年時、クラスには親しい知り合いが誰もいなかったからクラスで浮いていた2人に話しかけ何とか孤立を免れた…そんな惨めな境遇を知覚すまいという防衛本能が、その2人を親友だと強く思い込む心理へと繋がり、本人の中で真実に擬態したのではないだろうか。それが卒業を機に離れ離れとなることが決まり、最早擬態を維持する必要性はなくなった。その結果が、今日小夜乃に浴びせた罵詈雑言というわけだ。ひいては今回の一連の騒動自体、そんな観月の内部の変化が引き金となった、と言えるかもしれない。

 今は高校で孤独な境遇に陥らぬよう、新たな”親友”たちと友情を深めるのに躍起なのだろう。本人に自覚があるのかは定かではないが、状況にあわせて人間関係を手軽にアレンジしていくような姿勢を、全否定するつもりはない。ただそんな調子では、今の”親友”たちともいつまで保つものか…まあいずれにせよ、もう関係のないことだ。俺達兄妹と観月との繋がりは、完全に切れたのだから。

 観月のように口には出さずとも、小夜乃の方が遥かに2人の”親友”を大事にしていただろう。彼女らのために東奔西走したが実を結ばす、観月とも、おそらく静とも関係は破綻を迎えてしまった…兄として、この結果が今後トラウマとして妹の人生に陰を落とさないか、懸念せずにはいられない。

「観月さんは、私が告げる前から自分がどのようなミスをしたか気づいていたようでした…」

 小夜乃はぽつりとそう零すと、顔を上げて俺を見据えた。

「兄さんはこうなることがわかっていたんですね。だから、私に真相を伝えたがらなかった」

 これは完全に小夜乃の買い被りだ。観月がそこまで激しく、かつなりふり構わず爆発するとはさすがに予想できなかった。もしわかっていたら、どれだけせがまれても妹に考えを開陳しなかったろう。

 …が、観月がおそらく少なくとも昨日の段階で、自分のミス―≪”正”の字二画目まで≫の線をはみ出し、静に”十”と読ませてしっまったこと―に思い至っていたであろうことは、検討がついていた。

 昨日、つまり静が牛乳を10本買ってきて店を飛び出した翌日だが、小夜乃が観月を説得しようとした時、観月は怒鳴ってこう返してきたと聞いた。

 ”「あたしはちゃんと書いたわよ。あれは誰が見たって“牛乳を2個買ってこい”って指示に見えるはずよ。幾ら海外暮らしが長いからって、取り違えるなんてありえないわ(省略」”

 静は一言も、「自分は数字で”2”と書いた」とは言っていない。まるで自分が書いた正確な記号をぼかすような言い回しをしている。そしてもし観月がメモに書かれた記号としてアラビア数字や漢数字を想定していたとしたら、”幾ら海外暮らしが長いからって~”のくだりは明らかに浮いている。イギリスにだってアラビア数字はあるだろうし、漢字に疎い者でも”二”を見て即座に”十”や”10”に見間違えることは普通考えられない。まして静が漢字に不自由しないのは周知である。”静が日本の習慣に疎いことが今回の勘違いの主因だった”という点に気付いていたからこそ、観月の口からそんな文言が飛び出したのではないか…

 メモを記した張本人である。静が10本の牛乳を持ち帰った時は頭に血が上って失念していたにしても、それから一晩過ごすうちに自分がどのような記号で数をあらわしたのか思い出した、ということは十分に考えられる。ひょっとしたら慌てて書いて線がはみ出た≪"正"二画目≫の正確な像まで、はっきり脳裏に蘇ったかもしれない。そして静が帰国子女であることも考え併せ、「"十"に見間違えた」という可能性に思い至ったのだろう。しかし前日激しく静を非難した手前、後には引けない心理になっていた。だから己のミスを隠し、只管静を責めるスタンスを取ることにした…

 或いはもっと穿った見方もできないことはない。最初から静が"十"に見間違えることを期待して、わざと線をはみ出させた。買い物役が小夜乃から静に変わりそうな気配を察し、2人が話し込んでいる隙に、メモに書き記した≪"正"二画目≫の縦棒を意図的に、こっそり伸ばした。

