借金取りから逃れる唯一の方法 1
「つまりね、あなたは死んだわけよ」
「状況を振り返れば信憑性がないとは言いませんが、それならばこの状況はどういうことなのでしょうか?」
白い無人の平原に立ち、虚空に響く声に返すのは落ち着いた青年だ。
短く雑に切られた黒い髪に、挑むような光を宿す黒い瞳。肌は日焼けではなく汚れにより黒く、手足と身体はかなり痩せ細ってがりがり。頬も痩せこけて枯れ枝かミイラのようだ。
服装も、世辞どころか口が裂けても綺麗とは言えない。つぎはぎだらけと言うよりも、端切れを接ぎ合わせて作られたと言うべきであろう。
素材も色も統一されぬ複数の布をあわせて作られた服は、見る人が見れば一種のファッションのような何かに見えなくもない、かもしれないが……
まあようするに、大半の人から見ればただのぼろきれだ。
ついでに靴も、色は落ち底は半分剥がれてガバガバ、ボロボロに壊れたものを足にくっつけている状態であった。
「死後の世界よ。
あなた達の考える天国や地獄とは別の、少し特別な場所」
天国や地獄とは違う、特別な場所。それはつまり―――
「……閻魔様?」
「かなり違うけれど、まあここの事はなんでもいいわ」
違ったらしい。
もっとも、青年は極力嘘をつかないで生きてきた。
例え閻魔様であったとしても、舌は抜かれなかったはずだ。多分、きっと。
「で、これからどうすれば良いのでしょうか?」
「……憎たらしいくらい冷静で、超然たる魂してるわね。
だからこそ呼んだとは言え、驚きがないのは少し面白くないわ」
「期待に添えず、すみません」
「謝られてもねぇ……」
虚空の声が、ため息一つ。なんとなく、こめかみを揉み解す疲れた姿が脳裏に浮かぶ。
そんな面白くない想像を遮り、
「ま、いいわ。
あまり時間もないし、まずあなたに必要な情報をあげる」
虚空の声の直後、青年の脳裏に無理やり情報が入り込んできた。
奔る頭痛に顔をしかめ、思わずこめかみを揉むように額に手を当てる。
奇しくも、先ほど想像した声の主の姿と同じように。
「まずこれで、状況は飲み込めたわね?」
「え、っと……
いきなりのことで、ちょっと整理させて下さい」
「いいわよ、そのくらいは当然ね」
虚空の声に安堵と苦痛の息を吐き、改めて与えられた情報と向き合う。
脳内に突然湧き出した大量の情報の中から、今必要なものを整理し、大まかにまとめる。
「まず、ここは死後の世界で、あなたは女神様」
「ああ、女神様なんて言われると照れちゃうわね」
そうであると情報を与えておきながら、嬉しそうな声をあげられても困る。
ひょっとして、偽物か、そう呼ばれたいだけの小物なんだろうか?
まあいい、大した事じゃないはずだ。
「あなたはぼくを生き返らせることができる、その代わりにぼくに異世界に行って欲しい」
「厳密には死んでないんだけど。
行って欲しいというか、行かないと回復する力を使えないのよね」
「みたいですね。
厳密には、異世界でぼくが使える能力を使って、ぼくを助けるみたいだし」
「そうよ。実際にあなたを助けるのは、あなた自身の能力。
『借金』の力よ」
それまで、冷静に、情報の整理に努めていた青年が。
「ひ……ぃま、なん、と……?」
「借金よ。
あなたはあらゆるものを借りる事が出来て、莫大な借金をするほどに強くなれるの。
……ああ、でも厳密には借金を」
「しゃ、しゃぁあ、しゃっ―――!」
虚空に響く、自称女神の能力説明を遮って。
突如奇声を発し、身を低くし忙しなく辺りを見回した。
「あ、これやばい?」
「しゃっ、しゃっ―――!
しゃっき、いいいいいいい!」
次いで頭を抱えて振り回し、がりがりと掻き毟りながら蹲ってがたがた震えだす。
慌てて虚空からあれこれ声を掛けるが、正気を失った青年に反応はなく奇行も止まらない。
やがて、青い顔で地面に横たわったまま高々と雄叫びをあげだした青年に対し―――
「ちょやっ!」
突然姿を現した人物が、手に持つ『1×0t』と書かれたハンマーを躊躇なく青年の後頭部へ振り下ろす。
一撃で、意識と共にここに来てからの記憶を刈り取られ、青年はぱたりと倒れた。