野外で採取をする方法
ミルニャの美容大作戦から、明けて翌日。
一週間ぶりの街並みは、表面上は何も変わっていなかった。
当たり前である。変わったのは、借金に関する条例だけなのだ。
一部の金貸しが捕まって営業停止になったりしただけで、街並みに変化はない。
ギルドに行けば、昼から飲んでいるワーカーも居るには居たが。
幸運な事に、大声で鋼の武勇伝を語るような真似をするものは居ない。
周りの視線に怯え、ユニカの背後に隠れるように進みつつも、鋼がうずくまったり逃げ出すことはなかった。
この一週間の引きこもりを考えれば、劇的な改善と言っていいだろう。
だが、輝くような白髪の美少女と、その背後に隠れる引き締まった青年。
絵面として良いものではなく、周囲のワーカーと受付のギルド員の注目を集めるには十分だ。
それでもいきなり喧嘩を売ってくるような者はおらず。二人は無事に薬草採取の依頼を二種類選び、受付にギルドカードを提出した。
「ユニカさんと―――ハガネさん、ですね。
今日もよろしくお願いします」
「はいぃ、わかりましたぁ。
今日は新しい薬草があるのでぇ、資料室をお借りしますねぇ」
偶然にも、初めて鋼がギルドに来た時にいた、少しやる気のないギルドの受付嬢。
容姿も装備も匂いも、全てが劇的に改善されていることに内心で驚く。が、そこはプロ意識で表には出さない。
厳密には、一口に薬草と呼ばれる最下級薬草の他に、地力草と呼ばれる薬草の採取。地力草の詳細を確認すべく資料室に向かう二人を笑顔で送り出し、受付嬢は小さく息を吐いた。
最初は犯罪者と思って念のため監視をつけたが、まさかあの浮浪者同然の人間が借金勇者だったとは。
噂では、彼の借金は金貨2000枚以上だとか。
こんな低級の仕事をいくら繰り返したところで、利子さえ返済できないだろう。
鍛え上げられた肉体と、その内に秘めた魔力を考えれば、もっとランクを上げて高額の依頼を遂行できるはずだ。
もちろん2階級下までの依頼であれば、ワーカーが危険度を考えて安い依頼を行うのを禁止することはない。
それどころか、人気のない下級依頼を率先して行ってくれるワーカーの存在はありがたい。
ありがたいのだが……彼の借金額を考えると、もう少し上を目指すべきでは、と思うのだ。
最初にカードを作成した時から、奴隷の美少女の方もすごい魔力を持っていたのだし。
―――あれ?
そこまで考えて彼女は、自分の思考の中の、何かに引っかかった。
だが、それが何かを確かめる前に、目の前に面倒なワーカーがやってきて、その対応に追われることになる。
彼女は、今日も気づかなかったのだ。
「街の外に出ると、ほっとしますよ」
「そうなんですかぁ?
街の外にはぁ、魔物が出る場合もあるんですからねぇ?」
「その時は逃げますよ」
『逃げちゃだめでしょ、経験値の前借りがあるんだから』
いつものように鋼の肩に腰かけたセイミが、鋼の頭を軽く小突いた。
鋼達が薬草採取に来ているのは、街のすぐそばの森の、入口付近だけ。
この辺りはほぼ人間の領域、魔物の出る可能性は極端に低く出るとしても最下級。
鋼もユニカも短時間で急上昇したために自覚はないが、やってみれば素手で軽々倒せる程度の相手である。
レベルとは、偉大なものなのだ。
そもそも、魔物にだって死にたくない感情がある、はずだ。
強そうな相手は襲わないし、人里にも近づかない。
人間を殺さずとも生きていけるなら、わざわざ危険をおかして人間を襲う必要はない。
魔物だって、できるだけ少ない労力で、危険度が少ない方法で、生きたいだろう。
そんな状況を考えてか否か、鋼とユニカは森を歩き続ける。
本来、森の入口付近にまだ手つかずの薬草は少ない。だがそこは草食の達人・鋼だ。
一本単位の薬草を見落とさず、刈り尽くす勢いで綺麗に集めていった。
「さすがはお兄様ですぅ、やっぱり集めるスピードが全然違いますよぉ」
「草を集めて生きた時期もありましたからね」
草を集めることを生業にして生活していた、ではない。
草を集めて、食して生き延びた、だ。
その意味を理解してしまったユニカの笑みがちょっと引きつるが、鋼は気づかない。
「匂いと言いますか、気配と言いますか。
食べられる草は分かるのですよ。
ほら、これも。今回の依頼対象ではありませんが、食べられそうですよ」
鋼が手にしたのは、薄い黄色い花を咲かせた一本の植物。
茂みの中にあったそれをいかなる手段で気付いたのか、驚くユニカに手渡す。
「薬草も地力草も、いざという時には食糧となりますから。
ユニカさ……ユニもきちんと見分けがつくようになって下さいよ」
「薬草をそのまま食べるよりぃ、売ったお金でちゃんとした食事を買いたいですぅ」
「街に入れない場合というのは、多々あるのですよ?
しゃっ……奴らが張り込んでるとか」
『ないわ、ユニカについてはそんなのないわ』
薬草の売値を考えれば、確かにそのまま草を食べるのは金銭的にも食事的にもおいしくない。
食べて食べれないことはないが、ユニカの考え方はとても一般的。
まだこの世界に慣れないからか、元から文化的な人間生活に馴染んでないからか。鋼の考えはやはりずれており、義理の妹にも受け入れがたいようだ。
そんな風に、薬草と地力草を集める二人。
ミルニャにもらった袋に大量の草を詰め、いい時間になったのでメイドさんが持たせてくれた弁当を食べる。
それはもう、一心不乱に食べる。
「お兄様はいつもぉ、すごい勢いでおいしそうに食べますよねぇ」
「はぐ、むぐ……ふぁい、おいしいですよ」
パンくず一つこぼさず、綺麗に平らべて満面の笑みを浮かべる鋼。
明らかに、ユニカと居るより、ユニカの治療や奉仕を受けている時より嬉しそうである。
あ、奉仕と言っても兄妹の触れ合いとか、ユーディア族にとって必要な角の手入れですからね?
とは、ユニカがじと目のミルニャに必死で説明した話だ。真実は妖精のみぞ知る。
「わっ、私が作ってもぉ、ごしゅにい様は食べてくれますかぁ!?」
「呼び方が変ですよ、ユニ。
もちろん、出された料理は全ていただきます」
そういう意味じゃないわ。そういう意味じゃないんだわ。
そう突っ込みたいが、ユニカが嬉しそうな笑顔だったから、ぐっと我慢するセイミ。
ぐっと我慢する代わりに、ユニカに気づかれないよう鋼の髪をぐっと引っ張った。
さすがは(自称)姉貴分。可愛い妹には甘い、小憎らしい弟には甘くない。
まだ食べているユニカの弁当の匂いに釣られたか。
一匹の魔物が、しげみを揺らして二人の眼前に現れたのはそんな時であった。