 理屈で考えればありえないことと言っていい。静が"正"のカクセンホウについて知識があるかどうかなんてわかりようがないし、"プロバビリティの犯罪"を狙ったとしても-犯罪ではないが-咄嗟にそんなことが考えつくとは思えない。何よりメモが帰ってきたら、やはり自分の書き損じは―意図的とはバレないかもしれないが―発覚してしまう。いくら「常識的に考えればこれは正の字の途中でしょ!」と指摘しても、帰国子女であることを加味すれば周囲は静に同情的になるだろう。下手をすれば8本の余計な牛乳の責任がすべて自分に降りかかりかねない。帰ってきた静にメモを見せるよう強く迫った点にも符合しない。

 理屈では考えられないことだが…それはあくまで理屈の上でのことに過ぎない。静が買い物に行きそうな気配を察した時、前日の諍いの鬱憤、またバトミントン部男子との件に関する逆恨みの感情が一気に湧き上がり、衝動的に縦棒を伸ばした。静が買い出しから帰ってきた時も興奮した頭のままで、後先考えず勢いだけでメモを見せるよう要求した…そういうことが絶対なかったとは、言い切れないのだ。人は心に理屈では割り切れない魔が差すことが、往々にしてあるものだ。小夜乃の寝顔を見た瞬間、理性が飛んだ俺のように…

 いずれの場合にしろ、観月が静の"見間違え"の詳細に気づいているだろうことはほぼ推察できた。そのような状況下で真相を指摘された所で、観月が決して良い気持ちは抱かないだろうことも。そこまでわかっていながら、俺は敢えて妹を制止しなかった。小夜乃は頑固で融通が利かない性格だ。もし俺が藪蛇だと諭しても、観月と静の関係修復の可能性がそれしかない限り、決して引き下がろうとはせず実際と同じ行動をとっただろう。経験してみなければ納得できないこともある。

 とはいえ、ここは一言詫びねば気が済まない。

「すまなかったな。俺がいらん推理をこねくり回した結果、かえって事態がこんがらがってしまった」

 結局、真実などその程度の価値なのだ。俺が持てる限りの論理を振りかざして推論を組み立てたところで、問題解決にはまるで役に立たなかった。心底虚しいと思う。自分が探偵に向いていないと思う最たる所以はこれだ。俺は究極的には、"論理"を信奉していないのだ…

「そんな、兄さんのせいではありません。私のやり方がまずかったんです。こちらこそ、せっかくお力添えいただいたのに申し訳なく…」

「そんなことはどうでもいいさ。それより、お前明日からの喫茶店のバ…"手伝い"はどうするんだ」

 当初の予定では春休み中喫茶店を手伝うことになっていたはずだ。とはいえもう3人で旅行へ行く可能性はないだろうし、シフトに入れば観月と顔を合わせなければならない。こんな状況ではお互い気まずいだけだろうし、普通ならここが潮時と考えるものだろうが…

「行きます」

 小夜乃は即答した。そう来るだろうと思っていた。

「静さんに加えて私まで行かなくなったら、お店に多大な迷惑をかけてしまいます。当初の約束通り、新しいバイトの人が見つかるまでは手伝わせてもらいます」

「でもそうしたら、また毎日観月と顔を合わせることになって、気まずいだろう」

「仕方ありません、自業自得ですから。ただ観月さんがまた私の顔をみねばならないのは、申し訳ないと思いますが」

 何もここで喧嘩別れした相手を気遣わなくてもいいだろうに。まったく、うちの妹は融通が利かない。楽な道に逃げ込むことを知らない。観月ほどとはいわないが、少しは物事を自分に都合良く解釈してもよさそうなものだ。

 そんな愚直で不器用なところも、俺が実の妹に参ってしまっている所以のひとつだろう。

「兄さん」

 俺がティーカップを持ち上げ息を吹きかけていると、小夜乃が改まった口調で話しかけてきた。

「ひとつ、お伝えしておきたいことがあります」

「ん?礼や謝罪なら、もう十分だぞ」

「いえ、そうではなくて…」

 一口紅茶を啜った。小夜乃が入れてくれる紅茶は、いつ飲んでも馥郁たる風味で気を落ち着かせてくれる。

「4日前、私の卒業式があった日の夜のことについてです」

 咽せた。口にした紅茶も吹き出してしまった。勿体ない。

「え、4日前って…え?」

「兄さんが、私にキスをした夜です」

 こいつ、やっぱり気づいてやがった!完全に油断していた処で奇襲を受けた形だ。当然落ち着きなど跡形のなく消し飛んだ。これが計算通りなら、妹は戦乱の世でも軍師として十分やっていけそうである。

