妖精の望みを叶える方法
必ず返してくれるという、リンダの意味深な発言。
それに関して彼女は、ここから先は特殊能力の話になるから、今はこの話題はお互いここまでにしましょうと打ち切った。
これ以上は、もっと信頼関係が築けてから。あるいは、次の契約の折に、と。
相変わらず鋼は興味があるのかないのか、わかりましたよと頷いてお茶をすすり続けるだけだった。
その後はお金を借りてから返しに来るまでの間の冒険?を、ユニカが話せる範囲で話す。
鋼自身はあまり能力を隠す意図や必要性を感じていなかったので、危ないと判断したセイミが指示をした。
ちなみにこのリンダ、鋼と借金契約を結んでいたが、妖精のことを認識はできなかった様子だ。
妖精は単純に、認識範囲を『鋼と契約者』と呼び表したが、厳密には奴隷や配下など、強い結びつきを持つ仲間、となる。
そのため、鋼に金を貸したこの女性も、鋼に金を払うギルニャオも、どちらも契約はしているが妖精のことは見えず聞こえずだった。
ともあれ、前日に出された返済証明令を、翌日には新たに貸借対等令という形で出し直させて。
借金に苦しんだ人々に感謝され敬われ、大団円で物語は終わった。
『ご主人様は、とっても優しくてすごいんですぅ!』と得意がるユニカに、リンダが『外から聞こえた借金勇者コールは、あなたのことだったのね』と呟き、鋼が泡を吹いて倒れかけたのはいつもの光景。
こんな寂れた通りで聞こえてくるなど、いったいどれほど忌まわしき呼び名が広まっているのか。恐怖はとどまるところを知らない。
そんなこんなで間もなく夜、また来る約束をしてリンダの下を辞し。
結局今日は一銭も稼いでいなかったので、川原で寝泊まり―――ではなく。妖精の怒りと懇願に折れて、今日も昨日と同じ宿へ泊まった。
妖精も甘いが、なんだかんだで鋼だって甘い。
それでも、馬小屋でいいですよねと食い下がるあたり、鋼は鋼であった。
『さて、と。あたしのことについて話したいんだけど、時間はいいわよね?』
「ええ、いいですよ。
妖精さんの能力だか成長だかについて、ですよね?」
『……セイミだわ』
「忙しなくてイラ―――」
『違う!』
違うらしい。ちょっとしょんぼりする鋼だが、ギルニャオと違ってあまり可愛くはない。
「ご主人様の能力が成長するとぉ、セイミさんも成長する、んですよねぇ。
私が見えるようになる前はぁ、もっと小さかったんですかぁ?」
しょんぼりした鋼の後を継ぎ、ユニカが確認するように言う。
ユニカが妖精を見えるようになったのは、妖精が成長した後。その前の姿を知らないのだから、疑問は当然であった。
『違うわよ、身体の成長じゃないの。
身長とかは、鋼と一緒にこっちに来てから変わってないはずだわ』
「セイミさんは、大きい妖精さんなんですねぇ」
今の妖精の身長は40センチくらいか、だいたい鋼の肘から先くらい。
この世界の伝承に描かれる、本物の妖精よりはだいぶ背が高めだ。その辺もあって、ユニカもそう思ったのかもしれない。
『大きさはいいわ、大きさは。それより、本題に入るわね』
人間2人組に付き合っていたら、いつまで経っても話が進まないと思ったのだろう。
妖精は質問に答えるのもほどほどに、自分の成長についてを語り出した。
まずセイミは、妖精と呼ばれているが、厳密にはこの世界の妖精とは別物である。
透き通る羽根を持つ小さな美女、その容姿が妖精に似ているから妖精と扱われているだけで、実態は女神の眷属だ。
女神と話した鋼も、能力をサポートする存在であり、可能性の妖精みたいな存在と聞いていた。これっぽっちも気にしていなかっただけで。
能力をサポートする存在であるため、能力が成長すればセイミも成長するのが道理である、とはセイミ本人の談。
その成長は、使用者=鋼の希望により、四種類に分かれる。
セイミのレベルが1レベル上がるごとに、成長ポイントが1点与えられて、どれでも好きな能力を1レベル伸ばせるとのことだ。
一つ目は『存在認識』
どれだけたくさんの相手に、妖精の声が聞こえ、姿が見え、存在を認識できるか。
1レベル:鋼のみ
2レベル:鋼と、鋼の契約者
3レベル:常時、誰からも認識できる
4レベル:任意で認識と非認識を切り替えられる。鋼は常にオン、それ以外の全ての相手は一括でオン/オフ切替
5レベル:任意で認識と非認識を切り替えられる。誰から認識できるかも、個別で自由に指定できる
二つ目は『物理干渉』
こちらは存在認識とは逆に、妖精の側から、どれだけたくさんの人や物に触れたり影響を与えられるかだ。
1レベル:鋼と床のみ
2レベル:鋼と床と、鋼の契約者
3レベル:常時、何でも触れるしぶつかる
4レベル:任意で干渉と無干渉を切り替えられる。鋼と床は常にオン、それ以外の全てのものは一括でオン/オフ切替
5レベル:任意で干渉と無干渉を切り替えられる。何を触れるかも、個別で自由に指定できる
『今、この2つは2レベルね。
だから、鋼とユニカ、二人に見える・聞こえる・触れるわけ』
「なるほどですよ。それで、とりあえずこの2つだけ上げたい、というお話だったのですね」
『そうだわ。鋼にしか聞こえないとか、不便で不便でイライラして……』
声をあげるだけでなく、叩いたり引っ張ったりしても、幾度無視されたことか。
ユニカは律儀に応対してくれるため、それだけでもセイミのストレスは大いに軽減されていた。
さて、残る能力であるが。三つ目は『行動範囲』だ。
これは単純に、鋼からどれだけ離れることができるかである。
1レベル:2メートル
2レベル:5メートル
3レベル:20メートル
4レベル:100メートル
最後の四つ目は『特殊能力』
これは読んで字の如く、行動範囲や影響とは別個に、妖精が特別な能力を有することができる。
1レベル:1×0tハンマー
2レベル:テレパシー
3レベル:サイズ変更
4レベル:???
