鋼がお金を借りた方法
館の前での騒動も終え、一息ついてから。
鋼とユニカ、それに妖精のセイミの三人は街で借りた借金を返済すべく大金を抱えて裏通りを歩いていた。
「あそこの曲がり角から物取りがあらわれるかもしれない、いやそもそも地面の下から……!」
『はいはい、いい加減聞き飽きたわ』
「あたりに魔力の反応は、特に感じられないですぅ」
大金を持つが上の恐怖感から、相変わらず挙動不審な鋼。
それに対し女性陣は、それぞれのできることで安全を確保して宥める。
完全に、手のかかる子供のようだ。
ユニカのついでに鋼も大量のレベルアップを果たしているため、レベルだけなら一流。
さらに、逃走関連であればこれまでに鍛え抜かれた技量があり、下手したらこの街で最強かもしれない。逃走能力なら。
魔力を扱って身体能力を強める方法も、ごくごく初歩的な程度ならユニカに教わり習得済み。
すでに、新人ワーカーというには分不相応、もしくは非常識な力量を備えていた。
備えていたのだが、そこは借金勇者……もとい、鋼である。
相変わらず、金関係には非常に弱いメンタルであった。
『ほら、そっちもこっちも、あたしの見える範囲は安全だわ。
ちんたら進んでる方が危ないんじゃない? さっさと着いた方がいいと思うわ』
「そうですねぇ。ご主人様ぁ、急ぎましょう」
「……わかりました。急いでいきますよ!」
そういうと同時に、急にトップスピードで走りだす鋼。
その足と身体はうっすらと魔力で覆われており、すでに鋼が身体強化を使えていることが分かる。
一呼吸でユニカを引き離し、油断したセイミは鋼の後方2メートルの位置で見えない壁にへばりついたように無理やり後を追わされる。鋼から2メートル以上離れられない、そのために引きずられているのだ。
「ご主人様待ってぇ、待ってくださいぃ!」
『きょっ、極端なんだわあんたなんだわ!』
聞こえているのかいないのか、真顔で走り抜ける鋼。セイミの言う通り、どこまでも両極端な鋼であった。
途中、ユニカがまたさらわれたらどうするのというセイミの必死のハンマーにより、やっとペースを落として合流する3人。
その後は特に何事もなく、鋼が金を借りた個人金貸しの家に辿り着いた。
「おやあんた達、いらっしゃい」
呼び鈴の音に姿をあらわしたのは、少し色あせた茶髪の女性だった。
眠たげな眼を少しだけ大きく開き、訪れた鋼達二人を出迎える。
「お借りした、金貨2345枚分、お確かめ下さい」
その眠たげな顔に向けて突き出される、ずしりと重たい貨幣袋。
中身は竜皇貨23枚と金貨45枚、鋼が再び、能力で借金したお金だ。
もちろん、全て金貨で2000枚以上、なんてことはしない。初回の金貨2100枚は、鋼が金貨以外の貨幣を知らなかったゆえの過ちである。
そのため、貸し付けた女性の側は金貨だけを2000枚以上用意しなければならず、大層苦労したものであった。
「……玄関の戸を開けるなり、大金を突き出されても困るじゃないの。
とりあえずあがって、お茶くらい出すから」
「そうですね、失礼致しました。
一刻も早く返したくて気が急っておりましたよ」
「まあ、あの震えっぷりじゃそうかもね。手早くするから、心配しなさんな」
さっぱりとした様子でそう言うと、二人を連れて屋内へと戻る。
入ってすぐの応接室のような場所で向き合うと、早速女性は渡された貨幣を数えた。
「はい、ぴったりだね。毎度有り。
全て金貨で返済されなくて、安心したよ?」
「竜皇貨での返済で良いというお話でしたので。ありがとうございました」
「いやいや、こっちも商売だからね。貨幣の種類に、額面以上の差はないさ」
商売、と言いながらも鋼は利子を一切払っていない。
契約の通り、三日以内だったために無利子だ。これでは、女性の側に儲けはないはずだが……
「無利子じゃん、って顔してんね?
確かに利子として、お金としては儲けはなかったよ。
あんたらと知り合って、話しを聞く機会を得た。これが今回の、あたしにとってのメリットだからいいんだよ」
契約書にさらさらとサインをし、鋼に手渡す女性。
これにて返済完了、晴れて鋼は借金から自由……ではなく。取り立て人が目の前の女性から妖精に変わっただけなのだが、それでも二か所から借金をしているよりもはずっと健全であろう。
「顔に出てましたか、すみませんでしたよ」
「いやいや、あんたはそんなこと考えてるようには見えなかったね。後ろの嬢ちゃんさ」
顔に出てたかと言ったということは、鋼も多少なりとそう考えていたのだろうか。
むしろその方が少し意外に思いつつ、情報源はユニカだと答えるリンダ。
「わ、私ですかぁ?
