魔法で事件を見る方法
てくみゃくみゃやこん
てくまくみゃやこん
てくみゃくまゃやこん
てくまくまあこん
てくま……
素早く片付けられていた食卓の上に、50センチ程度の茶色い箱が鎮座していた。
表面に、黒く四角いガラス面。
その横に並ぶ、1つのレバーと2つのダイヤル。
それ以外に何も―――そう、コードやアンテナ、端子や持ち手などを含めて何もないつるりとした箱である。
そんな茶色い箱が、食卓の中央に、どーんとばかりに居座っていた。
「こ、これは……?」
「ぼくの世界の魔法、テレビですよ!」
無意味に額の汗など拭いつつ、いい笑顔で答える鋼。
メイリアの手料理を食べていた時に勝るとも―――いや、それほどではないが。それでも笑顔であることに変わりはない。
テレビ。
言わずと知れた文明の利器であり、昭和の時代には三種の神器などと呼ばれていた、家電製品である。
スマホやパソコンでテレビ放映が見れるようになった今でも、その普及率は一般家庭でほぼ十割。台数も二人以上の世帯では平均2台を越える。
家電オブ家電とも言うべきテレビ。間違っても、魔法などではない。
「説明しよう!」
誰からも突っ込みが入らないからか、鋼の独走は止まらない。
右手の人差し指を目の前のテレビに突きつけ、嬉しそうに言葉を続ける。
「このテレビは、どこか遠くで起きている『事件』を、詳しい解説付きで、まるで目の前に居るかのように見れる魔法の道具である!」
「にゃんと……!」
鋼の言葉に、うさねこ領主の顔がひっくり返りそうなくらい大口を開けて驚く。猫の欠伸ではない、うさねこのびっくり顔である。
事件が、刑事ドラマやミステリーなどの番組の事であるならば。
テレビの放送内容としては、鋼の説明も嘘が含まれているわけではないだろう。
この場に居る誰一人にも、その事件は作り話であるという、真実が伝わらないだけで。
「人知れず行われた殺人、誰にも救けてもらえない理不尽な暴力、卑劣なる罠や悪意!
あるいはそれらの事件を解決する英雄、遠方で起こった出来事を余さず知る賢者、明日の天気さえ言い当てる予知者!」
「まさか、そのような魔法があるとは……」
珍しくも表情を驚きに染めて呟く有能執事。
アニメに、ニュース、天気予報。
断じて、魔法ではない。英雄……かもしれないが、賢者は居ない。
だが、誰も真実を知らない、真実に気づかない、だから突っ込めない。妖精さんが起きていたら憤死ものである。
「さらに、過去に起きた事件さえ、時を越えて映し出すことも可能なのだ!」
「流石はハガネさみゃですわ!」
もしも鋼の言うことが事実だとしても、それは元の世界の魔法であって、鋼がすごいわけではないのだが。
うさねこの娘さんは、そんなことは知らないとばかりにキラキラした目で鋼を見つめた。
心なしか、ふんわり丸いおしりの尻尾もふりふりしているようだ。
ついでにユーディアの妹さんの目も輝いていて、お兄様への賞賛と愛に満ち溢れていた。もう、目が曇り過ぎである。
しかし、もし仮に鋼の話を信じるならば、確かにそれはとてつもなくすごいことである。
遠隔地の人知れぬ事件を、ピンポイントに映し出す。
それがこの世界においてどれほど規格外なことか、鋼は知らない。
だが鋼が知らない・想像できないだけで、多少の常識があれば、どれほど非常識なことかは想像するまでもないだろう。
何せ元の日本であっても、現在どこかで起きている事件を、テレビがリアルタイムで映し出すことなどないのだから。
テレビはあくまで『番組』を映し出すだけで、例え生放送であっても『生放送用のカメラが映した映像を』放送するだけなのだから。
そんな事実は、鋼を含めた誰一人として知らぬまま。
非常識で理不尽で、非現実的な魔法は発動される。発動していた魔法が、ついに稼働される。
「それでは、すいっち・おーん!」
鋼の唱える魔法の言葉と共に伸ばされる指。
ぱちっと軽い音を立てて、テレビの前面につけられていたつまみが上に弾かれる。
