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領主と交渉する方法

 窓から見下ろせば、格子状の門前で人々が集まり何やら騒いでいる様子。

 だがギルニャオは、興味なさげにそんな眺めから視線を外した。


「ギルニャオ様」

「構わん、捨ておくにゃ。何もするにゃ。

 にゃがはいはミルニャの様子を見てくるにゃ。命令にゃ、今日一日ミルニャの部屋へ誰も通すにゃ!」

「……かしこまりました」




 一方、群衆の後方では。


「ふざけるな強欲領主の犬め! 何が犯罪行為だ!」


「犬っぽいひとなのに『強欲領主の犬め』とか叫んじゃうんですね」

『同感だけど、それ今言うことじゃないわよね?』

「あの、ご主人様?」


 ぽつりと呟いた鋼の呟きに、左右からじと目と困惑の眼差し。

 誤魔化すようにこほんと呟くと、鋼は群衆の方へ向けて一歩踏み出した。


「では、少しギルニャオさんと話をしてきますよ」

「この状況で、どうやってギルニャオさんにお会いするんですかぁ?」


 鋼は軽く身体をほぐすと、暴発寸前の群衆の頭の上を指差して微笑んだ。

 相変わらずユニカからは見えないが、慌てたように妖精が鋼の頭にがっしりしがみつく。


「それでは、いってきますよ」


 ユニカの返事も待たず、三歩の助走で一番最後尾の男へ


「ちょっと失礼、しますよ!」


その背を、肩を駆けあがり人々の頭上へ。

 そのまま大柄な、体格のいい相手を選んで次々にその肩の上を館の門目指して駆けていく。


「ぃてっ、なんだぁ?」

「うおっ、誰だ!」


 人々の上を駆け抜け、瞬く間に門へ。

 最前列の男の肩を蹴り、高い格子門に飛びつくと一気に門を飛び越えて敷地内に降り立つ。


「貴様っ、領主様の敷地への不法侵入、もはや言い逃れできんぞ!」


 門の外側で群衆を押さえていたのとは別の、敷地内の衛兵が二人鋼に襲いかかってくる。

 左の衛兵から斜めに振り下ろされた剣を、上体を反らすだけでかわし。

 右の衛兵が突き出した槍を両手で掴み、槍ごと衛兵を振り回して左の衛兵にぶつける。

 折り重なって倒れた二人の衛兵の脇の下を縫いとめるように、奪った槍を深く地面に突き刺した。


 少し離れた群衆からは、二人まとめて突き殺したように見えて小さな悲鳴が上がった。

 そんなことには気づかずに、鋼は足元の衛兵に向けて声を掛ける。


「門前が通れなかったために、乱暴な訪問となってしまい申し訳ございません。

 ギルニャオ様にお取次ぎいただけますか?」

「きっ、貴様!