すみません、失礼しましたぁ」
「失礼なことじゃないから、気にしなくていいわよ。
待ってて、お茶いれるわ」
台所へ向かったのか、お茶を取りに部屋を出る女性。
その後ろ姿を見ながら、鋼……ではなくユニカの方が、鋼に金を貸したリンダと名乗る女性との出会いを思い返していた。
ミルニャの治療のために、鋼の能力の使用は不可欠である。
あれほどの病を治す魔術を扱うためには、相応のレベルアップが必要。しかしユニカ(と鋼)はまだ駆け出しのぺーぺーであり、とてもではないが一日でそれほどのレベルアップを果たすことは無理だった。
だから、鋼の能力の使用は不可欠であり、能力を行使するためには現在使用中の『可能性行使証』を『返済完了』しなければならなかった。
とは言え、行使証のうち一枚は、借り受けているものが治癒の魔術。
詳細はよく分からないが、死にかけた鋼を救うためのものとの話なので、並大抵の魔術では済まないだろう。鋼からも毎日かけ続けて欲しいと言われているし。
治癒の魔術を使えるようになるために、行使証を返済し、能力を使おうとしているのだ。卵が先か、鶏が先か。いずれであっても、現状では返済不可能であった。
そのため、行使証を使えるようになるには、金貨2110枚の返済を完了するしかない。
じゃあそのためのお金をどこから用意するかというと―――
時間制限、能力制限、その他もろもろ。
結局、借りる、という手段しか残らなかったのだ。
幸か不幸か、ギルドのみならずどこもかしこも、返済証明令により、街は金貸しと借金の情報で溢れかえっていた。
内容が内容だけに、一切役に立たないであろう鋼に耳栓をし、ユニカと妖精の二人で情報を集めて回る。
すると、個人相手に、しかも気に入った相手にしか金を貸さない余所者の金貸しの話が聞けた。
その金貸しこそが、この家の主、リンダその人である。
色々話を聞いて辿り着いたリンダの住処。
ドアを開けて出てきたその女性は、一言で言えば、不健康そうだった。
長い髪は色あせてぼさぼさ。目は細く眠たげに眦が垂れ、口を開けば酒臭い。
まだまだ明るい昼下がりにも関わらず服装はよれよれの寝間着。ついでに裸足。
顔色もあまり良いとは言えず、大丈夫なのかこの人、と思ったもんだ。
二人を招き入れたリンダに、金を借りたい、金貨2345枚と告げる鋼。
片や、寝間着姿で不健康を絵に描いたような、よれよれの女性。
片や、多少綺麗になったとは言え、シーツを縫い合わせたユニカ手製の貫頭衣もどき一枚の、借金に怯えて顔色の悪い鋼。
死にかけ同士の面談は、しかし
「いいよ、条件付きで貸してあげる」
互いがみすぼらしい同類ゆえの気軽さなのか、あっさりと承認されて鋼は莫大な金を手にしたのだった。
その際、期限や利子の取決めとは別に、リンダから契約条件として提示されたのは『ときどき、鋼が経験した事を話しにくること』である。
また、状況次第では今後力を借りたいとも言われたが、こちらについてはきちんと依頼として報酬も用意するし、断ってもいいそうだ。
なので、鋼の体験した、どたばただったり冒険だったり。あるいは、手に入れたお宝だったり。そういった話をすることが、契約の条件となった。
「あたしはね」
お茶を啜りながら、唐突にリンダが切り出す。
「柏君と同じく、地球から来たのよ」
「ちきゅう……?」
「ぼくの他にも、そういう方が居たのですね」
鋼からも固有名詞は聞いていなかったため、言葉の意味が分からないユニカ。
一方、地球を知るはずの鋼は、特に驚きや感情を見せず、相変わらずの平常運転である。
「あら、全然驚かないのね。気づいてたのかしら?」
「いいえ、全然。
気にしてない、の方が正しいんだと思いますよ。もう戻れないわけですし、どこの生まれであっても人は人ですから」
「なるほど。意外としっかりしてるんだね。
まあでも、地球―――日本から来た人間として、過剰となりえる知識や能力がある可能性が高いし。
情報も共有できるし、何かのためには仲良くしときたいと思ったわけよ」
そういうと、細い目をさらに細めて、小さく微笑む。
「昨日、お金を貸す前に。
あなたなら、どれだけ大金を貸しても、必ず返してくれるのが分かってたからね」
それは、9月30日のことだった……
24時30分くらいだから、まだ9月30日だよね……!
あと3話くらいなのに、ここまで来て間に合わず遅れてすみませ。がくがく。