果たして、黒い画面がどこかの光景を映し出す。
それは―――
「そうか、首尾よく捕らえたか!」
「はい。
ご指示通り、指名依頼を装い目撃者の居ない街の外におびき寄せ、寝かしつけ馬車の荷としてこの屋敷の地下へ運び込みました。
指名依頼を発した事実は残りますが、街の外でワーカーが行方不明になるなど日常茶飯事。問題ないかと存じます」
画面に映り込む、二人の男。ただし映し出されるのは身体から口元までで、目鼻立ちが全く映らぬためその正体を察するに足りない。
一人は、黒い礼服を隙なく着こなした、ナナンダのような細身の執事と思しき男。
もう一人は、小太りで執事より低い身体を臙脂のガウンに包んだ、酒を手にした男である。
「ははは、愚かな奴だ。由緒正しき我が家に恥をかかせるような真似をするからこんなことになるのだ」
「左様でございます」
低い声で誘拐の全貌を語った執事の声に、機嫌良く身体を揺すりながら笑う太った男。その下に、日本語で字幕が表示された。
『悪徳貴族 ダルナス【ファード】ディスタン』と。
その隣の執事風の男の下にも『ディスタン家の家令 スージニック』と表示される。
「それでは、我が家に恥をかかせたあのガキがもがき苦しむ様、じっくり楽しむとしようではないか」
「かしこまりました。
すぐに鑑賞の用意を致しますので、今しばらくお待ちくださいませ」
そうしてスージニックが卓上に簡単なつまみと酒を並べ、中央に大きな水晶玉を置いた。
テレビに映る画面が男達から離れてテーブルを向き、徐々に卓上の水晶玉へと近づいて行く。
映し出された水晶玉の中では、黒髪の後頭部から二本の灰角を伸ばし、地面に太い尾を投げ出した黒いローブの子供が床に突っ伏していた。
「ギルニャオさん」
「何かにゃ、ハガネ殿」
画面から目を離したハガネは、真っ直ぐにギルニャオを見つめてこう言った。
「あの執事の名前、すじ肉っぽいんですよ」
「そんにゃこと知らんにゃ!」
ディスタン家の家令、スージニック。
その字幕は日本語で書かれていたため、ハガネ以外には通じていない。
「ついでに偉そうな酔っぱらいは、茄子っぽかったですよ」
「そんにゃ報告もいらんにゃ!」
続く余計な報告に声を荒げ―――
気づく。
茄子っぽい名前。と言う事は、あの男は
「ニャスっぽい?
それはひょっとして、ダルニャスということかにゃ?」
「ニャスではありません。茄子です」
「ダル…ニ…ャス…」
「ナスです」
「ニァ…ス」
「だから、ナスですってば」
「言えにゃいんにゃよっ、ニャスはニャスにゃ! ふしゃーーっ!」
久しぶりに右足で地面を踏み鳴らし、ギルニャオさん怒り心頭。
そんな様子にとても満足した笑顔で、ハガネは言った。
「確かに、ダルナスとか、そんな名前だったかと思います。
ダルニャスではありません」
「それはもういいにゃぁぁ!」
ものすごいスピードで地面を踏み叩きながら、大口開けて鋼を威嚇するギルニャオ。
どう見ても怒った動物である。微笑ましい。
「つみゃり!
こにょ魔法によりぇびゃ!
いみゃダルニャス卿がみゃさにラプトゥルらしき子供を殺そうとしているということだにゃ!?」
「そうなりますね。
ついでに補足しますと、水晶玉に映っているのが、先ほどまでユニが話していた昨日のエリアさんですよ」
顔こそ見えないが、確かにその姿―――角や髪、鱗の色、黒ローブは、昨日のエリアの姿と同じであった。
「てくみゃくみゃやこんって10回言えにゃかった人、正直に挙手にゃのですわ!」
鋼:ノ
ユニカ:ノ
セイミ:ノ(見えない)
ナナンダ:ノ
メイリア:ノ
「ふはは、にゃがはいは言えたぞ、言えたんだぞ娘よぉぉ!」
「お父さみゃには聞いておりみゃせんわ。
あちらでお一人で、おヒゲでもにゅいてらっしゃると良いかと思いみゃすわ」
「にゃみだじょおおおぉぉっ」
ギルニャオお父さんの受難は続く。あと泣き顔が可愛い。




