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邪魔したお礼をする方法

 鋼がユニカに磨かれる夜から遡る事、数時間。

 西の空が夕に染まる頃、ギルニャオの屋敷に一人の男が訪れていた。


「おおギルニャオ様、まさかオークションに邪魔が入るとは、なんとお労しやですぞ」

「わざわざキースン殿どにょに一時金を用立てていただいたのに、申し訳にゃい」

「いえいえいえ、この程度の事でしか役立てぬ我が身を恥じ入るばかりでございますぞ」


 ソファに腰かけ、細い指で顔を覆って頭を下げるのは壮年の男性であった。

 ぴしっとした黒のスーツに身を包み、髪と同色の茶色い顎髭を撫でる姿はいかにも紳士然としている。

 ニャニャンダと呼ばれていた執事が、足で床を踏み鳴らし続けるギルニャオの背後から竜皇貨の入った袋を手渡した。


「まずは、お預かりしていた一時金を返却いたします」

「ひのふのみの……確かに。

 お貸ししておりましたもの、確かにお返しいただきましたぞ」


 竜皇貨は、1枚が金貨100枚分の価値を持つ。

 ギルニャオはオークションに参加する際、手元の現金として金貨200枚と、キースンから借り受けた竜皇貨8枚を持参していた。合計、金貨1000枚分だ。


 鞄から借用書を出し、返済が完了したことを記して執事へ返すキースン。

 執事もまた内容を確認すると、主に手渡した。


「……本来にゃらば、娘を救うために使わせていただく予定だったにょだが」

「諦めてはなりませんですぞ、ギルニャオ様。

 引き続きわたくしも、癒し手、薬剤、両面から可能性を探させていただきますぞ」

「かたじけにゃい」


 領主であるギルニャオが、卓についたままではあるが金貸しのキースンに頭を下げる。

 キースンもまた、ギルニャオ以上に低く頭を下げると、思いついたように続けた。


「ときに……ギルニャオ様。

 オークションを邪魔立てした者に、借りは返されましたでしょうか?」

「……ユーディア族にょ売却を要請したが、契約済みであったにょだ。

 それを確認したにょちは、特ににゃにもしていにゃい」

「なんと。

 ギルニャオ様の邪魔となったなど、間接的とは言えミルニャ様を……いえ、わたくし如きの言えたことではありませんな、失礼致しましたぞ」

「良いにょだ。

 そうだにゃ……殺すようにゃ真似はせにゅが、少しくらいは不幸ににゃって欲しいもにょだ」

「おお、流石ギルニャオ様!」

「ギルニャオ様」


 やや力なく、暗い瞳のギルニャオが呻くようにこぼした言葉に。

 キースンとニャニャンダの二人が、別の感情を持ってその名を呼ぶ。


「現状では口約束ともなっておりませぬが、直接的に行動を取るのはよろしくありませぬ。互いに不干渉とすべきかと」

「直接的な行動がまずいのであれば、標的を定めなければ良いのですぞ。

 ギルニャオ様、実は……」


 キースンが嬉々として、ギルニャオの邪魔をした落札者に一泡吹かせるための案を語る。


「―――にゃるほど。

 こにょ件が、キースン殿が私に資金を用立てた理由であったということかにゃ」

「いえいえいえ、滅相もございませんぞ。

 ミルニャ様のために尽力致すことは別、この案はあくまで邪魔した者に灸を据えるため。

 金貨2100枚もの大金、即金で払えるものではありますまい。必ずどこかの金貸しを使っているはずですぞ」

「にゃふん、みゃあ良い。確かにこれにゃらば、あの者個人を特定せずに報復ができるにゃ。

 ニャニャンダ、明朝に触れを出す用意をしておくにょだ。私はこれからキースン殿と詳細を詰めるにゃ」


 キースンの語る案。

 それが必ずしも良い内容ではないと頭の片隅では理解しつつも、ギルニャオは鋼に一泡吹かせるために即決する。


「ギルニャオ様、ご再考を。この影響は―――」

「うるさい、口を出すにゃ! これは領主としてにょ命令にゃ、明朝に触れを出すにゃ!」

「おお流石はギルニャオ様。このキースン、ギルニャオ様がご満足いただけるまで何時間でもお付き合い致しますぞ!」


 当初の予定こそ狂ったものの、キースンは自分の望む展開に落とし込めたことに内心で会心の笑みを浮かべた。

 落札者などどうでもいい。この条例が施行されれば、自分の望みに大きく近づくこととなるのだ。


 強い調子のギルニャオに、ニャニャンダが言葉を次げず頭を垂れる。

 このような触れを出せば、この街がどうなるか。それの想像できぬギルニャオではないはずだ。

 だが今のギルニャオは、ミルニャのことであまりにも視野が狭まっている。

 立ち止まることも出来ず、足で地を叩き続け、何かに当たらずにはいられないのだ。

 それだけのことを考え知りながらも、触れを出す準備を進めるニャニャンダ。


 運命の砂時計の砂は、けして逆流せずに落ち続ける。

 そう、命が零れ落ち、間もなく尽きるように。ただただ、砂は落ち続けるのだ。




 翌朝、日の出と共に。

 ダズレニアの街の各所に看板が立てられ、一つの条例が公布された。

 文字を読めるものがその内容を伝えるにつれ、街中が騒ぎに包まれていく。

 ある者は憤慨し、ある者は絶望し。またある者は、その意味が分からず己に待ち受ける未来が理解できなかった。



『返済証明令』


第一項。金を借りたもの(以下、借用者)は金を貸したもの(以下、貸主)に対し、その返済期間に依らず、金を借りた日から一週間後までに借用金額の一割を貸主に支払わなければならない。

 この時支払う金銭を『返済証明金』と呼ぶものとする。


第二項。返済証明金は返済とは別に扱い、この支払によって返済金額の増減は行われないものとする。


第三項。返済証明金をもって、借用者は借り受けた借金を返済する能力を有することを証明するものとする。


第四項。返済証明金により自らの返済能力を証明することができない借用者は、返済の見込みがない事を隠し不当に金を借り受けた犯罪者として、借金奴隷の身分とし貸主の所有物とする。


第五項。第四項により借金奴隷となった借用者の借金額は、種族・力量などによる売却算定金額に、向こう1年の間に一切の返済をしなかった場合の累計借金額を加算した金額とする。


第六項。支払われた返済証明金は貸主から行政に納めるものとする。


第七項。この条例は、過去に契約を締結し、現在も返済中の借金を有する全ての者も対象とする。

 契約済みのものに対しては、この条例が公布された翌日を返済証明金の支払期日とし、これを支払わない場合は第四項に該当するものとする。


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