治療の対価を得る方法
復活した鋼が見たのは、だいぶひげが減って涙目のうさねこの姿だ。
「昨夜寝たの遅かったですし、あくびが酷そうですね?」
『あんたのせい……でもないけど、酷いのはあんたの方だわ』
さて、改めて。ギルニャオから鋼への、今回の件のお礼についてである。
治療前の口約束では、金貨2100枚を認める旨の返事をしていたが、果たして。
「約束は、約束にゃ。
金貨2100枚、きちんと払うにゃ……」
「ギルニャオさん、そんなにお金持ちなんですか?」
明らかに苦しげなギルニャオの様子に、鋼も流石に心配になる。
もしかしたら、ねこが狭い額に皺よせて可愛いなぁ、ぐらいしか考えていないかもしれないが。いや、そんなはずはない。
「ギルニャオ様は好んで贅沢をされるお方ではございませんが、それでもとても払える金額ではございませぬな」
「黙るにゃ、ニャニャンダ。
娘の恩人相手に約束を違えるにゃど、うさねこ族にょ誇りに賭けてできんにゃ!」
「返済は、ある程度長期間で良いですけれど。
それはそれとしても、いったいどの程度ならちゃんと生活しつつ払えるんでしょうか?」
「……削りに削り、切り詰めに切り詰め。ニャニャンダ」
「年に、金貨130……140枚といったところでしょうか。
領主としての務めやこの館の最低限の維持など考えますと、ギルニャオ様ご自身の収入はさほど多いと言えぬものでございます」
ナナンダの言葉に、ちょっとだけ考え込み。
すぐに、鋼の表情が、盛大に歪む。
そんなばかな、えっ、いやそんなはずは!とばかりに。
「そ……それって、金貨2100枚って、どれほど大金なんですか……!?」
「どれほどと言われましても、金貨2100枚ほどでございますが―――
比較対象が難しいですが、Aランクの依頼をワーカーが行うと、金貨3枚程度でしょうか」
比較対象が無さ過ぎて、ぴんとこない鋼。
それを見て今度は、ナナンダではなくメイドのメイリアが続ける。
「一般的な四人家族で、一ヶ月にだいたい銀貨50~60枚というところでしょうか?
概ね、二ヶ月で金貨1枚です」
「二ヶ月で1枚、1年で6枚、金貨2100枚で350年、しかもこれは四人の場合だから二人ならこの5割から6割程度とすると5割として2倍の700年……!」
メイリアの言葉に、少しは実感が湧いたのか、青い顔でぶつぶつ呟く鋼。
末期症状じみた姿に、心配と恐れの視線が集中する。
そんな中、すっくと立ち上がると拳を握りしめて叫んだ。
「……いえ、考えるのはやめておきますよ。
いざとなったら、また逃げればいいんです!」
『あたしからしゃっ……借り受けるんだし、銀証使えば無期限だし、逃げなくても大丈夫だわ』
逃げちゃだめだろう、という突っ込みもなく妖精が安全を保障する。
あるいは、自分が逃がさないということを告げる。鋼から離れることができないのだ、例え逃げても自動で引きずられてついて行ってしまうだけだろう。
「こほん、失礼しましたよ。
ギルニャオ様には家族がいらっしゃるんだし、限界まで返済に充てるのはよくないと思いますよ」
「……すまにゅ」
男二人から視線を向けられたミルニャは、少し顔を赤らめると
「お父さみゃの借金は、私が責任をもって返しみゃすわ」
まるっきり父のことを信用せず、保護者のようなことを言い出した。
父の威厳、全くなし。
「ですからカシワさみゃは、遠慮にゃく父から取り立てればいいと思いみゃすわ。
借金取りのように!」
「ぐはっ」
それは、NGワードである。
鋼は血を吐く勢いで崩れ落ち、再び話し合いは中座した。
「申し訳ありみゃせんでした……」
「いえいえ。
忘れましょう、お互いのために。是非」
「はっ、はい」
心配そうに鋼の肩に乗っていた妖精も、仕方ないなーという顔をしている。
人間、いやなことは無かったことにするのが賢いのだ。それはうさねこにとっても、妖精にとっても同じだ。
という訳で、先ほどのやりとりはなかった事となり。
ずばり、鋼が数字を告げる。
「キリよく年に120枚、月に10枚でいかがでしょうか」
「わかったにゃ。
それで、利子を含めて、にゃがはいはにゃんにぇん払い続ければ良いのかにゃ?」
もし仮に、無利子で2100枚支払う場合、210ヶ月、すなわち17年と半年になる。
これに対し鋼は
「半分と思ってたのですが、端数はおまけしてもらうとして。
9年間でいかがでしょうか」
「かたじけにゃい」
ギルニャオ、即答。
実際、2100枚請求される可能性も十分にあると思っていたのだ。
さすがに利子くらいはおまけしてくれると思いたかったが、それでも不安であった。
9年、金貨1080枚。確かに大金だが、けっして払えない金額というわけでもない。
領主としての表面の取り繕いは必要だ。だが、それ以外の部分については必至で切り詰めればいい。
最愛の娘は、命をつなぎ元気になったのだ。二人ならば頑張っていけるはずだ。
そんなことを考えるギルニャオを裏切って
「甘い、甘いですわカシワさみゃ!
