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湯桶で身体を清める方法

 どうしようもなくて、それでも助けを求める人を助けたい。そのために、今の鋼達に何ができるのか?

 ユニカと妖精に尋ねて、自分たちの出来る事―――どうすれば助けることができるのか、抱き着いてきたユニカを解いて座らせて、距離を取って考えてみた。


 まず、ユニカ。

 契約により癒しの魔術の適性を得たが、今はまだ駆け出しにもなっていない。

 魔術の使用に対する慣れや練習も必要だが、治癒魔術を鍛えるために何より必要なのは魔物を倒してレベルを上げ、魔力を高めることだろう。

 ユーディアの魔術適正は非常に高く、魔力さえあれば大抵の治癒魔術は一発で使えるという。

 治癒魔術を鍛えるためには、魔術自体の修練より、魔物狩りを行うことの方が重要だ。

 実際、ユニカの魔力は駆け出しとしてはかなりのものだが、それでも今の状態では中級の治癒魔術を一度使うのがやっとである。

 何はなくとも、レベル上げ。それがユニカの状況だ。

 なお、自己申告の通り農作業や家事全般も行えるが、生活拠点のない現状ではあまり役に立たない。台所も部屋も、耕す土地もないのだから当然だった。



 それから、鋼について。

 妖精に確認しつつユニカに詳しい能力を説明する中で、いくつか追加で分かったこともある。


 まず、ミルニャの病を鋼の能力で治せるのか?

