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能力の使い方を知る方法

 最低限の照明のみが灯された、薄暗い通路。それでも手入れは行き届いており、黴臭さや汚れは感じられない。

 普段はさして使われることのないその通路を抜けた先もまた、今は照明が落とされ、薄暗い空間となっていた。

 だが、室内の暗さとは対照的に、照らし出されたステージは明るく。

 大仰な身振りで口上を述べる司会の態度はさらに明るく。

 その上で俯く、あるいは微笑む者たちは美しい。


「いてっ」


 宙に投げ出された青年が音を立てて落ちたのは、極端さ、あるいはちぐはぐさを感じさせるそんな空間であった。

 カーテンに覆われた参加者達から集中する視線、好奇心、あるいは苛立ち。

 そう言った感情が向けられている事には全く気付かず、


「……どこだ、ここ?」


 事態がいまいち飲み込めていない青年は、当然の疑問を口にした。


「おや、これは珍しい。

 ここ最近は少なくなりました『侵入者』の方ですね。

 すぐにお席へご案内致しますので、ごゆるりと楽しまれますよう」


 上機嫌な司会の声に従い、壁際の係員が青年を空席へ案内する。

 衣服とも呼べぬようなボロを纏う薄汚い青年にも、他の客と同様に接する係員。流石はプロだ。

 そんな上流階級を相手取るような態度に居心地の悪さを感じつつ、それでも気になることはきちんと問う。


「あの、ここはどこでしょうか?」

「……言うまでもないことかと存じますが、ここはダズレニアの総合会場。

 本日は奴隷オークションの会場となっております」


 侵入者に対して、律儀にも必要ない説明を返す係員。


 それは何も、青年が薄汚く招かれざる客人だからという意味ではない。

 侵入者がこの場所に辿り着いた以上、その目的はオークションへの参加であり、この場所がどこかを知らないはずはないのだ。

 少なくとも、何も知らない若造が、道を間違えてたどり着けるような簡単な場所ではないのだから。


 今日は侵入者の報せが一切入ってなかった以上、この青年はこう見えても相当な手練れのはず。

 なればこそ、この質問も青年流の演技であろう。

 また係員としても、正当な参加者の質問には答える義務がある。

 彼はあたかも専属のコンシェルジュであるかの如く、青年に現在の状況を語って聞かせた。


 本日のオークションの主催者と主旨。

 現在までの販売商品数と、最低価格、最高価格。

 侵入者の権利、参加者の権利と義務、制限。

 途中、落札された双子の少女の妹が自分を睨んでいることにも気づかず、あるいは自分に向けて手を振ったり髪を引っ張る存在を無視して、青年は説明を聞き終わってから尋ねた。


「これまでの中に、癒しの魔術を使える人はいましたか?」

「初歩的なものなら、戦闘用奴隷の中に2名おりました」

「初歩的なら違う……と信じたいところですよ。

 この後に、出る予定があるかは分かりますか?」

「この後のオークションについては、お客様ご自身の目で確認いただければ幸いにございます」


 教えてくれないらしい。

 ならば、この係員から得られる情報はこのくらいだろう。そう判断すると、お礼を言って係員との話を終わらせた。


 奴隷オークション。

 今後、青年に必要なだけの癒しの魔術を使える可能性のある存在の近く。


「つまり、今後すごい癒し手になりそうな奴隷を、買え……ってことですか」

『そーゆーことね!

 将来有望な金のひよこを買って、金の鶏を育てるんだわ!』


 あくまで独り言を呟く青年に対し、頭の上にふんぞり返って答える存在。

 係員の居なくなった今なら、無視しなければいけない理由はない。


「だが、オークションで奴隷を買うなんて、そんなお金があるわけないし。

 これはどうしたらいいんでしょうね」

『決まってるわ、あんたの可能性を使えばいいのよ!』


 無視しなければいけない理由はなくなったが―――


「今からお金を稼ぐとか、とてもじゃないが不可能ですよ。

 時間的にも知識的にも」

『そうそう、無理無理。だからここは』


 無視してはいけない理由も、当然のことながら、ない。


「だからと言って、誰かにお金を借りるなどもってのほか」

『だから、可能性行使証を』


「柏の掟 第六条『金の貸し借りは誰であっても拒むべし』なり」

『ちょっと、ちょっとあんた聞きなさいよ!』


 柏の掟。今は亡き母が作った、柏家の家訓である。


「そうすると―――」

『だから、あんたの能力でお金を得ればいいんだってば!』


 興奮して、顔の前に回り込んで大声を張り上げる存在。

 それは物語に伝え聞くような妖精らしき姿であった。


 その背に透き通る四枚羽を浮かべた、30~40センチ程、肘から先くらいの大きさの美しい妖精。

 起伏に富んだ小さな身体に薄絹をまとい、長い金髪を宙に揺らして可愛い声を張り上げる。


 そんな存在を、この上なくスルーして


「うん、奴隷を手に入れるのは無理そうですね。諦めましょう」

『あたしの話を聞けぇぇぇっ!』


 なぜか笑顔で諦めた青年に向かって振り下ろされる、1×0tハンマー。

 自分の身長と同じぐらいのハンマーを振り回して、妖精はキレた。


『あんたナメてんの、ナメてんのだわ!

