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少女の病苦を消す方法

 明かりは最低限に燈され、少し薄暗い室内。

 ベッドに横たわるミルニャと、その傍らに膝をついたギルニャオ。枕元に立つメイド。

 窓から見える空に夕の紅は見えず、地平から夜天に向けて群青から闇黒へと彩を変えていた。

 それはまるで、ミルニャの命の砂時計の砂が、まもなく落ちきるかのようで。


「!?

 にゃっ、にゃんにゃおみゃえらは!」

「夜分遅く……でもないですよね、夜遅くなったら困るんですから。

 こんばんはですよ」


 ギルニャオの誰何すいかの声に、空の色から意識を戻す鋼。

 鋼の後ろには、ユニカと見えない妖精も続いて部屋へ入ってくる。


「昨日の、カシワ様でございますね?」


 入ってきた鋼の姿よりも、後に続くユニカの姿を見て傍らに立っていたメイドの方がその正体に気づいたらしい。


 ギルニャオもまた、メイドの言葉で訪問者の正体を知る。


 だが、果たしてその言葉は正しいのだろうか?

 見た目については、なんとなく白っぽくなっている気がする。明かりのせいか、あるいはボロキレから白い服に変わっているためだろう。それは、それで納得できる。

 だがギルニャオの、うさねこ族の目に映る鋼が纏う魔力。その力と輝きが、昨日とは比べ物にならぬほど力強く存在を主張している。

 一体この一日の間に、何があったのだろうか?

 あるいは、昨日は力を隠していたということだろうか?

 まして、鋼の後ろに続く奴隷のユーディアの魔力は、かつては一線で戦っていたギルニャオをして目を見張るものがある。

 それほどまでに、昨日と今日で鋼達の様子は大きく変わっていた。


 昨日と同じ人物の、昨日と違う様子に混乱しつつ声を荒げるギルニャオ。


「にゃんで貴様きさみゃがこんにゃところにいるにゃ!

 ニャニャンダはにゃにを―――」

「時間がないので、そういうの置いといてくださいよ。

 ギルニャオ様。もしミルニャ様の病気が治療できるとしたら、対価としてどこまでお支払いいただけますか?」

「……にゃんだと?」


 まるで、鋼の言葉に返事をするように小さくうめき声をあげるミルニャ。

 その肌は異様に赤く熱を持ち、眉間の皺に汗が溜まっているのが見てとれた。


 ミルニャ。たった一人の娘。

 全てを投げ打っても救いたい、ギルニャオに残されたたった一人の家族だ。


「あなたはぼくに、ミルニャ様のご病気を治すため、ユーディア族の角を金貨2100枚で買いたいと言いましたよ。

……ミルニャ様のご病気が治れば、最低でもそれだけの対価をお支払いいただけると考えてよろしいですか?」

「にゃ……っと、の……そっ、そうにゃ!

 ミルニャをにゃおせるもにょにゃらにゃおしてみるにゃ!」

「治してミルニャ、ですか……」


 ギルニャオの姿に場違いにも小さく笑うと、誤魔化すためにこほんと呟き。


「そのお言葉、昨日の口約束とは違い、今度こそ忘れないでくださいね?」

「にゅむっ……」


 眉間に皺を寄せた耳の長い猫顔にまた笑うと、鋼は緊張したユニカの背中をベッドに向けて押し出す。

 ユニカは一度鋼を振り返り頷くと、ベッドのそばへ歩み寄り、ミルニャの額に手を触れた。


「すごい熱ですぅ……

 ギルニャオ様。先ほどご主人様のおっしゃられた条件でよろしければ、治療を始めますねぇ」

「……わかったにゃ、たにょみゅ」

「お嬢様を、お願いいたします」


 勢いに押されて頷くが、状況がいまいち分かってないギルニャオ。

 ただミルニャを救いたいメイド。

 そして、ユニカを信じてその傍らに立ち、己の命運を託して見守る鋼の前で。


「ミルニャ様ぁ。今から月火病の治療を開始いたします。苦しいかもしれませんが、頑張って下さい」


 ユニカは、ベッドに横たわり、荒い息を漏らしつつも辛うじて瞼を持ち上げたミルニャと視線を交わし。

 頷いて、一度大きく深呼吸すると両手をあわせ静かに口を開いた。


「ユーディアの祖にかけて、ユニカが願う」


―――それは、ユーディアの受け継ぐ力を込めた、癒しの旋律。

 身体を癒し、不浄を祓い、命を繋ぐ奇跡の力。


 紡がれた言葉は不思議な旋律をもって、部屋の中を響き満たす歌に変わる。

 ユニカの両手から溢れた魔力が、その歌に乗って部屋の中を舞い、踊り、くるくると螺旋を描いて陣となる。


 光が舞う様は、厳かで幻想的で、これまで見たどんな光景とも違っていて。

 心の内から湧き上がる感情を、美しい、と表現することさえ分からぬまま。知らず、鋼の口から感嘆の吐息となって溢れ出す。


 舞い踊る魔力の輝きは、苦しげで、でもどこか驚いた顔のミルニャを中心に複雑に絡み合っていく。

 それは、大いなる癒しの力を秘めた魔方陣。

 あるいは、魂に刻まれた原初のゆりかごの如く。

 歌は、どこまでも連なり重なっていく。ミルニャを包み、部屋を満たし、光となって溢れる。


 やがて―――


「命の在る軌跡をもって、命の意志に大いなる恵みを与えん

 清常なる生命の輝きを(ユーア・リ・スィード)!」



 頂点へと達したユニカの魔力。

 その力が魔方陣となり、光の陣がひときわ強く輝きミルニャを包み白く染め上げる。

 白光に閉じた瞼を白く灼かれながら、暴れ舞う光が過ぎ去るのを待ち。


 光が収まり、視界が戻ったそこには。

 力尽きたようにベッドに突っ伏すユニカ。

 その手の先に、過剰な赤みが引き、荒い息ながらしっかりと目を開けたミルニャの姿があって。


 喜びに、期待に、けれど不安に、ためらいに、可能性に、うち震える面々に向けて。


「せいこ……ですぅ……」


 微かに、されど確かに届いたユニカの呟きは、福音の如く望んだ光景が現実であることを知らしめた。



 ここに、ユーディアのユニカによる治癒の魔術は完遂し。

 月火病に冒されたうさねこ族のミルニャは、昇り始めた満月に沈むことなく、未来を手にしたのだった。


 やっとミルニャの病が治り、物語は大団円へと。

 果たして鋼の借金は、どうなるのか……!?


 次回は、領主の館を去った後、鋼が何をしたかのネタばらし回。

 さて今回、ミルニャを治療するために鋼達は何をどうしたのでしょうか?


 お読みくださってありがとうございますね。

 今話の完結まで、もう少しお付き合い下さると幸いに存じます。


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