エピローグ そして、少女を家族にした方法
ユニカの家は、三人家族だった。
優しくていつでも綺麗なユーディア、ユニカの自慢の母。
大らかでちょっと抜けている、力持ちな人間の父。
人間とユーディアの夫婦であるが、二人は村の中でも好意的に受け止められ、頼りにされていた。
ユニカ自身も、仲睦まじい両親を見て、いつかは自分もこんな風になりたいと思っていた。
その二人は、今はもう居ないけれど。
二人の笑顔は、思い出は、温もりは。今もユニカの心に、理想とともにある。
だから。
「私はぁ、ご主人様とぉ、家族に、なりたいんですぅ……」
もう一度、絞り出すように。
真っ赤な顔を見られぬように。言葉にし切れない想いが伝わるように。鋼の背に、額を押し当てて。
ユニカは、己の望みを、願いを、想いを口にした。
「ユニカ、さん」
「はい、ぃ」
静かな、いつもよりも静かな、優しげな声。
不安で心臓が痛い。
期待で心が静まらない。
器としての心臓も、中身としての心も、どちらもユニカを内から揺さぶり壊すように暴れる。
その衝動に、口から意味もなく飛び出しそうになる叫びを押さえつけて。ユニカは、苦しげに返事を返した。
「ぼくと、共に―――苦しみ続けることになる、その覚悟が、あるんですね?」
一語ずつ、ゆっくりと。まるで、自分自身に問うように、ゆっくりと問いかける鋼。
それが否定の意味ではなく、ユニカの言葉に対する確認だったから。それだけで諸手を挙げて快哉を叫びそうになる自分を、強く鋼に抱き着いて固定して。
「ありますぅ。
苦しくとも、辛くとも、どれほど貧しくてもぉ―――私は、ご主人様と、生涯を共にしたいんですぅ」
出会って、まだ四日目。
そのことを昔の自分に告げたなら、きっと疑い、戸惑い、疑問を投げかけてくるだろう。
でも、今の自分ならば。
例え四日であろうと、いや、一日であろうとも。
この気持ちに偽りや誇張なく、生涯を捧げ、共にありたいと。
己を賭し、捧げ、どんな苦難があろうとも、共に生きたいと。
そう、胸を張って、言えるから。
言葉に尽くしきれぬ想いを、抱きしめて伝える。
いつの間にか、両手を、身体中を覆っていた魔力が鋼の肌に触れ、抱き、混じって溶け合う。
ユニカの想いが、鋼の内へと染み込んでいく。
だから。
「―――わかりましたよ」
だから、鋼は、受け入れる。
ユニカの言葉を、願いを、気持ちを。
「ユニカさん。
―――いや、ユニカ」
「はっ、はい……!」
初めて、鋼から、主人から、呼び捨てにされた。
この瞬間の気持ちを、期待を、ときめきを。ユニカは、生涯忘れない。
「今日からぼく達は、家族ですよ」
「ご主人様ぁっ!」
鋼の背中と後頭部しか見えなかったけれど。顔を上げ、涙の向こうに、鋼を見つめて。
万感の想いを、たった一つの言葉に込めて
「愛し―――」
「今からぼくらは、兄妹です」
「て……ま?」
あれ?
今、ご主人様は、何て……言ったの?
「流石に、この年齢で親子は無理があるでしょうから。
やはり家族としては、兄と妹というのが一番自然だと思うのですよ」
違う違う。そうじゃないんだよ、違うんだよぉ?
「これからはユニカさんも、柏 ユニカとして、立派な柏家の一員となれるようびしびし教育しますよ」
あれ、ひょっとしてカシワって、家名だったのですかぁ?
いえ、家名を私も授かれるのは嬉しいのですけれど、どうして妹とか……え?
「おっと、いけない。兄妹でさん付けもおかしいですよね。
今はまだ慣れませんが、気軽に呼びあえて、仲の良い兄妹となれるように頑張りますよ」
ゆっくり、優しくユニカの腕を解き、身体を回して正面から向き合う。
そこで初めてユニカが泣いてることに気付いた鋼は、少し驚いた後にそっとその涙を拭った。
「ユニカ……いや、ユニとか呼んだ方が兄妹らしいですかね?」
「え、とぉ……はい……」
まだ復活しないユニカは、言葉の意味もよく分からず頷く。その返事に、少し嬉しそうに鋼が微笑んだ。
ユニカにとって、家族と言えば、父と母であった。
つまり、夫婦。それに、その子供。それがユニカの想い描く家族の姿だった。
だが、鋼にとっての家族は違う。
鋼の言う家族とは、たった一人の母親であり、共に暮らせぬ病床の妹であり。
そこに、父親、夫婦、そう言った要素は介在していなかったのだ。
これについては、一概に鋼を責めるのも酷というものであろう。
鋼は、一般的な家族というものの中で育ったわけではないのだから。
これまでの日常は、少なくとも親族の人数に関して言えば、けして満たされたものではなかったのだから。
「じゃあ、ユニ。
これからは家族として、よろしくお願いしますよ。
―――ずっと、一緒に」
ずっと、一緒に。
その言葉が胸に届いて、染み込んで。想定外の関係性に凍っていたユニカの心を、再起動させる。
ずっと、一緒に。家族として。
ユニカの考えた、家族―――つまり、夫婦という形とは、ちょっと違ったけれど。
少なくとも鋼は、ユニカを受け入れて、ずっと一緒に居ようと言ってくれているのだ。
少し、違うけれど。
少し、不満だけれど。
でも、きっとこれは、ユニカの望み描いた未来の形に、それなりに近くて。
「……はいぃ、わかりましたぁ。
これからずっとぉ、家族としてぇ……」
きっとこれも、鋼と一緒に歩む、幸せの形だって、想うことができた。
だから。
「よろしくお願いしますねぇ、お兄様ぁっ」
今は、これでいい。
今は、これがいい。
この気持ちは、もう少しだけ、自分の中に秘めておこう。
暖めて、大切に育てて、膨らませて。
同時に、鋼の中にも、もう少し別の色の気持ちを抱いてもらえるように頑張ろう。
その時まで。その時こそ。
―――だから、今はこれでいい。
そう想って、少しだけ不満な自分に折り合いをつけて、目の前の鋼の優しい微笑みに幸せを感じて。
ユニカは、愛するご主人様に、誰よりも大切なお兄様に、満面の笑みで抱きついた。
「あ、そういうのはちょっと……」
自分に抱き着いたユニカの笑顔から目を反らし、ゆっくりとその抱擁から抜け出すと。
鋼はなぜか、背を向けて座り込んだ。
意味が分からない。
嫌がってるのか、何か不快なことをしてしまったのか、もしかして嫌われているのか。
そんな不満が一瞬湧き出すけれど―――
「だっ、だめですぅ!
