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自分の生き方を選ぶ方法

 自分がお金を払ったからか、壁際ではなく部屋の中央の木床に腰を下ろす。

……妖精から、座る位置がおかしいとばかりに頭を殴られ、改めてベッドに腰を下ろす。


「どうぞ」


 ユニカに、座るように向かいのベッドを促した。

 ちらちらと鋼の顔と寝具を見ながら腰を下ろすユニカ。その顔は緊張ゆえか、薄暗い中でもはっきり分かるほど赤く染まっている。

 その視線に気づいたのか、鋼は微笑みながら頷いた。


「一日、お疲れ様でしたよ。

 この宿にお金はかかりましたが、一日分の生活費は稼げましたし、食事もとてもおいしかった。良い一日でしたよ」

「はい、お疲れ様でしたぁ。

 ご主人様のおかげで、私、とっても―――楽しかったです」


 室内、魔力灯の弱い明かりの中でも煌めくユニカの笑顔。その笑顔と言葉を聞けて、鋼も嬉しそうだ。


「昨夜はご質問にも答えられず申し訳ございません。

 少し、知りたい事ができました。それから、ぼくのことも改めて説明したいと思いますよ。

 だから今夜は、少しお付き合い下さい」

「はっ、はい。

 何でも聞いて下さい、何でも聞きますしご主人様のためなら、なっ、何でも……!」


 あくまで平常運転の鋼と、話以上のことを考え真っ赤な顔で勢い込むユニカ。

 相変わらず温度感の噛み合わない二人を見て、呆れるように机の上に腰かけた妖精が大あくびをした。


「ありがとうございますよ。

 まず知りたいのが、奴隷についてです。犯罪奴隷とか、しゃっ……奴隷の種類とか。

 それから、話し辛いかとは思いますが、よろしければなぜユニカさんが奴隷となったのかも」


 昨日は問わなかったことを、何か気持ちに変化があったのか、はっきりと問う鋼。

 犯罪奴隷と借金奴隷。自分も奴隷であったユニカは、その甘さのない内容にちょっとだけ怯んだあと詳しい説明をした。


 まず、借金奴隷とは何か。

 一言で言えば、売られて奴隷になった人間、である。

 お金が払えず、あるいはお金が欲しいから。人間をお金で売る。

 借金奴隷の場合は、設定された解放金額分の労働を終える(もしくは身請け金が支払われる)ことで奴隷の身分から解放される。

 また、奴隷であっても命や尊厳を守るための奴隷法は制定されており、奴隷商人も所有者も契約を無視した不当な扱いは許されない。

 奴隷という名前ではあるが、一定期間・一定量の労役を予め定めた、一種の雇用形態とも言えるのだ。


 これに対し、解放の見込みがないのが犯罪奴隷である。

 殺人など、重度の犯罪を犯したものが犯罪奴隷とされ、その後の生涯を奴隷として送る事となる。

 本人の労働による解放はなく、莫大な身請け金と保証人の存在でのみ解放される可能性がある。

 犯罪奴隷であっても人間であるため、法は一応存在する。だが形式だけのものであり、犯罪奴隷の生死などは記録もされていないのが実状だ。


 犯罪奴隷と言う呼び方のせいで犯罪者が全て犯罪奴隷になると思われがちだが、そうではない。

 犯罪者であっても、罰則が金銭で済む範囲であれば犯罪奴隷ではなく借金奴隷となる。

 金銭、あるいは傷害のみの罰則では不十分と判断された場合。この場合のみ、犯罪奴隷となるのだ。


「私は、犯罪奴隷でしたぁ……」


 軽度の罪では借金奴隷となる中で、ユニカは犯罪奴隷であった。

 だがこれは、ユニカ自身が罪を犯したわけではない。

 端的に言えば、村から逃げ野に迷っていたユニカを捕らえて、命を助ける代わりにと無理やり莫大な借金を負わされて借金奴隷にされ、その上で主の命を脅かしたとして犯罪奴隷に落とされたのだ。

 確かに奴隷が主人を殺害するような真似をすれば重罪であり、程度によっては犯罪奴隷に落とされる。

 もちろんこれは、真実であれば、だ。

 ユニカはそのようなことはしていない。ただ、ユーディアの角を斬り落とすために、犯罪奴隷にされただけだ。


「なるほど。しゃっ……奴隷になることはありえるかと思ってましたが、最初から騙されたも同然だったのですね」

「はい……」


 俯くユニカの頭を、自然に、優しく撫でる鋼。

 驚いたように鋼を少し見上げると、顔を赤く染めたユニカは撫でられるに任せて目を閉じた。

 一つに結ばれて長く垂らされた髪が、鋼の撫でる手にあわせて尾のように嬉しそうに揺らされた。


「言いづらいことをありがとうございますよ。

……昼間の、ミルニャさんと、三人の人達を見て色々なことを考えていました」


 生きたい、けれど他人を身代わりにしてまで生きたくないと言ったミルニャ。

 読めない契約書に縛られ、借金奴隷に落とされようとしている少し変わった人間、亜人達。

 思案気な、あるいは遠くを見るような。そんな眼差しが、窓の外の夜空を向く。


「ご主人様は……そのぉ……」


 基本的には穏やかで丁寧、笑顔も多く優しい鋼。

 だがユニカを購入した直後の動揺や、昼間の亜人トラブルを見た時の態度を見れば、口にすることさえ避けている『借金』という単語に対し、鋼が並々ならぬ感情を抱えていることはユニカにも分かってきていた。

