日本の魔法を唱える方法
「―――とぉ、昨日はそんなことがありましたぁ」
明けて翌日、領主の館。
昼食の席には鋼とユニカに、ギルニャオとミルニャ。傍らにはナナンダとメイリアもおり、ユニカ的にはフルメンバーという気分だ。
格安で下宿している鋼とユニカだが、共に暮らす以上は家族にゃのですわ!というミルニャの言葉で毎日ミルニャと同じ食卓を囲んでいる。
仕事が忙しいお父さん、最近はわりと一人寂しいご飯が多い。娘の笑顔を守るため、健気な父猫である。うさぎだけど。
なお、ユニカはミルニャを家族と認めていない。多分鋼も認めていない。
認めていないはずだ、鋼の家族はユニカだけなのだ。ユニカだけなのだ。念のため自分に言い聞かせる。
「メタルみゃジロを魔術で一撃とにゃ。その子供、にゃかにゃかやるではにゃいか」
「でもハガネさみゃを騙して取り分を奪おうにゃどと、許せることではありみゃせんわ!」
今日の昼食はフレーネ鳥のソテーとタテガミウサギの耳のフライ、それに生野菜である。
甘みと酸味を兼ねた鳥肉に、溢れる肉汁とぴりっと香辛料の効いたソースが混ざり合って口の中いっぱいに旨味が広がっていく。たまらない。耳フライも、こりこりとした食感にハーブのソースが相まって箸が止まらないおいしさである。付け合せの生野菜も歯ごたえ良くさっぱりとして食べやすい。
昨日獲ってきたウサギの肉については、血抜きや処理が不十分なため、すぐ食べるには適さないと判断された。だから今日食卓に上がったのは耳だけ、メインディッシュの肉は明日の夜の予定だ。
「あのぉ、メタルマジロはぁ、やっぱり剣では倒せないのでしょうかぁ?」
「そうだにゃぁ……ニャニャンダ」
「メタルマジロの甲殻そのものを剣で斬る、というのは相当な技量を要するためなかなか難しいでしょう。
一般的な対応方法としては、まずメタルマジロを捕獲し、甲羅に対し横から強い力を加えることで、少し身体を開かせます。そこに刃物を入れるなり魔術を流し込むなりして倒すというのが多いでしょう。
ただしメタルマジロは外敵の接近に敏感であり、また球体の割に―――いえ、球体ゆえと言うべきでしょうか。ともあれ、逃走速度が非常に高く、一度転がり出してしまえば人型生物で追いつくのはなかなか骨の折れる作業となるでしょう」
「なるほどぉ……
ではぁ、あの子の魔術はぁ、ひょっとしてぇ」
「はい。世界最強かどうかは置いておきますが、非常に威力が高いでしょう。一発の威力で言えば、おそらく最低でもA級かと。
……もっとも、その威力の高さ以上に、詠唱がいささか長過ぎる様ですが」
「1時間もの詠唱にゃど、聞いたことがにゃいにゃ」
ナナンダとギルニャオが言葉を交わすのを背景に。
我らが鋼は三人前の肉を平らげ、ようやく人心地ついたように深い息を吐いた。
家族の団らん、ぶっちぎりである。
「今日も本当においしかったですよ。
メイリアさんのおかげで、ぼくは生きてて幸せですよ」
「……お粗末様でございます」
「粗末なんてとんでもない。あなたの料理は最高です!」
『また始まった……あたし、寝ようかしら』
きらきらと瞳を輝かせ、その手を包むように握りしめて屈託ない笑みを見せる鋼。
ユニカとミルニャが険しい表情で一瞬目配せする中、普段は表情の変化に乏しいメイリアが、ややふわふわと上気した笑顔で恥ずかしげに応じる。
妹および自称嫁の危機である。ついでに背景で、満腹になったセイミはふらふらとソファに飛んでいって横になった。怠惰である。
「みぇっ、みぇいりにゃ!」
「お兄様ぁ、あの、えっとぉ」
危機を感じた二人が手を組んで、ミルニャがメイリアを呼び寄せ、ユニカが鋼を取り戻す。
