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病の少女と会う方法

「ギルニャオ様は誰とも会わぬし、私もここを離れることは出来ぬ。

 すまんがお引き取りいただいてくれ」

「かしこまりました。それでは失礼します」


 予想通りの執事の言葉に頭を下げると、衛兵は元来た道を引き返す。

 玄関前の大階段へ姿が消えた後、東側へと続く廊下から鋼とユニカが姿を現した。


「どちら様でしょう……? 昨日の奴隷と主ですか、な?

 まさか、ハボーナの言った訪問者とはあなたがたの事ですかな」

「ハボーナさんというのが今ニャニャンダさんと話した衛兵さんのことであれば、そうですよ」

「……私の名前は、ナナンダでございます」

「ああ、そうでした。先ほど知って、びっくりしましたよ」


 少し笑いながら、廊下の真ん中に立つ鋼。真正面から、ナナンダと向き合う。

 その姿が昨日とはかけ離れていて、ナナンダはじっと鋼を見つめる。


 一番変わっているのは、服だろう。

 端切れを縫い合わせ、ちぐはぐなボロを着ていた昨日とは異なり、今日は白い服である。

 ただし飾りの類は一切なく、非常に質素でみすぼらしくはあったが、それでも白い服だった。昨日よりは、幾分か奴隷っぽくなくなった。


「ところで、なぜこの廊下に居られるのですかな?

 私は、ハボーナに会わぬと伝えたのですが」

「そうなんですか?

 すみません、トイレを探していたらここに辿り着いてしまいましたよ」


 あごに手を当てて答える鋼。

 その手、腕の色も、昨日は何らかの亜人であるかの如く黒かったのに、今は普通か平均よりも色白なくらいである。

 見れば、顔も足も、覗く素肌の色が全て黒から肌色へと変わっていた。

 なるほど、ぱっと見で同一人物か迷ったわけだ。


 全体的に、そして端的に言えば、汚かったのが大分マシになった。これに尽きる。

 それと、外見の変化にあわせるように、その身に宿す力が膨れ上がっていることも気になる点だった。


「そんなもの、廊下の侍女に―――

 なるほど、ハボーナの手引きですか」


 応接室に人を待たせるなら、必ず廊下に侍女が控える。

 トイレという言葉を信じたわけではないが、侍女が居なかった事実から鋼がここにいる背景を悟ったナナンダ。

 鋼の劇的な変化と相まって、わずかに目を細め、眼前の青年を疑うように睨み付ける。


「何の手引きか知りませんが……ぼくは、ミルニャ様の月火病を治療するために来ました」


 予想外の鋼の言葉に、ぴくりと眉を上げるナナンダ。

 治療する、と。それがどれほど難しく、望みがないことなのか分かっていないのか。


「必ず治せる、とは言えませんけれど。可能性はある、高いとみています。

 時間はもうない、そこを通していただけませんか?」


 すでに夕日は大部分が地平線に沈み、屋敷の廊下と二人を照らすのは魔力灯の明かりが主だ。

 そんな暗くなり始めた屋敷の中で、ナナンダは鋼の言葉に小さく頷くと、


「申し訳ございませんが、誰も通すなとの命令なのです。

 どうしてもと言うならば、私を倒してお通りいただくしかありません」

「なぜですか?」

「それが、ギルニャオ様の命令だからです。

―――私は、ギルニャオ様の、奴隷ですから」


 静かに答えるナナンダ。


 奴隷である、ということ。

 ユニカに対し、ほとんど制約を課していない鋼にはぴんと来ないが、普通の奴隷は主の意志により様々な制約を課されるものだ。

 ナナンダに与えられている制約の一つが、ギルニャオの命令に従うこと。

 ギルニャオに誰も通すなと『命令』された以上、ナナンダの意志や判断を問わず、誰一人この場所を通すことはできない。


「なるほど、奴隷の制約ってやつですか。

 ナナンダさんが奴隷だなんて、全然分かりませんでしたよ」

「ギルニャオ様の指示で、目立たぬ場所に紋を刻んでおりますからな」


 奴隷契約の証として、奴隷の身体には奴隷紋が刻まれる。

 普通は犯罪奴隷なら目立つ場所につけるものだが、ユニカにせよナナンダにせよ、傍目には分からぬ場所に刻まれていた。

……そのせいでごろつき達が鋼を奴隷と間違えたというのもあるが、今はどうでも良い。


「つまり、通りたければ押し通るしかないというわけですか……困りましたよ」

「ええ。私も不本意なのです、申し訳ございません」


 真面目な表情で、頭を軽く下げつつ。

 目線は一切鋼から反らさぬナナンダ。

 ナナンダから漂う空気に、緊張とか殺意といった、臨戦態勢をあらわす気配が混じっていく。


「不本意、なんですか?」

「む?」


 そんな戦闘準備を整えるナナンダに、変わらぬ態度で少し驚いたように問いかける鋼。


「確認したいのですよ。

 ナナンダさんは、ぼく達がミルニャ様の部屋へ行くのを阻むことを、不本意だと思っているんですね?

 あなたの本心では、ぼく達に先へ進んで欲しいのですね?」


 ナナンダの意志が、どこにあるのか。鋼はそれを問う。

 命令に縛られて鋼を阻むことは、彼の意志か否か。


「それを聞いて、あなたはどうなさるおつもりですか?」

「どうにも。

 どちらにせよ進みます」


 どちらにせよ、止まらないという鋼。

 だが、まだ構えたり、戦う準備はしない。

 ナナンダに対して、鋼はまだ望みと生き方を聞いていないのだから。


「何と言われようとも、通せませんよ。

 私の意志など、ギルニャオ様の命令の―――」


「それはどうでもいい。ぼくは、あなたの意志を聞いているんだ」


 戦う姿勢は見せずに、されど斬りつける鋼の言葉は力よりなお力強く。

 ナナンダは気圧されたように言葉を紡ぐと、初めて僅かな微笑みを見せて


「できるなら、治療して差し上げて欲しい。

 きっと、私はそう願っているのではないでしょうか。無意識に、あなたを阻むことを『不本意』などと呟いておりましたからな」


 それだけ言うと、一瞬だけ目を閉じて。

 言葉の応酬は終わりとばかりに、ナナンダは両の拳を握りしめ、構えた。


「わかりました。

 ならば、ミルニャ様のために、ぼくが勝つことを祈っていて下さいよ」


 意志を示したナナンダに、少し嬉しそうに笑い返し。

 鋼は、構えなどなく、ただ自然体で。


「では、参ります」


 この道を、押し通る。

 そのために、行動を開始した。




 駆ける。駆ける。

 瞬く間に、両者の距離が縮まる。


 交錯する。そして。



 鋼は一撃で殴り飛ばされ、気絶して廊下に崩れ落ちる。

 戦いとも言えぬ処理は、一瞬で終わった。


日付が変わる前に、なんとかせーーーふ!

ニャニャンダさんとのやりとりがなかなか大変。にゃんにゃんにゃ!


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