 妖精の答えは、基本的に不可能、であった。

 鋼のしゃっ……可能性の力は、あくまで『鋼が得る可能性の前借り』だ。

 鋼がかかった病気であれば『鋼が受ける治療行為の前借り』として、ユニカの治癒魔術や薬を宛てにして治すことはできる。

 あるいは、鋼自身に治癒魔術の適性があれば『鋼が放つ治癒魔術の前借り』も可能だ。


 前者、ユニカなどに癒してもらう場合は、鋼が行為の対象となる。

 ある程度の曖昧さはあって、たとえば『鋼を中心に範囲内の仲間を癒す魔術の行使』であれば、前借りは可能である。

 だが病の治療には対象の体内の状態に応じた魔術が必要となるため、単純な毒の浄化などと違い個人を相手にした魔術の調整が必要であった。

 そのため、この方法での治療は基本的に無理である。


 後者の、鋼自身が治癒魔術を放つ場合については、返済の目途が立たない行為についての前借りはできないという理由で不可。

 借用は、返す当てがあってこそ契約が成立するものなのだ。

 そもそも本来は前借りに対し返済期限や利子がある能力である。借金で死なないためにも、返済の目途は最も重要な項目である。

 逆に言えば、返す当てがあり、借用OKと妖精が認めれば可能になるということでもあった。だから、今のところは不可。


 鋼が相手の病気なら行使証が使えるが、行使証を用いてミルニャの病を治療することはほぼ不可能であった。


 また会話の中で分かったこととして、現在前借り中のものに対しては、行使証の使用ができないとのことだ。

 具体的にいうと、現在金貨として『お金』を借りているため、金額や硬貨の種類の差を問わず、お金を借りることは不可能と言われた。

 借金を返すために新たな借金をする、ということはできないわけだ。

 ただしお金でなければ、例えば換金性が高い宝石や金塊などであっても借りることはできるらしい。探してみれば、抜け道はあるかもしれない。



 いずれにしても、今は行使証2枚を使い切っている。どちらかの行使証の返済を済ませ、鋼がまた可能性の力を使えるようになってからの話である。

 つまりは、ユニカの頑張りとレベルアップ次第と言えた。



 やりたいことと、やれること。ミルニャの病と、人々の借金苦。そんな状況の中で、妖精と話をする。

 直接妖精の声の聞けないユニカは、意欲的な主人の様子を見て、微笑みと共に決意を新たにした。

 私もご主人様に負けてられない。レベルアップより効果は薄いとは言え、魔力制御の練習だったら今ここでも出来る。

 一日も早く、契約した主人の望みを果たすために。ご主人様が、しゃっ……可能性の前借りという能力をまた使えるようにするために。

 傍目には独り言を続ける鋼を見つめながら、ユニカは以前母親から教わった通りに、ゆっくりと魔力を扱う練習を始めるのだった。



 これからに向けて充実した時間が過ぎ、確認や話し合いも終わって。

 魔力制御の練習が一段落した頃、ふと思いついたようにユニカが告げた。


「ご主人様ぁ。就寝前に、身体を清めるためにお湯をいただきましょう」

「湯……!?」


 この宿は『女性の宿泊でも安心な』一番安い宿、である。そのため宿全体から見れば中程度の品質であるが、流石に風呂は据え付けられていない。

 そもそもこの世界、街の衛生状況がさほど良いわけでもない通り、大衆が毎日入浴するような文化はないのだ。

 入浴に代わる行為を望む場合は、一部屋に桶一杯分のお湯とタオルの貸出か、宿の裏の洗い場で頭から水を被るくらいである。


「湯で清めるなんてどれほど高額なのか計り知れませんよ、湯に入るだけでおよそ一週間のパン代の5.333倍、一ヶ月分以上なのですよ!?」

「え、えっと……」


 少し補足しておくと、鋼が言う『湯に入るだけの料金』というのは、銭湯ではなくスーパー銭湯と呼ばれる温泉施設の金額であった。

 鋼の住んでいた地域には昔ながらの銭湯はなく、見た事あったのはスーパー銭湯のみ。

 それゆえ、鋼の認識する入浴料は銭湯の統一料金よりもだいぶ高くなっていたのである。


 だいぶ高くなっていたのではあるが、それでも精々が銭湯の倍程度、金額などたかが知れる。

 以前の鋼の一ヶ月のパン代がいくらであったのか、それは神のみぞ知るところだ。

 あと銭湯と比較したパンのお代も、儲け度外視の鋼価格であったことをパン屋に感謝すべきだろう。深く深く感謝すべきだろう。


「入浴ではなく、身体を拭くためのお湯ですからぁ、宿代に含まれているので無料ですよぅ……?」

「なんと!?

 信じられません、これが冬場であれば何日生き延びられることか……」

「あのあの、飲む用じゃありませんからね? 飲まないで下さいねぇ?」


 驚愕する鋼とやや引きつり気味のユニカの横で、着衣のまま湯桶に飛び込む妖精。

 だが湯には触れなかったのか、何度かすかすかとすり抜けた後、ふらふらとベッドまで飛んでぽとりと力尽きたように寝た。

 二人とも気づいていない。完全に哀愁漂う背景であった。


「しかし、湯で身体を拭く、ですか……全く聞いたこともなくて、ぼくにはやり方が分かりませんので。

 見学させてもらいますから、ユニカさんからお先にどうぞですよ」

「そっ、え、えええええ!?」


 鋼の発言に慌てるユニカ。

 そんなご主人様より先にお湯をいただくなんてとかごにょごにょ呟いているが、その顔は真っ赤だ。

……それはそうだろう。湯で身体を拭くところを、見学すると言われているのだから。


「柏の掟 第二条『女性には出来るだけ優しくすべし』

 ぼくは後で良いですし、せっかくの暖かいお湯ですから熱量を無駄にする前に使って下さいよ」

「う、う……わ、わかりました」


 ユニカに顔を向けたまま、何かに気付いたようにふと手を伸ばす鋼。それに気づかないで赤い顔のユニカ。

 鋼を直視することができず、けれど完全に背中を向けるのも失礼だしとぐるぐる考えながら、傍らに置いた桶でタオルを濡らし絞る。


 そうですよね、私はご主人様の奴隷なんだもの。ご主人様が見たいとおっしゃって下さるなら、それは嬉しいことです。大丈夫、昨夜だって今夜だって覚悟はできてるし、身体の拭き方だって教わってるし、そもそもご主人様のお身体は私が拭いて差し上げるべきだよね。でも私が拭いている所を見たいとか、昨夜はすぐ寝ちゃって全然そんな様子なかったけど、『侵入』するのがものすごく大変だったってことなんだろうし、ご主人様もやっぱり男の人だから私の、か、身体とか、裸とか、その……