 いてまうぞわれ、いてまうぞわれだわ! どたまかちわってひいひい言わしたるぞ言わしたるぞだわ!』

いわしなんて高級魚は食べた事ないですよ。

 ふななら川で……」

『そんなんひとっつも聞いてないわ聞いてないわ!』


 鰯で高級魚扱い、驚きの貧乏生活である。

 というか、鮒を川でどうしたというのか。まさか手づかみか、踊り食いか。胃袋は大丈夫か、世間体は。


 そんな深く掘り下げたくないセリフを笑顔で吐きつつ、椅子に座ったまま振り回されるハンマーを受け止める。


「さて、冗談はこのくらいにしまして」

『何が冗談なのよ、お前の顔かお前の顔か!』

「奴隷を手に入れるのを諦めると言ったのが冗談ですよ」

『律儀に説明すんな、説明すんなだわ!』


 あと鰯が高級魚発言は冗談じゃなくて素なのか。素でいいのか。


「あなたがサポートの妖精の方ですね。よろしくお願いしますよ」

『……ふんっ。

 ちゃんと感謝して仲良くしてくれないと、あんたのことサポートなんかしてあげないんだからね!』

「つまり、ちゃんと感謝して仲良くすれば、ぼくをサポートしてくれるということですね?」

『揚げ足とんなだわ!』


 揚げ足ではない。しいて言えばツンデレ足と言ったところだろうか?

 いずれにせよ、取られると立つ瀬がない事には違いない。足だけに。


「妖精さん。

 癒しの魔術が使える奴隷の方が現れた時のために、あなたと可能性の能力のこと、この場で出来る事を教えて下さい」


 お願いしますと頭を下げる青年を、ふくれっ面のままちらっとだけ見て


『あたしの名前は、セイミよ』

「なるほど。セわしくてイらいらしたミにさいずの妖精さんですね」

『違うっ!』


 妖精の名乗りに、笑顔で応じる青年の脳天を襲うハンマー。しかし青年がその柄を握って止める方が早い。

 柄を止めるのは早いが、解せない。


『何なのよ、その悪意に満ち満ちた呼び名は!』

「妖精さんのお名前ですよ」

『違うわよ、普通にあたしの名前だわ!』

「ええ、お名前ですよね?

 セわしくてイらいらしたミにさいずの、略してセイミさん」

『略さない! 略さないで、セイミさんだわ!』


 妖精さん、あらぶる。

 絶対的サイズは小さいが、相対的サイズはむしろ大きな脂肪の塊もぷるんぷるん荒ぷる。

 見た目だけは女神もかくやというほどの美少女なのに、目を見開いて頭を抱えて吠える様は狂気爛々といった感じでいっぱいいっぱいだ。


『二つ名なくたって、初めてのお仕事だって、あたしはセイミだわ!

 うっ、うううぅぅ……』

「呻かないで下さいよ、妖精さん。

 ぼくが悪かったですよ、これからどうぞよろしくお願いしますよ」


 鋼が笑いながら差し出した手。

 その指の一本を両手で力いっぱい握りながら、ふんと顔を背けて


『ちゃんとあたしに感謝して、ばんばん力を使いなさいよね?

 そしたら少しは協力してあげるし、仲良くもしてあげるわ』

「え、まず協力してくれないと力が使えませんよね?

 順番が間違っていませんか?」

『そんな細かい事突っ込むんじゃないわよぉぉっ!』


 再び振り下ろされるハンマーと、それを白刃取りにする鋼。


 妖精が見えず声も聞こえない周りからは、どう見ても一人でじたばた動きぶつぶつ呟く怪人物である。

 控えめながら強い口調で、もう少し静かに大人しくして下さいと係員に怒られて、ようやくこの事態は収束するのだった。




―――二人が騒いでる間に、最終商品のすぐ前の競りが、ちょうど今終わる。


 青年と妖精の語らいを別次元の出来事であるかの如く、青い角の少女の出番はもう間もなくであった。


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