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借金取りから逃れる唯一の方法 2

【テイク2】




「つまりね、あなたは死んだわけよ」

「状況を振り返れば信憑性がないとは言いませんが、それならばこの状況はどういうことなのでしょうか?」


 先程と全く同じやりとりを繰り返す、青年と虚空の声。

 ただし、青年の側に繰り返している認識はない。1×0tハンマーによって意識と記憶を刈り取られたからだ。


 そんなわけで、与えた情報量の減少によりほとんど頭痛はない青年に向かって、先程までと同じ会話を自称女神は繰り返す。


「そうよ。実際にあなたを助けるのは、あなた自身の能力。

 えーっと、そうそう、『可能性』の力よ」

「可能性の力。

 ぼくが未来に得る可能性のあるものを、先に手に入れる力……ですか」


 可能性の力。

 未来に得る可能性のあるものを、先に手に入れる力。

 例えば、仕事の結果として得るはずのお金を、先に入手する力である。


 女神は、それを可能性と呼んだ。


「でもこれって、なんだか前借というか、ひょっとして―――」

「そうよぉ可能性! 可能性ったら可能性なの、あなたには可能性があるの!」


 言い換えれば、未来に得るかもしれないお金を宛てにして、先に受け取る事。


……世間一般の人は、それを借金と呼ぶのだ。


「え、そ、そう…ですか?」


 気づかせてはならない。

 また繰り返しはごめんである、あれだってちょっぴり力も時間も使うんだし。

 だから女神は、ここぞとばかりにまくしたてた。


「すごいわ、こんなすごい力は見たことも聞いたこともない! なんせこれって、疑似的とは言え未来を先取りする力なのよ? 時空を超え、人知を越える、まさに神の領域たる力。素晴らしいわっ! 例えば他の人が一年掛けて行う修行を、あなたは一瞬で終わらせて強くなることができる。強くなって、全部を覚えてから改めて修行をすればいいのよ、すでにやり方も結果も全てが身についているのだから、不効率な作業も不必要な試行錯誤もいらないわ、全て終わっているんだから。だからあなたは全てを知った上で最も効率良く最短距離で強くなるために必要だったことをやればいいだけ、ああそれからお金の場合も元手のある状態から稼げるから無一文よりよほどいいわ利子…じゃない手数料なんてたかが知れてるし死にかけや飢えた時に命を長らえることだって出来るしあなたには可能性があるのよすごいわ無限の可能性よ人の身で未来を手繰り寄せるまさに勇者とでも呼ぼうかしらそうね勇者よ可能性の勇者だわあんたが大将っ!」


「わ……わかりましたよ」


 まくし立てる虚空の声に、ちょっと引き気味で頷く青年。

 勇者なのか大将なのか分からないが、そんなことを聞く雰囲気ではなかった。


 大事なのは、勢いだ。有無を言わせず、深く考えさせず、頷かせるだけの勢い。

 そんな女神の熱い気持ちが通じたのか、ともあれ青年は頷いた。この際、その表情が軽く引きつっていようが構うものか。


「とまぁ、そんなわけで。

 あなたが手にする可能性の力を使って、今のあなたは死にかけの状態から復活できるわけよ」

「……」


 これから手にする力をなんで今使えるの? とか。

 自分の力なのにどうして他人が使えるの? とか。

 疑問もあるにはあったが、その辺は大したことじゃないのだろう。勇者と大将のどちらなのか、それと同程度のレベルで。

 改めて、情報の整理を続けると


「地球ではない異世界で復活することができる。しない場合は死ぬ。

 復活した場合は、特に目的はなく自由に生きればいい……?」

「そうよ。

 私とあなたはすこぶる力の相性が良いの。だから、私の加護を受けたあなたが能力を使い生きること、それが私にとって都合が良いことなのよ」


 どう都合が良いのかまでは、情報として与えられていない。それが、自分自身にとって何か影響があるのかも分からないけれど。

 それはそれとして、女神の意図とは別に、やらなければならないことはあった。


「もっとも、お願いすることや目的は特にないけど、生きるために癒しの魔術は頻繁に受け続けなきゃいけないわ」

「瀕死の自分が息を吹き返すための可能性、ですよね」

「そう。

 今のあなたは死にかけている、死にぞこないどころかほぼ死んでる状態よ。

 その命を必死で現世に繋ぎ留め、傷を癒し元気で復活させるには、並大抵の魔術では無理ね」


 女神の言葉に、青年がわずかに眉根を寄せる。

 記憶にないんだが、そんなにひどい状態になったのだろうか?


 特別珍しいことがあったわけじゃない。

 ただ少し、20人ぐらいの借金取りと鬼ごっこを繰り広げていただけだ。命懸けで。


「自覚ないというか、記憶ないというか。そんな顔してるわね。

 元の世界には戻してあげられない以上、詳細を伝える気はないけど。異世界であっても、一流の癒し手が迷わず諦めるレベルとだけ言っておくわ」

「むぅ……」

「ともかく、瀕死のあなたを癒した借金(可能性)を返すため、あなたは癒しの魔術を受ける必要があるわ。

 それも、それこそ毎日のように、すごく大量に」


 回復呪文一発で、傷も体力も綺麗さっぱり全回復!とはいかないらしい。

 ゲーム世代の感覚からすれば面倒な話だが、幸か不幸か青年はゲームとほとんど縁がなかった。そのため、面倒さは良く伝わっていない。

 青年の知っているオタク文化と言えば、小さい頃に読んだ唯一無二のバイブル、ドラコンホールというマンガのみである。その作品に回復呪文はない。一粒で飢えを満たし筋力を倍増し失われた体力を全回復させる夢のような豆はあったが。母親に塔の場所を尋ねたのは懐かしい思い出。


 そんなオタク文化の事などこれっぽっちも考えない青年に、女神は続ける。


「これはお願いというか、しなければ死ぬという範囲の話よ。

 食事や睡眠みたいなもんだと思ってくれればいいわ」

「わかりましたよ」


 青年は、女神の言葉に頷く。

 条件と状況、すべきことは分かった。

 あとは、異世界に行って生き返るか否か、それだけだ。


「他に質問はないかしら?」

「ええ、特にありません。

 異世界のことは分かりませんが、お言葉の通り『判断に必要な情報』はいただけましたから」


 今回女神が青年の頭に流し込んだ情報は、青年の状況や異世界での能力、癒しの魔術の必要性などごくごく軽微なものだ。そこに異世界での言語や知識、文化や魔術の使い方などと言った情報は一切含まれていない。

 一回目の説得の時に流し込んだ量と比べると、格段に情報量は少なくなっている。だが、青年が判断を下すには十分な情報であった。


 前回よりも大幅に情報が減っているのは、能力を借金から可能性と書き換えたため、どこかに直し漏れや齟齬が生じるとまずいと思いざっくりと異世界部分をカットしたからであった。

 カットした情報については、整合性をチェックさせてから改めて流し込めばいい。

 けして、自分が口頭で説明するのが面倒だったからというわけではない。



「それじゃぁこれで、いいわね?」

「はい」


 女神の確認に頷くと。


「あなたを異世界へ送り、生き―――」


「―――生き返らずに成仏しますよ」



 青年は女神の言葉をばっちり遮って、にこやかに成仏することを宣言した。


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