少女の病苦を消す方法は治癒術師を育てること ②
考え方としては、ごく簡単な話である。
借金を返すために、また別の金貸しから金を借りる。
そうして、最初に借りた借金を返す。それだけのことだ。
現実世界でも、取り立て行為や返済期日や、諸々の事由による複数の箇所から借金をする者もいる。
鋼にしても、能力=妖精への借金を返済するために、金貸しから金を借りただけの話だ。
とは言え、何の身分も持たない新人ワーカーに、金貨2345枚もの大金を貸し付ける馬鹿は、普通はいないのだが……
そんな大馬鹿の金貸しが、居たのだ。金貸しの組織にも属さず、個人経営で。この街のさびれた通りに、ひっそりと。
しかも、三日以内に返済した分については、無利子。その後は、一ヶ月ごとに残金の5%分が利子として加算される契約である。
個人相手の貸付額、返済能力の見極め、利子の設定の仕方など、何もかもが一般の貸金事業者とは一線を隔していた。
そんな、天使か悪魔か分からぬ金貸しのおかげで、金貨2345枚を手に入れた鋼。
めでたく妖精への借金、金貨2110枚を完済したのであった。
ちなみに金額が2345枚なのは、返済証明金を支払う必要が生じたときのためである。返済後の残金は235枚。返済証明金の一割を支払うと、残りは金貨0.5枚だ。
さて、鋼の能力『借金』についてだが、この世界に来る時、女神は鋼にこう言っていた。
『能力は、大量に返済をすることで成長する』と。
今回、金貨2110枚という、あまりにも莫大な借金を無事完済した鋼。これにより、鋼の『借金』の能力は、一気にレベル5になった……らしい。
今のところ、能力の状態を把握する方法は、妖精の口頭報告のみだが。手首の『ブレスレット』の珠の数を数えれば、その言葉を疑うこともないだろう。
そういうわけで、鋼の能力が4レベル上がったことにより、新たに以下の能力を得ている。
・ 可能性行使証 : 使用可能枚数 2枚→4枚 (up!)
・ 銀証 利用権 : 残り0回→1回 (up!)
・ 口約束 : 利用回数 4回 (new!)
・ ブレスレット (new!)
・ 妖精 : レベル1→5 (up!)
口約束とは、簡易的・限定的な能力の行使権である。
これまでのように妖精が行使証を記載し鋼が魔力で捺印せずとも、妖精との会話のみで簡易的な契約が成立、可能性の行使が可能だ。
ただし、返済期間は短く、効力も限定的。今回ナナンダを殴り倒したように、その場その場での一時的な利用が主となるだろう。
なお、ナナンダを倒すために使った口約束は『ナナンダの後頭部を凶器で殴り倒す』である。
死ななくて良かったと、ほっと息をついたナナンダ。奴隷だからとは言え、危ないところであった。
ブレスレットは、行使証および口約束の利用回数、残り回数を可視化したものだ。
普段は鋼の体内に格納され、任意で出現可能。ブレスレットが他者に見えるかどうかは、妖精の存在認識に従うとのことだ。
その妖精のレベルアップについては、妖精に言われるまま、とりあえず『物理干渉』と『存在認識』を1レベルから2レベルに上げている。
これにより、鋼のみならず、鋼と契約した者(現在はユニカのみ)も妖精の存在を感知し、会話し、相互に触れることができるようになった。
さらに、もう2レベル分上げることができるのだが、それについては落ち着いてから改めて説明・相談したいと妖精から言われたため保留にしている。
ユニカがここまでの説明を終えた頃には、ようやく鋼も食事を終え、3杯目の紅茶を啜っていた。
「ふう……本当においしくて、とても幸せですよ。ご馳走様でした」
「お口にあったなら何よりの喜び、お粗末でございました」
ユニカが見たこともないような満面の笑みを浮かべる鋼に、こちらも嬉しそうに、ギルニャオに対する以上の敬意と親愛をもってミルニャ付きのメイドが頭を下げる。
昨夜まで刻まれていた眉間の皺も今は消え、浮かべる穏やかな笑顔は見る者の心を優しく温める美しいものだった。
「お嬢様のお世話のため、長らく館全体の仕事を免除されておりました。
これからは私も本来の務めに復帰いたしますので。まずはこちらにいらっしゃる間、カシワ様の全てのお世話も担当させていただきます」
「そっ、それは私が居るから不要ですぅ!」
「メイリア、あにゃたは私の専属にゃのですから、カシワさみゃのお世話は私がしみゃすわ!」
当然の如く世話を申し出るメイドに、ユニカとミルニャの両者が不要だとばかりに言葉を飛ばす。
「ミルニャ、おみゃえはみゃだやみあが」
「お父さみゃはだみゃってて!