 だからこそ、口にしていいものかどうか。左手で、顔の横に一筋のばされた長い髪をくるくるといじりながら、言葉を選ぶ。


「なんでしょうか?」

「私を、無理して購入されたことを、後悔されてますかぁ……?」


 流石に直接的な表現は憚られた。だから、まだ少し赤い顔で、ぎゅっと髪をつまみながら遠回しに問いかける。

 自分を買ったことをどう思っているのか、後悔していないか。


「無理はしていませんよ。

 ぼくには、少し変わった能力があるので、その力でユニカさんを購入しました」

「え?」

「能力の名前は、可能性」


 鋼は、かいつまんで自分の能力の説明をする。

 未来に得る可能性を前借りすることができること。その力で自分は生き長らえて、別の世界からこの世界へ来たこと。

 ユニカの購入にその力を使ったため、現在はもう能力を使えないこと。

 ついでに、肩に乗って鋼の髪の毛にダメージを与え続ける、親切な妖精さんのことも説明した。ユニカには見えないが、ちゃんと紹介されたので妖精さんもご満悦だ。


「それって、しゃっき……あああ、なっ、なんでもないですぅ」


 思わず思ったままを口にしようとしてしまい、慌てて口を噤むユニカ。

 ナイス判断である。一瞬鋼の顔が歪んだかもしれないが、口にしなかったからセーフだ。


「ユニカさんにお願いしている癒しの魔術も、この可能性の能力の前借り分となるのですよ」

「じゃあ、私が、ご主人様の、命を助けることになるんですね……とっても頑張ります!」


 改めて、自分のやる事と、それが鋼にとってどのような意味を持つのか。

 それを知った今、ユニカのやる気はうなぎのぼりだ。


「私、一日も早く、立派な治癒術師になりますぅ!」

「ええ、よろしくお願いしますよ」


 気合の入った様子に微笑んで頷き、鋼は話を戻す。

 鋼の真剣な顔を見て、ユニカもまた気を引き締める。


「ミルニャさんと、昼間の方々。

 それにユニカさんを見て、ぼくの生き方ややりたいことを考えてみました」

「はい」

「ぼくは―――」


 まだ、この世界の在り方も知らない。

 一日過ごしただけで、どれほど厳しいのか、苦しいのか。

 あるいは、生きやすいのかも分からない。それでも。


「ぼくは、苦しむことを、生きるのを諦めることを、したくないし見たくないです」


 生きることに、疲れていた。

 女神に対して、成仏すると言った気持ちに、偽りはなかった。


 だけど。

 もしも、借金から解放されて、生きられるなら。


 今度は、苦しくない、幸せな人生がいい。

 辛くて苦しくて、救いもない。そんな生き方を、否定していきたい。


「ユニカさんは、生きたいと言った。

 それを聞いて、ぼくは、手を伸ばした」

「はい。私は、ご主人様に、助けていただきました。

 命だけじゃなく、境遇も誇りも、全てを」


 最初は、生き延びたくて、誰でもいいから契約したかった。

 だけど今は、契約した相手が鋼で良かったと思っている。自分の主は、鋼以外の誰も考えられないと思っている。

 例え貧しくとも、常識知らずでも、川の水と草の生活……に、なると、して、も。頑張る。


「ぼくにはまだ、この世界で生きるというのがどういうことかよく分からないんです。

 だからこそ、懸命に生きる人を助けたい。誰にも救われず、それでも必死で生きたい人を、助けたい」


 何も持たない、貧乏人だった。

 家もなく、金もなく。母が死んだ後は、傍に家族も居ない。

 そんな鋼を救うものは、誰一人、何一つなかった。


 別に、そのことを恨んでいるわけではない。パン屋さんと日雇いの親方は生きる事を助けてくれて、それだけで生きていることができた。

 世界を恨むことも、神を恨むこともない。ただ、それが鋼の日常であった、それだけだ。

 誰かに、声をあげて助けを求めたことも、ない。


「どうしようもなくて、助けてと叫ぶ。

 そんなことさえ、これまでのぼくには、できませんでした。考えたこともなかった」


 声をあげていたら、何か変わっていたんだろうか?

―――きっと、何も変わらなかったんだろう。

 鋼が元々暮らしていた世界は、ひどく平和で。酷薄で、希薄で、淡泊であったから。


「だからぼくは、過去の自分を助ける代わりに、どうしようもない誰かを助ける。

 助けたい人だけを、わがままに身勝手に、助けるんです。女神のように。


 そうしていれば、きっとぼくにも、懸命に生きるというのがどういうことか、分かるような気がする。

 ぼんやりと、そんなことを思ったのですよ」


 そう言って微笑む鋼の笑顔が、ユニカには何よりも輝いて見えた。

 恩人である、主である、そういうひいき目はきっとあるけれど。それでも、誰より尊くて、涙が出るほどに震えた。


「―――はいっ。

 ご主人様が望むこと、全て私がお手伝いします!」


 だからユニカも、自分に出来る精一杯の笑顔で鋼に応える。

 思わずその身体を抱きしめながら。

 この先ずっと、一番近くで。心の中で、心から心へ、そんな想いを溢れさせながら―――


 ちょっと面倒な話が続いちゃったお詫びに、次回はサービス回。


 ユニカが全てで魅せます!

 その時、鋼は!!



 読んで下さって、ありがとうございます。

 よろしければ、どうぞ次回もお楽しみに。


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