能力を使う方法
「つまりね、助けてと叫んだ時点で、彼女の気持ちははっきりとわかったわけでね」
『うんうん』
「あそこでぼくが助けなかった場合、彼女は角のために殺されていたわけでね」
『うんうん』
「つまり今回の事は、第六条に反するわけじゃなくて、付帯条項が適用される状況なわけだと思うんですよ」
『うんうん、まったくもってそのとーりだわ。知らないけど』
柏の掟 第六条『金の貸し借りは誰であっても拒むべし』
付帯条項 ただし命に関わる場合のみ、最終手段として借金も考慮すべし
どこか遠くからにゃんにゃん聞こえる廊下で、青年は必死に自分の正当性を主張していた。
自分は柏の掟を破っていない、今回は付帯条項が適用される事態である、と。
ものすごく、どうでもいい。
ものすごくどうでもいいと思う妖精であったが、青年が能力の使用を決意してくれた事は望ましいことだ。
だから、適当に相槌くらいは打ってやることにした。聞いてないけど。
相槌くらいであれだけ巨額の借金を背負ってくれるなら、いくらでも付き合ってやろう。内容は聞き流すけれど。
青年が必死で言い訳をしているのには大事な理由がある。
自分を騙す、もとい説得し納得させるためである。
なぜなら自分は、これからしゃっ―――可能性の前借りをするのだから。
なおも言い募る青年の話を聞き流していたのだが。
『……飽きた。
ほら、係員も待ってるしさっさとやるわ』
「ひ、ひいい、可能性、これは可能性かのうせい……」
まだ少し顔色が悪いが、それでも最初よりは大分マシになった。
そう判断したからだろう、妖精は虚空から一枚の紙を取り出して青年に突きつけた。
青年の話を聞き流すのに飽きたから実力行使に出たわけではない、はずである。
差し出されたのは、金色の可能性行使証。
青年には読めない文字で書かれたそれは、ユーディア族の少女を買うお金を借りるための借用書である。
『用立てるしゃっ……しゃ、しゃー次の話に行くわ!
対象は金貨2110枚。10枚分は当面の生活費や支度金として取っておくといいわ、これでいいわね?』
「お、う、ん」
なんせ、全額返済するまで能力は使えないからね、と付け加える妖精。
可能性行使証の内、一枚は自分の命を救うため。
もう一枚は少女を買い取るため。
これで二枚、能力の使える限界値である。返済が完了するまで、次の借金はできない。
『金額が大きすぎて一度に使える限界を超えてたから、今回使用する可能性行使証は金だわ。
せっかくの金証だから、期限は無期限、利子は0にしといたわ』
「あ、う、ん」
無利子、無期限、超高額。
取り立ても返済もない、夢のような借金である。これで一気に大金持ち。
いっそ、返済を諦め、行使証一枚を永久に使い続けるつもりであれば。
どれほどの大金を借りても関係ないのだ。一生遊んでも使えきれないほどの額を借りても、返済しなければ永久に自分の金である。
―――なんてことを思いつくわけもなく、動揺著しい青年は妖精の言葉にがくがくと頷いた。
『内容に納得したら、しゃくよ―――んっ、んんっ、ごほん。
可能性行使証に触れて、契約して頂戴』
「う、ううう……」
呻きながら、行使証を、妖精を、行使証を、係員を、行使証を、床を、壁を、行使証を、灯りを―――
『鬱陶しい、ちぇいっ!』
ここに来て、オークションで入札し落札しておいて、まだなお決心の固まらない青年。
その姿に業を煮やした妖精が、青年の右手の人差し指を掴んで行使証に押し付ける。
『契約します。はい、復唱!』
「け、け……」
『はい承認!』
青年が言い切るのも待たずに、行使証が光となって青年と妖精に吸い込まれた。
どう考えても、違法な強制契約である。アウトだ。
だがその正否を判断するのは可能性の能力のサポート妖精、つまり強制契約を行った本人である。つまり、セーフ。
妖精が白と言えば、黒いパンダも白くなるのだ。
こうして、青年の初の契約が交わされる。
借金取りから逃れるために異世界へ渡った青年は、転移早々、金貨2110枚という莫大な借金を背負うのであった。
虚空に溢れだした金貨の輝きに青年が慌て、係員が拾い集めるのを手伝おうとして青年に威嚇され、皮袋を借りたり俄かにどたばた騒がしくなる廊下で。
青年以外の誰にも姿の見えない妖精は、青年を含めた誰にも気づかれぬままに笑う。
青年の道行きと可能性、己の望みと目的への確かな第一歩を踏みしめて―――