私、ユニカさみゃのことも、カシワさみゃのことも、お父さみゃを許してみゃせんわ!」
心配八割、お節介二割のうさねこ父に、うさねこ娘は容赦ない。
言い合う父娘と睨むユニカの視線を涼しげな笑みで流し、メイドは何も言わずに頭を下げた。
鋼は心の中で、みゃーみゃーみゃーみゃー賑やかですよ、とか考えていた。
やっと場が静まり
「こんなにおいしい料理なら、毎日だって食べたいし、作って欲しいですよ」
「あら……」
「なっ……」
「にゃっ……!」
―――場が静まったところに落とされた、鋼の呟き。女性陣がそれぞれに小さく言葉を詰まらせる。
ある者は、雇い主さえ滅多に見ぬような、押さえきれぬ喜色を浮かべて。驚きと嬉しさに、思わず漏れた言葉。
ある者は、嫉妬か悔しさか、不甲斐なさか。全てを賭して共に生きたい己の主を取られた気分で、やっぱり悔しさに。
ある者は、まだ自分の気持ちをちゃんと分からぬまま、飼い猫に手を引っ掻かれた気分で。鋼的に言えば、飼い主が猫なのに。
ちなみにギルニャオはしょげている。二本少なくなったひげも、寂しげにふるふる揺れていた。可愛い。
「で、返済完了してレベルアップし、再度行使証を使えるようになりましたので」
自分の発言に集う視線と感情の悲喜こもごも。
それをさくっと無視し、自分のせいで脱線した話を何事もなかったように戻す鋼。
「ユニカさんに治癒の魔術を身に着けていただくべく、次の行使証を使用したのですよ」
会話の内容が内容だけに、皆黙って鋼の言葉に耳を傾ける。
だが、一度生じた感情は、容易く消えたりはしない。場違いな不満や笑みを浮かべる者がいる中……妖精が、卓上でため息をついた。
『ぷち爆弾発言を自分でスルーとか、理解してないんだろうけどほんっとあんたって鋼だわ、鋼だわ』
「行使証で得たのは、大量の魔物を倒して得る、経験。
なんでも魔物を倒すと、レベルアップして強くなるらしいですね。
ユニカさんとぼくでパーティを組んで、ぼくが大量の魔物を倒して経験を得る、それを前借りしました」
「……それにより、カシワ様とユニカ様が一挙にレベルアップを果たされ、ユニカ様はお嬢様を治癒する魔術を扱えるようになった……ということですかな?」
「はい、ナナンダさん。そういうことですよ」
能力で得られるのは、原則『鋼が得る可能性の前借り』だ。
鋼が大量の経験を得る。鋼が、パーティとして大量の経験を得る。
ちょっとグレーと言いおいて、この世界のシステムがうんぬんと薀蓄を垂れつつも妖精さんは許可してくれた。
鋼が、初めてちゃんと名前で呼んだのが決め手だったらしい。そう考えると、この妖精―――セイミも存外ちょろいのかもしれない。
ともあれここまでの話も、整理すれば三行だ。
街で借金をして、妖精への借金を完済する。
使えるようになった行使証で、鋼がパーティとして経験値を得る。
レベルアップしたユニカが、魔術でミルニャを治療する。
「にゃるほどにゃ……
それでその、カシワ殿は、いみゃも莫大にゃ借金を負って―――」
「ぐふっ」
ぱたーん。
ギルニャオの意外と低い声に臓腑を抉られ、鋼は軽い音を立てて昏倒した。
どうやら先ほどの会話は、意識の大半が食事に割かれていたから大丈夫だっただけらしい。やはりまだ、心構えのない状態での一言はとどめになるようだ。
なお、デリカシーと思いやりのない一言に、娘から父への愛情度がまたしても大きく下落した。
このペースだと、病に侵される前の状況から愛憎が反転する日もそう遠くないだろう。
またひげを抜かれたおとうさん、再びしょげねこモードになる。可愛い。




