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オークションで腹をくくる方法

「さて、会場にお集まりの皆様方。大っ変、長らくお待たせ致しましたっ!」


 まるで、オークション開始時に戻ったかの如く、司会の声が先の口上を繰り返す。

 ただし、開始時からこれまで高めてきた熱だけは、欠片もこぼさずに、なお赤々と積み上げて。


「次にご紹介致しますのが、本日の最終商品。

 御入札・御落札のみならず、その姿を一目見るだけでも一生ものの経験となりますこと間違いなし!」


 高まる司会のテンションを裏切るように、静かに、ゆっくりと壇上へ姿を現す少女。


「世にも珍しいユーディア族の若き乙女になります―――!」


 その歩みを進める姿を、立ち止まって客席を見上げる顔を見た時、会場のあちこちからため息が漏れた。



 会場の参加者たちが、壇上の少女の姿(最終商品)にため息を漏らす傍ら。

 こと侵入者の青年だけは、ため息を漏らされる側となっていた。他人には見えず聞こえぬ、傍らの妖精によって。


「説明ありがとうございましたよ」

『はあ……あたしゃ、疲れたわ』


 ようやく能力の説明を終えた妖精さん、疲れすぎて一気に老け込んだ様子である。

 疲れ果てた様子ではあるのだが―――


「大丈夫ですか?

 疲れたなら、そのハンマーぼくが持ちましょうか?」

『そもそもあんたがいなきゃハンマーを持つ必要もないんだわ!

 と言うかハンマー持ってて疲れたんじゃないわ、あんたに疲れたんだわ!』

「あ、すみません。

 力の入った素晴らしいご説明、ありがとうございましたよ」

『説明したからじゃねえぇぇよっ!』


 どんなに疲れても、突っ込まずには居られないらしい。難儀な体質である。

 ちなみに説明中はテンションが低く声も小さく、どうみても力が入っているようには見えなかった。


「……突っ込みのご教示、ありがとうございました?」

『ちげーよ!』

「あ、はい、違いますね。

 妖精さんが人生を賭して身に着けた職人芸。ご教示よりご教授と言うべきでした、申し訳ございません」

『あああああ無理むりムリ、ハゲる死ぬ無理! ハゲろだわ!』


 脈絡とかない。理性とかない。自制とかない。

 ついでに、傍目には一人で笑いながらぶつぶつ呟く青年の姿に、係員の目線に温かみもなかった。



 妖精さんONステージはこのくらいにして、能力の説明をまとめよう。


 能力で出来ることは、何かを先取りすること。借りること、である。

 本名は借用書(可能性行使証)に借りるものと利子、返済期限等を記入し、拇印を押すように指で触れることで契約執行となる。

 能力で臨んだ結果は、即時。返済は、利子分を含めて期限内にいつでもだ。


 ちなみに返済を期限内にしなかった場合は、可能な限り事前に借り受けたものを返却した上で、返済残額の倍額を強制的に徴収されるとのこと。

 お金の場合、仕事などで金銭を手に入れた瞬間に自動で返済に充てられ、完済するまで銅貨1枚手にすることはできなくなる。

 食事も摂れずに死にかねない、絶対にしないように気を付けよう。

 もっとも、現在使われている行使証は無期限なので、そちらについては関係ないことでもある。


 さて、今この場で必要なものは金。オークションで奴隷を買うための資金である。

 今回の場合、能力を使ってお金を前借りすればいいわけだ。


 前借りすればいいわけなんだが―――


「あああああ無理むりムリ、お金借りるとか無理!

 柏の掟 第六条『金の貸し借りは誰であっても拒むべし』なりぃ!」


 係員に怒られないよう、がりがりと頭をかきながら小声で叫ぶ青年。その様相はあまりにも病的であり、健常な人から見れば引かれること間違いなしだ。


『でも、そしたらあの子、誰かに買われちゃうんだわ』

「いやいやいや、そもそも奴隷を買うとかすごい話してますよね?

 それに、買うためにぼくがしゃっ、き……その、お金を、もし、借りたり」

『そのくらいでビビってんじゃないわ』


 口に出すのも恐ろしいとばかりに、青い顔で呟く青年。先ほどまでの言い合いや笑顔との落差があまりにも大きい。


 とにかく、無理。

 要約するとそうなる青年の主張を、呆れて嫌そうな顔で妖精は聞き流した。


 青い顔で尻込みする青年を置き去りに、価格は吊り上っていく。

 500を越え、700を越え。間を飛ばしてついに1000が提示され。


「……というか、さっきまでの最高って、140枚とか言ってましたよね?

 あの角の人、ものすごい値段になってるんですけど」

『あんた、さっきの司会の話聞いて……たわけないか、あたしと話してたんだったわ。

 多少の制約があるとは言え、ユーディア族の角が万病の薬になるからだわ。出す人は、それこそいくらでも出すでしょうね』

「万病の……」


 青年の脳裏をよぎるのは、当然ながら妹のこと。自分も死の淵にあったらしいが、そちらは実感がないため意識の片隅にも浮かばない。


 万病の薬。

 それも、異世界、癒しの魔術なんてものがある世界での、万病の薬。

 確かにそんなものがあるならば、お金にものを言わせていくらでも―――


「薬?