 しゃがんでタオルを絞った姿勢のまま、真っ赤な顔でショート寸前のユニカ。顔も肌も、驚く程熱を持っていた。

 鋼は先ほどから、自分に顔を向けたまま微動だにしない。

 きっと見られている。じっと見られている。ユニカの心は激しく揺れ、痛いくらいに鼓動が身体中を駆け巡る。


 真横、よりほんの少しだけ後方に陣取る鋼。

 その存在をどうしようもないほど強く感じながら、洋服の裾に手を掛けて。

 無意識に、奴隷時代に教わった『魅せる』脱ぎ方で。その美しい素肌を覆う衣を、ゆっくりと取り払った。


 弱く揺れる魔力灯の下、染み一つない白肌の上を、肌よりなお白い髪が清水のように煌めき流れ落ちる。

 それは小さな滝の如く、耳元から帯で無理やり支えた大きな胸の上へと落ち、その球面を沿って先端を掠めさらに下へと流れを作った。

 後頭部でまとめられた長いテールを揺らし、手で梳いて軽く整える。意図せず、あるいは目的通りに、艶めかしいうなじが光と影に彩られる。

 その心を、鼓動を、すぐ傍らの主人の存在で張り裂けるほどいっぱいにして。

 軽く目を伏せたまま立ち上がり、片方ずつ焦らすように靴下を脱いでいく。

 残る布は、胸をなんとか支える帯と、下半身を覆う下着のみ。


―――身体を拭くためであれば、身体を拭く様子を見るためであれば、この恰好で十分なはずである。

 だが、鋼が求めていることは。これでいいのか、これより先なのか。


 あるいはそれは、自分の妄想か、願望なのだろうか?

 鋼にとって、自分は、心を喜ばせるような魅力をもった存在なのだろうか?

 それとも、さほど価値がない、治癒をするためだけの、性別など関係ない存在なのだろうか?


―――いやだ。


 ふと。唐突に、意図せず意識せず。だけどとても強く、そう感じた。感じてしまった。

 だからユニカは、両手を背中へ回すと、重たい胸を支える帯を、ゆっくりと解き、地へ落としていった。


 帯を解くとともに胸を覆った両腕は、その豊かな実りを全然隠しきれていなかったが。

 鋼の存在を、強く感じながら。伏し目がちに、ゆっくりと、鋼を振り返りながら、


「ご主人様、どうぞ、ユニカの全てをご覧になって下さい―――」


 胸を覆いきれない両手を開き、鋼の眼前に己の裸




「Zzz……」

「寝てるのぉっ!?」



 ユニカの了承の声を聞きながら、鋼はベッドの上に落ちている妖精に気付き、つまみ上げようとして。

 そのベッドの心地よい手触りを感じて、一瞬で意識が飛ぶように座ったまま眠りに落ちていた鋼。


 あまりにも、酷い。柏の掟はどこにいったのか、どこら辺がユニカ(女性)には出来るだけ優しくしているのか。


「うっ……うー、ううー、うううぅぅぅっ!」


 ユニカは真っ赤な頬を膨らませ、涙ぐみつつ座ったまま眠る鋼の身体をベッドにちょっと乱暴に横たえた。




『ぐえっ』


 ベッドに倒された鋼の下敷きになった妖精が潰れたヒキガエルのような声をあげたが、自分の中で荒れ狂う複雑で理不尽な感情をもてあまし涙目で鋼を見つめるユニカには全く知覚できないことだ。




 その晩、ユニカは。

 真っ赤な顔で何度も何度も洗い場と部屋を往復して水を交換しながら、魔力を込め、荒れ狂う感情をぶつけるように鋼の身体をごしごしと磨き続けるのであった。


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