子供にたかって奢らす方法
鋼は怒っていた。
それはもう、怒っていた。
怒った鋼の前で地面に正座させられた子供はぐすぐすと泣いていたが、それでも許さないくらい怒っていた。
「ずびばぜん、もう、もうゆるじでぐだじゃい……」
「……ふう。まあ、ぼくも鬼ではありませんから。
肉を、肉を必ず返すのです。そう約束するなら、今この場は、貸しとしておきますよ」
「ぶぁ、ぶぁい……ありがどう、ございまじゅ……」
まじ泣きしている子供に、一方的に貸しまで作らせてようやく怒りの一幕を終える鋼。
ユニカもセイミも、三歩ほど離れて言葉もなく震えていた。
肉を返す。そう約束させた上で、さらに『貸し』にする、と言っているのだ。
たかが、肉。
その肉に、あそこまで泣かされた、子供。
つまりは、されど肉、ということであった。
ようするに何が起きたかというと、とても単純な話である。
一時間にもおよぶ詠唱の果てに放たれた子供の魔術が、強すぎたのだ。強すぎて、森を貫き大地を穿ち、射線上に居たメタルマジロの肉(と思しき部分)は全て炭化したのだ。
噛む程に染み出す、闇黒の味わい。噛まなくても広がる闇黒の味わい。
それはもう、鋼もキレるというものである。何とも大人げない話であった。
ついでに、噛まなくても100%炭の味であることは分かっていただろうに、それでも一度は食す辺りも大人げない話であった。
返す返すも大人げない鋼だが、本人に言わせれば『魔術が発動するまで』『手出しは無用で』『後ろで待っている』ことを『約束』したのだ。
それに対する対価が、肉であった。
待つのは魔術が発動するまでと約束した以上、詠唱時間がどれだけ長くなろうともその事について文句は言えない。
勝手に待ち時間を推測したのは鋼の方なのだ。相手が嘘を言っていなかった以上、待つことに飽きたし長すぎだと思ってもその事に文句は言わなかった。
自分だって、似たようなことは領主の館前で言っているんだから。
ただ、約束は、対価は、肉だ。その肉が失われた事については、断固として戦う所存である。
泣かせようと謝られようと、相手にも肉約束は守ってもらう。
つまりは、肉だ。子供から、肉を返してもらう。
だからこの貸し肉は正当な要求であり、鋼として譲れないライン肉だった。
柏の掟 第三条『約束は基本的に守るべし』
先日柏家の一員となったユニカは、掟に賭けるその執念に慄くばかりだ。
単純に、鋼の食い意地に慄いたわけじゃないはずである。はずである。
そんな騒動を終え。
べそかいた子供を森に置き去りにして立ち去る―――というのは流石にユニカの気が咎めたため、三人+妖精で街への帰路についた。
用いたのが雷の魔術だったからか、メタルマジロの肉は炭化したが、その球状甲殻と中枢の魔石は無事であった。
鋼の様子を伺うようにびくびくしつつ、子供はそれらを回収している。
その甲殻と魔石はもしかしたら高価なものだったのかもしれないと今更ながらに思いつつも、約束したのは肉のみ。肉を返してくれる以上、約束は有効なのだ。子供が戦利品を持ちかえることについては問題視しなかった。
僅かに辺りが暗くなり始めた、森の中。間もなく森を抜けるであろう頃に、今更ながら鋼は名前を名乗った。
「ハガネと言います。こっちは妹の、ユニカですよ」
「ぼ、ボクは世界最強の魔術師、エリア様なのだぞ!」
本当に、今更である。
そんな今更な鋼に応じる子供は、言葉だけは登場時と同じく自信がありそうだが、ローブの中では拳を握りしめて震えていた。
腰も引けていて、可愛らしさよりも悲壮感を滲ませた上目づかいの子供。それに一瞥もせず、鋼は何事もなかったように歩き続ける。
怖がらせるだけ怖がらせておいて、まったくもって酷い話だ。
だがまぁ、肉を返してもらう約束をしたせいだろうとは言え、自己紹介しただけ人間的に進歩したと言えるのではないだろうか?