「くれぐれも誤解のないように言っておきたいのですが、私が今まであのことに触れなかったのは別に怒っているからではありません」

「え」

「兄さんはそう勘違いして、ここ数日私の前で妙に萎縮していたようですが。嫌だったらはっきりそう言ってます。私があの件に触れなかったのは、別に嫌とは思わなかったから…いえ、これも正確な表現ではありませんね」

 小夜乃はそこで一旦言葉を切り、軽く深呼吸した。

「私が何も言わなかったのは、兄さんにああいうことをされて嬉しかったからです。私は…兄さんが好きですから」

 聴覚にハンマーを叩きつけられた。無論そんなことが起こるはずもないが、それくらいの衝撃を受けたのは本当である。思考がショートして、妹の言葉を咀嚼するのにしばしの間が必要だった。

「勿論、"好き"というのは異性としてですよ」

 小夜乃が言わずもがなの補足をして逃げ道を塞いでくる。

「す、好きって…お前、なんで今になって」

「…観月さんと静さんにふりかかった今回の出来事をみていて、誤解や行き違いというのはとても恐ろしいことだと思いました。文字の縦線が少しはみ出ただけで、それまで築き上げた関係が崩壊してしまうこともある。ですから、兄さんの誤解は出来るだけ早く解いておきたかったんです。私が怒っていると誤解され続けて、その内兄さんに嫌われたりしたら…耐えられませんから」

 それはない。貧弱な推理力を駆使するまでもなく、俺が小夜乃を嫌いになるなどということは、未来永劫ありえないと断言できる。しかし…今現在どういう態度に出るべきなのかについては、まるで頭が働いてくれない。

「さて…」

 小夜乃はそう呟きながら、飲み終えたコーヒーカップをソーサーごとトレイの上に置くと、両手でトレイを持ちながら立ち上がった。

「ど、どうしたんだ」

「そろそろお暇します。紅茶を飲み終えたら、ティーカップは台所に持って行ってくださいね」

「え、戻るって…こ、このまま?」

「このままですよ、ずっと」

 小夜乃は駄々っ子を見つめる母親のような苦笑を浮かべた。その笑みは、どこか寂しそうでもあった。

「私は自分の気持ちを伝えましたし、4日前の夜の出来事で兄さんのお気持ちもわかったつもりです。嬉しかったですが、だからといってそれを機に何かが変わるものでもないでしょう。私たちは実の兄妹なのですから」

 小夜乃の言う通りだ。俺たちは兄妹だ。お互い好き合ってることがわかったからといって、他人同士の男女のように「じゃ、付き合おう」となるわけにはいかない。これからもこの事実は覆りようがないし、"妹"としての小夜乃を失うのは俺としても嫌だ。

 …だからと言って、本当に今まで通り普通の兄妹として過ごせるものだろうか?既にルビコン川を渡ってしまったのだ。少なくとも俺は、春休みいっぱいは平静に戻れそうもない。

「あ、そうだ」

 部屋を去り際、小夜乃がふりかえり俺に声をかけた。何かと思ったら、

「兄さん、『毒入りチョコレート事件』は読み終えたんですよね。じゃあ次の海外古典をお貸しします。『月長石』なんてどうですか」

「『月長石』!?初心者殺しで有名な本じゃないか!確か文庫本で800頁近くあるって…」

「遅いか早いかの違いですよ。探偵小説研究会の部長なら、いつかは通らねばならない道なのですから。じゃ、今日はもう遅いから明日ローズマリー&タイムへ向かう前にお渡しします。春休み中に読んでくださいね」

 心持ち早口でそう言い切ると、小夜乃は部屋を後にした。わずかにこちらに向けた頬は、少し赤らんでいるように見えた…ひょっとして、照れ隠しだったのだろうか。妹よ、照れ隠しで800頁の分厚い海外古典を課してきたのか?

 1人部屋に残された俺は、途方に暮れるしかなかった。つくづく、己の探偵能力の無さを思い知らされる。結局小夜乃に持ちかけられた相談事を上手く処理することはできなかった。それでもそちらが一区切りを迎えたと思ったら、半ば自業自得とはいえ、息つく間もなくそれ以上の難題が降りかかってきたのである。それもおそらくは、一生を左右しかねないほどの…


 Q.実の妹と両想いだと判明した。これから俺はどうすればいいのか?

 A.わかるわけがない。


(了)

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