お兄様はぁ、妹の抱擁をぉ、いつでもどこでも受け止める義務があるんですぅ!」
自分は、妹なのだ。
兄妹だったら、遠慮なんてしてたらおかしいよね?
一人っ子だったユニカには、兄弟姉妹の距離感なんて分からなかったけど。
分からなかったからこそ、自分の理屈を押し付けたっていいはずだ。鋼お兄様に、妹として望みたいんだ。
少し大胆に、少し強気に、大好きなお兄様に言い募る。
実はまだちょっと心の内で燻っている不満に唆された面もあるのだが、今日くらいはそれでもいいだろう。
きっと、今を逃したら、こんな風に甘えることなんてできなくなってしまいそうだから。
兄妹という名前の、主人と奴隷になってしまいそうだったから。
だからユニカは、しゃがみこんだ鋼の顔を自分に向けさせて。
「私のお兄様なんですからぁ、とっても凄くてかっこよくぇ、いつでも一番で居て下さいねぇ!」
そう言って、今度は首筋に抱き着いて。
何だってしますから、と。全身で密着し、耳元で熱い吐息と共に囁いた。
今度はさっきより少し強い抱擁。
もちろん、力を込めれば拒むことも不可能ではなかったけれど。
「……ユニは理想が高そうで、ぼくは今から不安と楽しみでいっぱいいっぱいですよ」
鋼もまた、軽くユニカの背中に手を添え。
せめてもの抵抗とばかりに、目線だけをそらして。
呆れたような、困ったような、けれど戸惑いながらも嬉しそうな声でユニカを受け入れる。
こうしてこの日、物言わぬ月と妖精の見守る中で。
鋼とユニカは、この世界でずっと共に生きていくことを約束し、家族になったのだった―――
~ 第一部 完 ~
【 現在の可能性行使証 使用状況(3/4) 】
○ 癒しの魔術
返済内容:癒しの魔術を何度もかける
利子 :?
返済期間:無期限
備考 :銀証を使用
○ ユニカが上級の治療の魔術を使えるだけの莫大な経験値
返済内容:魔物を倒し、経験値を得る
利子 :初期5%。以降、半年経過ごとに、残り分に対し1%加算
返済期間:3年
備考 :
○ 金貨2110枚
返済内容:金貨2110枚
利子 :初期5%。以降、三ヶ月経過ごとに、残り分に対し1%加算
返済期間:無期限
備考 :銀証を使用
【 妖精 】
○ レベル5
存在認識 : レベル2(鋼と契約者)
物理干渉 : レベル3(全て)
行動範囲 : レベル1(2メートル)
特殊能力 : レベル2(1×0tハンマー、テレパシー)
【 契約関係 】
○ ユニカ
契約内容:主従契約(ユーディア)
契約内容:奴隷契約(犯罪奴隷)
備考:家族(兄と妹)
○ ギルニャオ
契約内容:支払契約(金貨1080枚)
利子 :なし
返済期間:9年
備考 :毎月金貨10枚を支払う
鋼の借金術師、いかがでしたでしょうか?
物語は、これにて第一部が完結となります。
ここまでお読みいただいて、ありがとうございました。
小説自体の完結設定は、しません。まだもうちょっとだけ続けたいです。
今後の詳細については、活動報告をどうぞ。
まずはここまで、お付き合い下さった事に深い感謝を。
本当にありがとうございました。
引き続きこの場所に来て下さることを願いつつ。
あるいは、ここまでの作品の評価や感想を伝えていただけると嬉しいなーとおねだりしつつ。
次回、第二部/第三条でお会いしましょう。
それでは今宵はこの辺で。
お相手は、岸野 遙でした。
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『魔王が猫を撫でるまで』
http://ncode.syosetu.com/n9213dd/
魔王と猫アレルギーの猫オタクが、愛猫を撫でるためにあの手この手で頑張るほのぼの異世界生活。
ですが、本日、章の切れ目で一旦休止の仮エンディングにございます。
さくっと読める気楽な短さなので、よろしければこちら、酒の肴にでも是非☆
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