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鋼がヒモになる方法

 経験値と金銭に莫大な借金を負い、鋼とユニカの明日は返済と逃亡のどっちだ?

 第三条、スタートです。


 貸借対等令の公布から、一週間が過ぎた。

 最初こそ連日の条例に混乱もあったが、ギルニャオと役人たちの頑張り、鋼の教えを受けた(と思い込んでいる)借金をしている者達の前向きな協力により街には平穏と活気が戻っている。

 一部金貸しの違法契約により、借金の再設定や軽減なども徐々に形になっており、貧乏ワーカー達の顔にも笑顔が戻っていた。

 今日も酒場は、昼から盛況である。一週間経ってなお、彼らの救世主『借金勇者』の名前が酒場の喧騒から尽きることはなかった。


 さて、くだんの借金勇者がこの一週間どう過ごしていたかというと……



「お兄様ぁ、今日は街で呼び込みをしてきましたぁ。

 半日で全部売り切れてしまったので、午後は薬草取りもしてきましたよぉ」


 領主の館の一室……と言っていいのかどうか、いつか鋼が放り込まれた倉庫。倉庫を改装した、二人部屋。

 その部屋の片隅に腰を下ろした鋼を前に、ユニカが少し嬉しそうに今日の報告をする。


「やっぱり薬草採取はぁ、お兄様が居て下さらないとぉ、私一人ではあんまりうまくいかないですぅ」


 手渡されたのは、今日の稼ぎである銀貨7枚。

 ちなみに、呼び込みが半指名で銀貨5枚、薬草採取が2枚である。

 この金額は、鋼の奴隷であるユニカを通じて鋼と関係性を持ちたい商店側の下心なのだが、幸いと言っていいのか二人は全く気付いていなかった。


「このペースですと、えっと、家賃と食費が一日銀貨半分ですから、えーっと」

「しゃっ……借り入れ直後の残金が金貨2215.5枚。仮に利子をゼロとして計算した場合、ギルニャオさんからの支払後は1135.5枚となりますので毎日銀貨6.5枚を全額返済に充てた場合は完了まで17470日、48.5年。だが実際には三ヶ月ごとに1%の利子がかかるので―――」

「は、はうぅぅ、お兄様やめて、やめてぇぇ!」


 今日はいつもより稼ぎが多くてるんるん気分だったが、早口で鋼が語る現実……まあ、これも現実であることは間違いないだろう。語る現実に打ちのめされ、泣きそうな顔で鋼にすがりつくユニカ。

 なんとも微笑ましくない、酷い兄妹の姿である。

 傍らに用意された、自分用のベッドであるバスケットに腰をかけ、妖精のセイミは深いため息をついた。


『このままユニカにだけ働かせるとか、今のあんたはヒモだわ、ヒモだわ』

「細くて、今にも切れてしまいそうですよ」

「切れないでくださいぃ、頑張ります、ユニカ頑張りますからぁ」

『はぁぁ……』


 件の借金勇者は、領主の館に引きこもり、ヒモ生活を送っていたのだった。




「そこで華麗にわたくしが登場いたしみゃすわー!」


 ばばーんとばかりに、ノックもなく扉を開け放って現れたのはミルニャである。

 毎日あの手この手で鋼を連れ出そうと試みる、そのやる気と熱意は素晴らしい。

 素晴らしい、空回りっぷりであった。


「街の人に聞いたハガネさみゃの印象、にゃにゃーん!」


 じゃじゃーん、と言いたかったのだろう。

 相変わらずのねこっぷりなのだが―――しかし、うさねこ族のしっぽは兎型のまぁるいふわふわであることを鋼は知っている。

 なぜ鋼が知っているかは、今は割愛でいいだろう。まだ若いミルニャのおしりに対し、鋼はさほど興味を持たないのだから。


「第一位、27名。借金勇者!」

「ぶぐふっ」


 鋼がひきこもることになった原因は、まさしくその呼び名のせいであった。

 街をあるけば借金勇者、ギルドに入れば借金勇者。

 鋼の弱点を的確についた急所攻撃により、鋼は街に出ることが出来なくなってしまったのだ。


「第二位、11名。貸しは端金はがねだ!」

「それ、ぼくの名前ですよ……」

「ハガネさみゃの決めゼリフとして、街の人には認識されてみゃすわ」


 最初ほどのダメージではないが、それでもがっくりと頭を垂らす。

 どうしてこう、この街の人間達は、自分のことを話したがるのか。やりたいように、しゃっ……契約で苦しまないように、不当な条約を撤回させただけなのに。


「ではでは、続きみゃして。

 ハガネさみゃってどんにゃ人? いってみみゃすわ」

「聞きたくないですよ……」


 うんざり気味の鋼を無視し、ハイテンションで街で聞いてきた話を披露するミルニャ。

 鋼がいちいち反応してくれるからか、とてもいい笑顔だ。


「乞食っぽい、顔色が悪い、痩せ細っている、髪がぼさぼさ、白い巡礼服、名前は不明ふみぇい、にゃどにゃどがありみゃすわ」

「思ったほど酷くないですね」


『いや、十分ひどいと思うわよ?