紹介してもらえないセイミは、そんなことを思いながら頭の上で頷くのだった。
さらに日も暮れ、西の空が鮮やかな橙に染まる頃に街へ帰り着く一行。
街の内外で依頼をこなしていたワーカー達も仕事が終わったのだろう、ギルドはいつも以上に賑わっている。併設の酒場の席も半分以上が埋まっており、ギルドの騒がしさに拍車をかけていた。
そんな中、頭のないタテガミウサギを三匹も担いだ鋼は、周りからの奇異の視線に気づかずに受付の列に並ぶ。
子供もまた隣の列に並ぶのを横目に見つつ、今日の戦果がどれほどのものとなるのか、楽しみに順番を待った。
やがて鋼達の番が来て、まずは薬草とタテガミウサギの爪とたてがみを納品・売却し、薬草採取依頼の完遂手続きをしてもらう。
(タテガミウサギの肉の調達依頼もあったが、こちらについては鋼が固辞した)
手続きを待つ間、そういえばとばかりに森で一つだけ見つけた黄色い花を取り出して尋ねてみる。
「これは……月香花ですか。
周辺の森ではすでに絶えたと言われているのですが、お二人はとても運が良いのですね」
「この花は珍しいのですか?」
「はい。
栽培もされていますが、天然ものがこの地域に出回ることは非常に少ないので、それなりのお値段で買い取らせていただきますよ」
月香花の買取金額が、緑銀貨8枚。つまり、銀貨で80枚、金貨で0.8枚分だ。
薬草・地力草の買取分が緑銀貨2枚、タテガミウサギの爪とたてがみが三匹分でちょっとおまけで銀貨8枚。
本日の稼ぎ、合計で金貨1枚と銀貨8枚也。
なお、鋼は売らなかったけれど、肉は一匹で銀貨3枚となる。ついでに、きちんと剥ぎ取りが出来れば、毛皮は一匹分で銀貨1枚だった。
「今日は一日で、大量に稼げましたよ」
「はいぃ、やっぱりお兄様が居なきゃですぅ」
「この分ならば、しゃっ……借りだって、逃げずに返せるかもしれませんよ!」
手を取り合い、今日の戦果を笑顔で喜び合う鋼とユニカ。
そんな幸せに水を差すように―――
「それではエリア様。
メタルマジロの球状甲殻と魔石分、金貨4枚と緑銀貨2枚をお受け取り下さい」
「フハ、ボクの大魔術を受けてしまっては、流石のメタルマジロの甲殻とは言え無傷では済まぬというものだぞ。
良いであろう、その金額で買い取ってくれたまえ!」
単価は金貨5枚であったが、エリアの魔術により一部に傷みがあって減額。
それでも球状甲殻だけで売却金額が金貨4枚である。大量に稼いだと喜び合う鋼とユニカ二人の、実に4倍近い額であった。
「ほほう……エリアくんは、とてもよく稼いだようですよ」
「うぅ……羨ましいですねぇ、お兄様ぁ」
エリアの斜め後ろでこれみよがしに呟く鋼と、ちょっと恥ずかしそうにしつつも鋼に付き従うユニカ。
やばい!とばかりに表情を歪ませたエリアは受付を急かすが
「お待ち下さいませ。
本日の納品で、エリア様のワーカーランクがGからFへ昇進致しました。
魔力の探知が難しく、希少なメタルマジロの納品ですからね。ギルドとしても感謝いたしております」
「は、ははは、当たり前なのだぞ、ボクは世界最強の魔術師だからな!
だから、な? 早く、その、帰らせて……」
おどおどしたエリアの肩に、ぽんと置かれる鋼の手。
鋼は、何も言わない。その表情は、振り返らないから分からない。だけど。
『なんだね君は。メタルマジロの甲殻はボクの取り分であるからして、約束の通りなのだぞ。
君たちにはきちんと肉を分け与えるからして、楽しみに待つが良いのだぞ。
さあ、手を離して道をあけたまえ!』
―――と、心の中で高々と叫んだ後で。
「急用がボクの魂を助けに叫んでるのっだぁぁぁっ!」
ラプトゥル族の強靭な脚力と体力をフル活用し、小柄な体で人々の間をすり抜けるようにして逃げ出したのだった。




