鋼の名を世に広める方法
街では、昨日と全く逆の光景が起きていた。
領主の館前に集まった、借金に苦しんでいた者達が。
武力でもって押しかける金貸しとその戦力に対して、領主の館を守っていた。
その騒動を、館から出向いたギルニャオと鋼が共に立って鎮める。
金貸しに対しては、ギルニャオが館の庭へと招き入れ、そこで丁寧な説明を行った。
連日の条例に対して謝罪した上で、先に掲げた返済証明令の問題点や、このまま借金問題が続けば今度は金貸し自身が命の危険に晒されること。
さらに見返りというわけではないが、金融業に対する税金の引き下げを表明、これにより法に則した契約内容で業務を行っていたものについては皆納得して引き下がった。
役人を介するために手間は増えるが、税金が下がるのであればこれまで通りの金利であっても収入は増えるのだ。多少の手間は問題ではない。
さらに、大半の同業者が大人しく引いたために、契約内容が法の範囲を逸脱していた者も表立って騒ぐことができなくなった。
収入が増え、皆が納得している。その中で強硬な態度を取り続ければ、新条例に不都合がある、つまり後ろ暗いところがあると喧伝するも同然。
ここは大人しく引き下がり、一刻も早く証拠を隠滅する方が重要である。
そんなことを考え、今は他の同業者に紛れて目立たぬよう大人しくした。
早くギルニャオの説明が終わって、帰って行動するために。
そんな思惑を知ってか知らずか、満面の笑みでギルニャオは改めて新条例の趣旨と経緯を一から説明しなおすのであった。
ギルニャオに遣わされた役人が、不当な金融業者の住居に踏み込んで、不正の証拠を掴む時間を稼ぐために―――
一方、門の外で金貸しから領主の館を守っていた者達。こちらに対しては、鋼が当たった。
そこに居た者達の大半は、昨日この場所で、鋼の借金額を聞き、自分が交渉すると頭を下げたのを見た者である。
「やってくれたな、2100枚の兄ちゃん!」
「ちげーよ、あの人は2110枚さんだよ!」
人名ではなく、借金額で呼び表される人間。
全く悪意のない言葉に抉られ、一瞬倒れかけるも
「―――いいえ!
ぼくには、金貨2345枚の、借金があります!」
群衆……の向こうの空を、遠い、光のない瞳で見つめて。
やけくそになって叫んだ。
「す……すげえええ」
「え、なんで増えてるの?」
「勇者だゴブ」
「勇者か、そうでする。借金に苦しむ者の為に立ち上がりながら、自分はさらに借金を重ねてるでする」
「借金の勇者ね!」
悪意のない責め苦が、臓腑を、心を、肉体さえも責め苛む。
心配そうに寄り添うユニカに支えられ、妖精に励まされつつ。手を振って、黙らせる。
もしくは頭を下げて黙ってもらう。拝み倒して黙っていただく。もうやめて、ライフはとっくにマイナスなのですよ。
「やっ、約束通り、返済証明令は、取り下げてもらいましたよ。
それだけじゃない、賃借対等令によって、これからは契約について内容の説明や確認が義務化されました。
これでもう、違法な契約に苦しめられたり、説明もなく騙されたことに悩む必要はありませんし、すでに結んだ契約についても条例は適用されます」
「ありがとう、ありがとう!」
「2345枚の勇者よありがとう!」
「最高だぜ、借金勇者!」
「さすがは金貨2345枚だぜ!」
感謝の言葉を聞くほどに、表情を歪め、荒い息を吐き、弱っていく鋼。
すでに顔色は青く、膝も震えている。
『これもう、勝手に盛り上がって二つ名ができそうな勢いだわね』
「そんなぁ、頑張ったご主人様に、あんまりな仕打ちですぅ!」
『そうね、確かにちょっと辛いところだと思うわ。
取り戻せるか分かんないけど、帰る前にきちんと名乗ってやった方がいいんだわ』
妖精の顔に、辛そうな表情で頷く鋼。
最後の力を振り絞って、群衆に向かって顔を上げ、大声で叫ぶ。
「柏 鋼だ!」
そうして名乗りをあげた鋼は、金貸しを逃がさぬよう説明を続けるギルニャオを残し、ユニカとともに館の中へ引き上げさせてもらった。
さて、鋼の名乗りを聞き、その姿を見送った群衆はと言えば―――
「なんという……まさしく、勇者でする!」
「俺の借金、たった金貨15枚なんだ……借金勇者を見てると恥ずかしくなるな」
「まったくだゴブ。この程度の借金で苦しんだなんて、恥ずかしいゴブ」
「そうね。莫大な借金がありながら、力強く生き、叫び、領主さえ説き伏せて。素敵……」
「借金勇者……覚えておくわ」
鋼の名乗りにも借金勇者の呼び名を取り下げることもなく、熱い瞳でさらにテンションを高め合っていく。
「こいつはもう、語り継ぐしかないぜ!」
「よっしゃ、これから宴会だ!」
彼らの心は、概ね同じ方向を向き燃えていた。
借金勇者。
彼らを救い、未来を照らした彼を讃えるのだ。
感謝と、賞賛と、敬意と。
あるいは、己への決意を、明日への誓いを、自分への強がりを。
人それぞれ、様々な気持ちを込めて。
借金勇者の、偉大なる決めゼリフを、拳を突き上げ皆で一同に叫ぶ。
「「貸しは、端金だ!」」
彼らは知らない。最後まで、気づかない。
借金勇者こと柏 鋼が叫んだ、彼らが決めゼリフと感じるその言葉が。
ただの、彼の本名であったことを……
「「貸しは、端金だ!」」
「はい、ですからぼくは柏 鋼ですよ」
「すげええ」
「素敵!」
「さすが、借金勇者!」
「いえ、ですから……
しゃっ……ではなく、柏 鋼なんですよ」
「もはや、借金と見なすことさえ恥ずかしいというのか」
「すごい、一体どこまで勇者なんだ……」
「だからですね、ぼくは
※ 宴はエンドレス