 あと追加でヒモっていれとくといいわ』


 妖精セイミの突っ込みと提案は、ミルニャには届かない。鋼とミルニャの間は、まだそこまで強い絆ではないのだ。

 ユニカにはセイミの声が聞こえていたのだが、わざわざ鋼を貶めるようなことを言うはずがなかった。


「つまりですね、ハガネさみゃ」

「なんですか?」


 そんな、音に聞こえない妖精とユニカのやりとりを知らず、ミルニャは嬉しそうに言うと


「こうすれば、ハガネさみゃは借金勇者と認識されにゃくにゃりみゃすわ!

 メイリア、やっておしみゃい!」




―――ミルニャの宣言から、きっかり5分後。


「メイリア、よくやりみゃしたわ!」

「お兄様ぁ、すごくかっこいいですぅ!」

『これは見違えたわね』


 メイリアは散髪の道具や散った髪、これまで着ていた着替えを綺麗に片付けて鋼に手鏡を手渡した。

 観客3人が賞賛する中で、当のハガネは首を傾げる。


「いかがでしょうか、ハガネ様」

「……服が変わったのは分かりますが、それ以外はよく分からないですよ」


 ミルニャ付きのメイド、メイリアから渡された手鏡を返しながら鋼が首を傾げた。

 その髪は短めながら綺麗に切り揃えられ、衣服もユニカ手製のシーツ貫頭衣から中級ワーカー用の丈夫な革製ジャケットに変更。

 腰には一般的なものより少し上等な長剣、頭には防具としての鉢がねも着けている。


「ハガネさみゃの生着替え、ハガネさみゃの生着替え―――はっ。


 は、ハガネさみゃについては、借金勇者の偉業とお名前だけが浸透し、容姿についてはほとんど認識されておりみゃせんわ。

 さらにこの一週間で借金勇者をした頃よりお身体も随分たくましくにゃられて……ぽっ」


 頬を染めたミルニャが何を考えたのかは、この際おいておくとして。

 ここ一週間で、確かに鋼の身体はすっかり変わっていた。


 まず、枯れ枝の様だった四肢や胴は、結構細い、ぐらいまで改善した。

 その中身は、文字通り鋼のような筋肉。

 元々、毎日の肉体労働と日夜を問わぬ逃走劇により、異常なまでに身体は鍛えこまれていたのだ。

 その潜在能力が、この世界に来て劇的に改善された食生活と十分な睡眠、毎日の献身的な治療行為によってついに開花したのだ。

 さらに、薄汚れていた容姿も、毎日の『兄妹としてしなければならないスキンシップ』と言う名のユニカの頑張りによってすっかり綺麗に整えられ。

 一週間前とまるきり別人……とまではいかずとも、一線を隔す見た目となったのは事実。


 残念ながら、借金を前にした時の怯えた態度や、生来の貧乏性には変化がなく、態度が身体能力に見合っているかは甚だ疑問ではあるが。

 今の鋼ならば、街のごろつきから奴隷に間違われることもないだろう。多分ないはずだ。


「確かに一週間前はぁ、借金の話題が激し過ぎてぇ、いきなり逃げちゃいましたけどぉ……」

「ええ、今のハガネ様を見て、借金勇者だと気付く人はいみゃせんわ!」


 そう言って握り拳のミルニャが、ふと目を向ければ。

 度重なる借金勇者呼びにすっかり怯えてふさぎ込んだ鋼が、なぜかメイドに抱きしめて頭を撫でられていた。


「大丈夫ですよ、ハガネ様。

 あんな暴言なんて聞かず、しっかり甘えて下さいね。私があなたをお守りしますからね」


「みぇいりにゃあああ!」

「おっ、お兄様ぁ!」


 ここ最近、毎日食事を作り、甲斐甲斐しく鋼の世話をするメイリア。

 傍目には、鋼の胃袋をがっちりつかみ、順調に鋼の好感度を稼いでいるように見えて。

 ユニカとミルニャが無言で視線をかわしあい、ここに第二次領主の館大決戦の幕が上がろうとしていた。


―――なんてことはなく。

 今日もギルニャオさんが口を滑らせてひげを抜かれたりしつつも、ダズレニアの街はおおむね平和でした。


 鋼 は 死亡 した !

 鋼 は 異世界 に 転移した !

 鋼 は 借金 を 負った !


 鋼 は ワーカー に なった !

 鋼 は 借金 を 負った !

 鋼 は 借金 を 返済 した !

 鋼 は レベルが 上がった !

 鋼 は 借金勇者 に なった !

 鋼 は 借金 を 負った !

 鋼 は 借金 を 返済 した !


 鋼 は 引きこもり に なった ! (new!)

 鋼 は ヒモ に なった ! (new!)


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