 我らにこのような真似をして、取り次ぐわけがなかろう!」

「条例と、ミルニャ様の可能性について、とお伝えいただければ分かるはずです」


 鋼の言葉に、上に乗っている古参の衛兵がぴくりと反応する。

 ミルニャ様の、可能性? この不審者は、ミルニャ様の容態のことを知っているのだろうか。

 ちなみに下敷きになった方の衛兵は伸びているのか、さっきから声をあげていなかった。


「……駄目だ。

 貴様が何を知っているのか知らんが、ギルニャオ様は何人なんぴとたりとも通すなと仰せだ。

 特に今日一日は、我らも顔を出すなと言われている」

「今日は……まあ、そうですよね。

 では、ミルニャ様へのお取次ぎも?」

「当たり前だ」


 事情を知っていれば、ミルニャこそ面会謝絶なのは当然だと分かる。

 手立てがなく、ただベッドに横たわるだけとは言え。少しでも安らかに、穏やかに。家族で共に時間を過ごさせたいだろう。


「困りましたよ。やはり、取り次いでいただけませんか」


 二人の衛兵を押さえたまま、鋼が悩む。

 意識がある衛兵も、特に暴れたりはせず鋼の言葉を待つ。


「では、あなたにお伺いしたいのですが。

 なぜギルニャオ様は、あんな酷い条例を出されたと思いますか?」

「……ギルニャオ様のお考えを酷いとは思わぬ。

 昨夜遅くに、今日条例を公布することをお決めになったようだ。それ以上は知らぬ」

「なるほど、ありがとうございますよ。

 どうしたら条例を取り下げてくれると思います?」

「もし仮に、ギルニャオ様が抱えてらっしゃる悩みを、誰かが解決したならば。

 その解決した者が頼めば、きっと無下にはせぬだろう」


 そう口にしながら、衛兵は自分の言葉に驚いていた。

 なぜ自分は、見知らぬ侵入者に、このような話をしているのだろうか。

 何か、薬や魔術を使われた様子もないのに。


「―――わかりました。

 お目通りは、今は諦めることにしますよ。ですから、この門から安全に出していただけないでしょうか?」

「不法な侵入者を、見逃せと?」

「いえいえ、門の前に詰めかけた群衆が、たまたま躓いて門の中に落っこちてしまっただけですよ。

 受け止めて下さって、どうもありがとうございますよ」


 平然と言ってのける鋼の言葉に、少し考えて衛兵は深いため息をついた。


「……あの群衆を大人しくさせてくれるならば、安全に門の外へ送り出そう。

 それに断れば、また侵入した時のように門を飛び越えるだけなのだろう?」

「はい、その通りですよ」


 笑顔でうなずきながら、衛兵を縫い止めた槍を引き抜く。

 立ち上がった衛兵は、同僚が気絶しているのを確認しつつ一人で門を開いた。


「ありがとうございましたよ。

 それでは、また」

「もう来るな」


 鋼のお辞儀に、嫌そうな顔で手を払う衛兵。

 門の外へ鋼が出ると、すぐに衛兵によって門は閉ざされ再び錠が下ろされた。


 門越しに見る鋼の背中に、ふと衛兵は気づく。

 そうか、私は、期待してしまったのだ。この見知らぬ侵入者が、ギルニャオ様の抱える問題を解決してくれるんじゃないかと。

 気づいてしまったからには、自分の『もう来るな』という言葉を少し後悔したが、自分の立場を考えて仕方なしと納得することにした。



 静まった群衆と、外の衛兵、それから門内の衛兵が見つめる中で、鋼はゆっくりと口を開いた。


「みなさん、私に一日だけ時間を下さい。

 私が、ギルニャオ様に、条例の緩和―――いえ、撤廃の交渉を致します」

「な、なんだてめぇ、いきなり現れて何言ってやがんだ!」

「そうだそうだ、見知らぬ奴が仕切ってんじゃねーぞ!」


 突然の鋼の言葉に、大きい声を張り上げていた人間・・達が怒鳴る。

 その声は、衛兵に武器を向けられていた時よりも明らかに強気であった。


「みなさんの不安も分かります。

 ですが、最短でも返済証明金の期限は明日まで。今日一日の猶予があります。

 私はギルニャオ様と面識があります。今日一日、交渉のための時間を下さい」


 深々と頭を下げる鋼。その言葉と姿に、困惑が広がる。


「お、俺達は領主の横暴を止めるために集まったんだ。

 部外者がしゃしゃり出てんじゃねーぞ!」

「そうだ、苦しめられてるのはおれ達なんだ、関係のない奴は引っ込め!」


 棒を持った男が威嚇するように振り回す。

 それを見つめて、大きく息を吸い込むと鋼は叫んだ。



「ぼくには、金貨(・・)2110(・・・・)枚の(・・)借金(・・)があります(・・・・・)!」



 館前の空間を、暴力的なまでの静寂が包み込んだ。

 誰も、鋼が叫んだ内容に、何も言えない。その気迫に身動きが取れない。


 金貨、2110枚。およそ個人が抱える借金額ではない。


 大声で叫んだ鋼は、青い顔で荒い息をつきながら、それでも俯かずに続けた。


「ぼくがしゃっ……お金を借りたのは、一昨日です。つまり、条例施行前にすでに契約をしていました。

 条例施工前に契約をしていた場合、該当者の返済証明金の期日は、第七項により明日となります」


 息も絶え絶えな、それでも爛々と目を輝かせる鋼の迫力に、誰も音を発することができない。


「もしも、金貨211枚以上の、返済証明金を支払う必要のある方が居たら、名乗り出て下さい。その人に従います」


 誰も何も言えない、名乗り出る者は居ない。


「居ないのであれば、お願いします。

 ぼくに、今日一日の、交渉のための時間を下さい」


 もう一度、深々と頭を下げる鋼。

 やはりその姿に、声をあげられる者は居なかった。


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