 いや、奴隷……なんですよね?」

『……奴隷だわ、今はね。

 いい? ユーディア族ってのは―――』


 妖精が語る、ユーディア族の実態。二つの可能性。

 凄腕の癒し手、ではなく。万病の薬としての価値。

 その場合に、ユーディア族が―――


「未契約のまま角を斬り落とされたら、死ぬ?」

『そうよ。斬り落とした角は日持ちしないから、奴隷として生かしてあるだけ。

 落札した人は、自分が角を必要とする時まで生かしておいて、必要になった時にバッサリだわ』


 ちょんちょんと手刀を額に当てる妖精の言葉を聞きながら、壇上を見つめる。

 そこに立つ青い角の少女は、無言で涙を流し続けていた。


 自分を見る青年の視線に気づいたのか。

 あるいは、カーテンで姿を隠さぬ参加者が、青年一人だけだからか。

 壇上の少女と青年の視線がぶつかり、絡み合う。

 物言わぬ唇が、未だ一度も入札をしない青年に向かって、一瞬震えて―――きつく結ばれた。



「さあさあさあ、見るも麗しきユーディア族の美少女!

 この美に! 力に! 可能性に!

 他にお声はありませぬか?」



「すみません」

『何?』



 顔を歪めて涙を流し続ける少女を、満面の笑みで示し。

 司会はなおも、吊り上げを要求する。


 言葉はなくとも、その涙が。

 青年と結び合う、その視線が。少女の心を届けていた。


 いや、そんなんじゃない。

 最初から、少女の姿を見れば、誰にだって分かることだったんだ。

 ただ、青年が尻込みして、目を背けていただけで。


 だから、青年は、尋ねる。己に何が出来るのかを。

 それ故、妖精は、答える。青年に宿る可能性を。

 青年には、己の望みを叶える力がある事を。



 しばらくして1900の声があがり、一拍おいて2000の声が返された。


「2000!

 この会場でのオークションの歴史もけして短くはありませんが、歴代2位となる素晴らしい価値が飛び出しました!」


 壇上の少女と青年が見つめ合う間で。そこに立つ司会は満面の笑みでさえずる。


「いずれ劣らぬ名品ぞろい、これほどまでの商品に巡り合えた!」


 だが、その満面の笑みは、絶頂の囀りは遮られる。


「その幸福をここに刻んで、これにて―――」

「すいませーん、ちょっといいでしょうか?」


 遮る。その笑みも、囀りも。

 青年が挙げた声が。青年が見せた姿が。


「へ?

 ああいえ、失礼しました。何でございましょうか?」


 本当は、知りたいことなんか、ない。その瞳が教えてくれたから。

 それでも、踏み出す事に確信を欲しくて。ひるむ背中を押して欲しくて。


「その人の声を聞きたいんですが、聞けますか?」

「ええ、もちろんでございます。

 私どもが扱う商品、お客様の疑問に全力で応じさせていただきましょう」


 司会の指示に従、顔を隠した係員が少女に何かをしてから、壁際に下がった。


「そ―――」

「助けてっ、死にたくない……っ!」


 司会が何か言うのを遮り、声が戻った少女は涙をこぼしながら叫んだ。


 助けて、と。

 死にたくないと。


「ん、ぉっほん。失礼いたしました」


 そんな少女の叫びをすぐさま封じ込めさせて、何事もなかったように司会は笑顔を浮かべる。


「お声について、今のでよろしいでしょうか?」

「ええ、十分です。ありがとうございましたよ」


 もう掠れた声もあげられず、ただ瞳で訴える泣き顔の少女を見つめたまま。

 青年は、小さく頷いた。


「以上、他にございませんね?

 それではこれにて、この商品の―――」



「2001」



 壇上の『商品』の取引を終えようとする司会を遮り。


 壇上の『人物』に、ただ死にたくないと叫ぶ少女の命に、青年は最も高い価値を示した。






「―――あの、お客様?」


 青年の挙げた声に、一拍の静寂。

 その止まった空気をゆっくりと割り開くように、司会が静かに問う。


「何でしょうか?」

「当オークションのルールとして、入札桁数は2桁とさせていただいております。

 ですので、2000を越える価格の提示であれば、2100からでお願い致します」

「……失礼しました。

 それでは、2100でお願いしますよ」


 青年、暗がりのおかげで顔が赤いかどうか傍から分からない。


『そんなところでみみっちくセコいことするから恥かくんだよ。ばーかばーか』


 味方のはずの妖精は、ここぞとばかりに青年の頭をべちべち叩きながら駄目出し。

 司会も生ぬるい目で、商品の価格が上ったにも関わらずなぜかため息。


 そんな様子を見て、表情こそ変わらなかったけれど。

 涙の止まった少女は、なぜだか少しだけおかしく感じてしまった。


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