「はぁぁ……セイミさん、すごく色々できるんですねぇ」
『ふっふーん、まぁね!
あたしは神の眷属で、まあすっごくえらいし? 並の転移者なんか目じゃないくらいチートな自分が怖いわ!』
「なるほど」
得意げな妖精に頷くと
「つまり、妖精ではないから背の大きさがとても中途半端なのですね」
『あんた何聞いてたわけ、聞いてたわけ!?』
相変わらず、ナチュラルに妖精をキレさせる鋼。
顔を赤く染めて掴みかかる妖精の手をひょいとかわし、容赦なく手の平で撃ち落とし布団に押し付けて続ける。
「えっと、背が中途半端で移動範囲が狭く耳に喚き声が痛い妖精もどきのセイミさん」
『もがー、ふぉんなんやなーい!』
枕の下から呪いの喚き声が響く。鋼はそっと手を離して解放すると、それまでと変わらぬ様子で続けた。
「あなたの望みと願いが何で、どの能力を上げたいと思ってるのですか?」
『あん……たっ、えっと、鋼!』
「なんでしょう?」
お茶をすすってる時も、得意げな妖精をおちょくってる時も、いつも変わらぬ鋼の様子。
でも言ってる内容は、至極真っ当で。
『……あたしは能力をサポートするための存在だし、あたしの存在もまたあんたの能力の一部なんだわ。
だから、あたしの能力の決定権はあんたにあるし、基本的にあたしはあんたの命令に逆らえない』
「ある意味、奴隷のようですよ」
『そうよ、奴隷……だわ』
それまでのテンションを落とし、暗い声の妖精。表情にも陰りが見える。
そんな姿を、笑いも憐みもせず
「確かに、ぼくのサポートをしていただかないと困りますよ。
ぼくはこう見えて、この世界の常識にはまだ少しだけ疎いところがございますから」
『どっからどう見ても、完全無欠に常識知らずだわ。
この世界でも、地球でも』
「あのぉ、私も……あっ、いえ、ごめんなさいですぅ」
冗談なのか本気なのか、鋼の言葉に二人が突っ込む。
それをさらりと流すと、わずかな微笑みと共に続ける。
「ですので、サポートはお願いしますが。
能力をサポートする『ための』存在であっても、能力をサポートする『だけの』存在ではない、でしょう?」
『……なのかな?』
「ですよ。
ぼくの目に映る妖精さんは、自分の意志と望みがあって、自由で。
とても綺麗で、素敵です」
さらりと言う鋼の言葉に、妖精の頬が赤く染まる。ちょっとユニカは渋い顔。
「柏の掟 第九条『望みと誇りを共に有するべし』
サポートをきちんとこなしつつ、あなたの望みも叶えましょう。一緒に」
『……あ、ありがと……』
どことなく、甘く暖かい空気。そんな中で、鋼が問う。
「ですから、妖精さんの望みと願いは何で、どの能力を伸ばしたいのか。
教えて下さいよ」
『わかった、言うわ。
あたしの望みは―――』
一瞬、言葉を詰まらせ、目を閉じて。
頬を赤く染めたまま、この空気に熱をもらい、鋼を見つめて口を開いた。
『この世界のお酒を飲み尽くしたいわ!
そのために、物理干渉を上げてどんな壁でも樽でもすり抜けて好き放題やりたいわ!』
「それ、ただの酒泥棒ですよね?」
「あの……流石に、泥棒は良くないと思いますぅ」
流石の鋼も、常識人のユニカも困ったような情けない表情をしている。二人とも犯罪行為には否定的だ。
さっきまでは恥じらいに見えた頬の赤が、今はアル中の赤にしか見えない。
望みを叫んでドヤ顔だった妖精が、ぷんぷんとばかりに怒りだした。
『なんでよっ!?
あたしの能力の有効活用なのに! あたしの望みなのにぃ!』
「……うん、聞かなかったことにしますよ」
「わかりました、ご主人様ぁ」
悩んだ鋼は、妖精の能力を適当に上げ、妖精の望みについては聞かなかったことにして枕を乗せ静かにさせたのだった。
・ 妖精 : レベル5
存在認識 : レベル1→2 (up!)
物理干渉 : レベル1→3 (up!)
行動範囲 : レベル1
特殊能力 : レベル1→2 (up!)
『う、うううぅ……物理干渉が、自由自在な樽抜け酒飲み生活がぁぁ。
でも負けないわ。
あたし、諦めないわ、諦めないわ!』
『あと、次回でおしまいらし―――えっ?
えええ、ちょっとちょっと、どういうことだわどういうことだわ!?
あたしまだ、一滴もお酒飲んでないんだわーっ!』
次回 エピローグ 『少女と家族になる方法』
きっと明日夜、公開!
納得いくものが書ければ! 必ずきっと!




