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貴族の館を訪ねる方法

 この世界には、レベルという概念が存在する。

 端的な言い方をすれば、魔物を倒すことで段階的に身体能力や魔力量を強化することができる、ということだ。

 元いた地球でも鍛錬を積めば能力は強化されるし、戦うことで強くなることも可能だろう。

 しかしこちらの世界ではより直接的で、より万能で、ある意味ではとても理不尽であり、すなわちファンタジーである。


 そんな、レベルというファンタジー法則の適用されるこの世界であるが、地道な鍛錬が無意味というわけではない。

 鍛えれば筋力も体力も、魔力だって伸ばすことができるのだ。


 とても簡単で単純で乱暴なことを言えば、本人の身体能力は基礎能力とレベルの掛け算となる。

 レベルは強さの1ベクトルであり、レベルが高い方が必ずしも強いわけではない。

 もっとも大抵の場合は、レベルを上げるために魔物と戦うわけだし、魔物を倒すためには相応の力量は必要だし。

 多数の魔物を討ち倒すために武器を振れば、意識せずとも身体は鍛えこまれる。

 通常、レベルによる強化と鍛錬による強化はある程度比例関係にあり、つまりは両者の関係を特別意識することはないのだ。


―――通常は、ない。だが何事にも例外というものは存在する。

 例えば、堅固な城壁に守られた安全な空間で、命を奪うことなく鍛錬だけをひたすら積み重ねた場合。

 あるいは、魔物が存在せぬ聖域で、ただ一人祈り続けた場合。

 もしくは、魔物もレベルも存在せぬ異世界で、借金取りと何年も戦い続けた場合、などである。


 レベルの助けなく、ただひたすら鍛錬を続けた青年が。

 莫大な経験値を前借りし一気にレベルを上げてその能力を開花させた。

 その結果、どうなったかと言うと―――


『ねえ、あんた』

「はい、なんでしょうか?」

『どうしてこうなったんだわ』

「妖精さんがご覧になられた通りかと思いますよ」

『名前! セイミ!』


 いつものように名前呼びを求める妖精を、いつも通り無視して。

 屋根の上で手足をついた鋼は、頭を低くして飛び過ぎる火球をやり過ごした。


『あんた、跳び過ぎなんだわ、跳び過ぎなんだわ』

「どうやらこの世界では、体重が軽くなっているようですよ」

『違う!

 鋼のジャンプ力が上がってるの、身体能力が跳ねあがってるの!』

「跳ね上がってるから跳ねすぎた、と言いたいのですね。

 おもしろくないですよ?」

『そんなことこれっぽっちも言ってないんだわ!』


 物理干渉能力を得たことで、かえって何一つすり抜けることができなくなったセイミ。

 気楽なこれまでと違い、魔法や攻撃が当たれば大参事である。

 他人から見えないだけで、常に鋼の周囲を飛び回るセイミは、いまや鋼の付き人も同然なのだ。

 いくら攻撃者の目に見えないとは言え、鋼から離れられないこの状況は非常に危険で胃に悪い。

 一刻も早く、安全な場所へ逃げ込みたい―――のだが、鋼が動かないことにはどうしようもない。

 安全が確保されることを祈りつつも―――


「では、窓を叩き割ってこっそり入ると致しますよ」

『全然こっそりしてないんだわ!』


 この鋼にして、この危機あり。

 重いため息をつきつつも、現実逃避気味にこの館に辿り着いてからのことを思い返していた。




 妖精セイミの惨状まで、シンプルにまとめれば三行である。

 ダルナスの館に辿り着いた。

 塀を跳び越えて、跳び過ぎた。

 壁に激突して、警備兵にばれた。

―――たった、これだけの話である。


 館の塀の高さはおよそ5メートル。これを乗り越えるために、鋼は近場の木―――防犯のためか、塀より背は低い―――に昇り、そこから跳ぶことにした。

 地球に居た頃の感覚で、鋼は塀の上に手を掛けてそこに着地するつもりであった。

 セイミが宙から確認し、警備兵が離れたタイミングを見計らって。木のしなりを使いつつ鋼は全力で跳んだ。


 だが、レベルの上がった鋼の身体能力は、鋼自身の予定を容易く裏切った。

 全力の跳躍はその身を塀のない空へと誘い、斜めに飛び出した鋼の身体は投じられた石のように塀を飛び越えて館の外壁に直撃。

 大きな激突音を立て、歩き去った警備兵達を呼び集めた。

 その後は警備兵から逃れつつ器用に壁を登って屋根の上に退避したのだが、結局は手近な窓を叩き割り2階から屋敷内への不法侵入を果たしたのだった。



 屋敷内に侵入した鋼。

 目的地は地下と言っていたから、向かうべきは下方だ。

 数秒、動きを止めて耳を澄ませた鋼は―――


「では、外に戻りましょう」


 警備兵が屋内に殺到し始めたのを音で確認し、再び窓から外へ出て庭へと下り立った。



『はー……あんたと居ると、ほんと心臓に悪いんだわ』

「妖精さん、心臓あったんですね……」

『なんでそこに驚いてんのよ!?』


 相変わらずな鋼の髪を引っ張りつつ、ため息をつく。


『兵士の攻撃だって、万が一あたしに当たったら超やばいんだからしっかり避けて守ってよね。

 それから次にレベル上がったら、ちゃんと任意ですり抜けられるようにして欲しいわ、して欲しいわ!』

「それは、妖精さんが、お酒を盗み飲みしなくなったら後ろ向きに検討致しますよ」

『検討さえ後ろ向きってどーゆーことだわ!?』


 ばたばたと、警備兵にばれない程度に賑やかに。

 騒がしくなった館内上階を後目に、鋼は庭を回り込んで裏門付近の開いていた窓から再び館内へと侵入していくのだった。


「みぇいりにゃぁっ、おみゃえみょかぁぁ!」

「お父さみゃは『メイリア、お前もかぁ』とお怒りにゃ様子ですわ」


「みょうそうにゃにゃいにゃぁふしゃーっ!」

「お父さみゃは『妄想じゃにゃいにゃぁ』とお怒りにゃ様子ですわ」


「……ぐにゅにゅにゅ、わかったにゃ、ふんっ!」

「お父さみゃは、ぐにゅぐにゅしていて気持ち悪いですわ」




「最後の、最後の違うにゃっ!」

「お父さみゃは、文句が多くてわがままだと思いみゃすわ」

「なみだじょぉぉ」



          □ □ □ □ 



仕事の激化が長引き、年末年始は寝正月でございました。すみませぬ。

まだ三条終了まで書きあがってはいないのですが、見通しは立ったため投稿再開でございます。

ストック5話くらい。


それはさておき、DとかFとかなんとかならないかな、ほんとに……

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