その際、自分も手を握ってしまおうか、でもそんなことをしたら失礼に当たるんじゃ、いやでも妹なんだからこれは兄妹のスキンシップとして必要なことであり兄妹関係の中において絶対に必要で欠かすべからざる
「しかしその魔術、大したものだにゃ。
魔力に乏しいラプトゥル族で、そこみゃで長大にゃ詠唱を力に変換しているとにゃると」
「ええ。もしかしたら、魔法の域に達しているのかもしれません」
「―――魔法、ですか?」
満腹と感謝の世界の、鋼とメイリア。
嫉妬と妄想の世界の、ユニカとミルニャ。
魔術と考察の世界の、ギルニャオとナナンダ。
三者三様の世界を形作る中で、ふと鋼が世界の境界を越えてナナンダの言葉に反応を示した。
魔法。
「ハガネ様は、魔法をご存じですかな?」
「はい、もちろんですよ」
魔術と魔法は異なる。
ただし全く異なるものではなく、魔法を体系化し、万人が使えるように技術として確立したのが魔術である。
魔術では予め定められた術式に則り、魔力に形を与えて現象を起こす。
現象に制限はないが、それでも術者の扱う魔力量や術式の複雑さ、体系化できる容量を考えれば自ずと魔術の限界は設定されてしまう。
それに対し、術式も定めもなく、ただ望む形を無理やり押し付けるのが魔法だ。
魔法に必要なのは、構築力。それは確固たる想像力であり、十分な魔力であり、魔法の発動を曇りなく信じる心であった。
「ぼくの住んでいる世界にも、魔法はありましたよ」
「魔術がないのに、魔法はあったのですな?」
「はい。
今までのぼくには魔力がなくて使えませんでしたが……」
「にゃるほど。
いみゃのハガネ殿は、かにゃりにょ魔力量を誇っておるにゃ。
かつては使えにゃかった魔法も、今にゃらば」
「おお……ついに、ついにぼくにも魔法が使える時がきたのですよ!」
珍しく、少しテンションが高い鋼。
だがそれも、当然であろう。
今まで使えなかった魔法が使えるのだ。元の世界では、誰もが当然のように扱っていた魔法が。
―――ちょっと待て。現代日本に、魔法は存在しない。
そんな突っ込みは、妖精がお休み中のため、誰からも入らなかった。
感動のままに立ち上がると、両手を天に突き出す。
「今ならば、この世界ならば!
10年間欠かさず練習し続けてきた魔法を、今こそここに!」
魔力のない世界で、10年も魔法を練習してきたという鋼。
完全に痛い人である。それはもう、いたたたたたたたというくらい痛い人である。
だが、本人は大まじめだし、周りの人達は鋼の故郷にはこの世界と同じ魔法がないことを知らない。
掲げた両手を組み合わせ、指先で印を切る表情は真面目で、鋼の痛さは誰にも伝わらない。
それどころか、ユニカとミルニャなどかっこいいものを見る目である。もうどうしようもない。
「ハガネ様。破壊とか危険があるのでしたら、外でお願いします」
「大丈夫です!」
どこまでも自信満々な鋼の返事を聞きながら、しかし素早く食卓を片付けるナナンダと手伝うメイリア。領主の館の有能な執事&メイドコンビ、流石に賢明である。
片付ける二人を気にも留めず、次々に印を結ぶ鋼の顔は希望に満ちており、ほんの一欠片さえ、粉一粒さえ、魔法の失敗を感じていない。魔法の成功を信じきっている。
ならばこそ―――鋼は魔法を唱えるべく、10年間毎日練習し続けた呪文を叫ぶ!
「まじまじ かるかる マジで狩る
鏡よ鏡よ鏡さん、貧乏タッチでテレビジョーーン!」
確固たる意志を構築力に変えて。
鋼の魔法は、解き放たれる。
渦巻く魔力が皆の髪を揺らし、溢れ出す白光の後に―――
「ぷぷりぱ ぷくりぽ ぷりりんぱ~
とかやりたかったですわー!
てくみゃくみゃやこんでもいいですわー!
早口言葉じゃにゃくて、チキンにゃのですわー!」
さあみんなも『てくみゃくみゃやこん』を10回言ってみよう!