お金は取り立てられるところから搾り取る、容赦や妥協は相手のためになりみゃせんわ!」
「ちょっ、ミルニャ! にゃんてことを言うにゃ!」
最愛の娘は、父親にとどめを刺したくて仕方ないらしい。
お父さん、三度涙目。
「やっぱり、全額いただいた方がよろしいでしょうか?」
鋼が、少しだけ困ったような顔でミルニャに問いかける。
その背景でぶんぶんと首を横に振るギルニャオ。今にも首が取れそうな勢いだ。
「基本的には、そうあるべきだと思いみゃすわ。
とは言え、実の父がそれで死んでしまうのは忍びにゃいのです。甲斐性のない駄目な父親ですみみゃせん、カシワさみゃ」
「あの、ぼくも無理して死んだりしないで欲しいですからね?
無理しないでいいですからね?」
「ですので、私考えみゃしたわ!」
なんだか得意げで、自慢げで、力いっぱいなミルニャ。
ギルニャオは、今度は何を言われるのかと顔面蒼白である。茶虎なのに。
「お父さみゃ、支払う金額は先ほどのカシワさみゃのご厚意に甘えるとしみゃして!
お父さみゃにとっての『一番の宝』をカシワさみゃに差し上げればいいと思いみゃすわ!」
「にゃっ、にゃんだと?
一番の宝……」
「はいっ、そうすればきっとカシワさみゃもご満足されて、金額も下げていただいてみんにゃが幸せににゃれみゃすわ!
あ、あとお父さみゃの顔も立つと思いみゃすわ、ついでに」
「ふにゃー!?」
領主の面目、ついで扱い。お父さん鳴いてる。
そんな父親を顧みもせず、ミルニャが一生懸命鋼に詰め寄る。
「カシワさみゃ、それでいいですよね!?」
「え、え……?
いえ、あの」
どことなく、最初に行使証契約をした時の妖精を彷彿させる光景。
「にゃ、にゃが、にゃがはいの一番の宝にゃどと、にゃにがあるか……」
「にゃに言ってるんですか!
お父さみゃはいつも言って下さるじゃにゃいですか、あれですよ、あれ!
私の部屋に訪れた際、にゃん度も口にしていたじゃにゃいですか!」
ミルニャの必死な様子に、言いたいことを理解する執事とメイド。
だが口は挟まない、彼らには己の分というものがあるのだ。
こんな楽しい光景を邪魔するわけがない、というわけではないのである。
「そ、それは!
いやしかし、それではカシワ殿に」
意外な力強さで、肩にかけられた父親の手を跳ね除けて。
ミルニャは鋼の両手を握った。
「カシワさみゃも、よろしいですよね……?」
「う……うん、ま―――」
「はい決定、決定いたしみゃしたわ!
お父さみゃは毎月10枚で9年の支払いと、一番の宝をお渡ししみゃすわ」
『……強敵だわね』
「う、うう……」
勝利を勝ち取ったかの如き笑顔の、ミルニャ。
妖精はユニカに向けて苦笑まじりに呟き、ユニカは色々な感情やら葛藤やらにうめき声をあげる。
こうして、柏 鋼は。
ダズレニア領主ギルニャオから、9年間、毎年金貨120枚の支払いと。
ギルニャオの一番の宝である、娘のミルニャ
「ふつつかもにょですが、末にゃがく……ぽっ」
「にゃにを言ってるにょだ、ミルニャ?」
―――では、なく。
ミルニャの部屋で何度も齧っていた、伝説の干し魚を手に入れたのでした!
「一番の宝が娘じゃにゃく干しざかにゃって、あんた父親として娘のことをどう思っていみゃすわー!?」
「ぎにゃぁぁぁぁっ!」
ギルニャオさんちでのドタバタは、これにて終了でございみゃすわ。
でも負けみゃせんの、私はかにゃらずまた戻ってきみゃすわ!
……でもにゃんで私、こんにゃにしてまで、カシワさみゃにと……お礼しようとしたのかしら?
そうにぇ、きっと、私とカシワさみゃが家族ににゃれば、財産は共通ににゃって借金が帳消しににゃるに違いにゃいからだと思いみゃすわ!
私、頭のいい策略家ですわ!