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自分の暮らしを得る方法

 その後も受付嬢の苦難は続いた。きっと夕食後の酒はいつもより旨い事であろう。



 まずは、金貨で払った登録料のお釣りを渡す。

 緑銀貨9枚と、銀貨4枚。

 貨幣の価値は、銀貨100枚=緑銀貨10枚=金貨1枚となる。銀貨より細かい貨幣としては、銀貨1枚で青銅貨10枚、銅貨100枚が等価だ。

 低ランクのワーカーが日常生活の中で金貨を見ることはまずない。

 受付嬢は、悪意ある者達の興味を集めていることに気付いていない二人の新人ワーカーの姿に、こっそりとため息をこぼした。



 次に、登録を行い、ギルドの仕組みやルールの説明を行う。

 地球出身の鋼にすれば全くの初耳だが、女神のアンケートに答えた諸兄からすればよくある内容。大事な箇所を抜粋すればこんな感じである。


・ ギルドは依頼の仲介・斡旋や素材の売買、情報の取り扱いなどの業務を行っている

・ ギルドに登録した者はワーカーと呼ばれ、ギルドで依頼を受けて仕事を行う事ができる

・ 依頼完了の報告と報酬の受け取りは、基本的にギルドで行われる(出来高制の場合など、例外有り)

・ 依頼の破棄や失敗も必ずギルドに報告する。基本的に、失敗すれば違約金として依頼料の倍額が要求される

・ ワーカーにはランクがあり、特に条件がない限り1階級上~2階級下のランクの依頼までしか受けられない

・ ランクは実力や依頼の成功率など総合的な能力を判断して決定され、上位のランクアップには試験が必要となる


 その他にも細かい説明や取決めがあり、二人とも熱心に聞いていた。

 あたしの話もこれくらい熱心に聞いてくれればいいのに、とは肩に乗った妖精の言葉ぼやきである。

 だが、妖精の言葉は金にならず、ギルドの規約は収入に直結する。真剣みがあまりにも違うのは仕方のないことであろう。



 作成したギルドカードを元に、ギルドの台帳に記録を残す。

 幸か不幸か、犯罪歴や特別な記録は一切なかった。

 ハガネ カシワと、ユニカ(ハガネの奴隷)


「―――奴隷!?」


 受付嬢の驚きの呟きは、掲示板の傍らで話していた二人には気づかれなかったらしい。良かった。


 だが、貴族の令嬢とさえ思われた美少女が奴隷で、薄汚い浮浪者然とした男の方が主である。輪を掛けて犯罪臭が酷い。思わず鼻をつまみたくなり、魔術の出力を上げてしまった。

 そう言えば先ほど、少女が男をご主人様と呼んでいたか。

 犯罪防止のために忙しくて聞き流してしまったが、世の中は理不尽である。


 さらに言えば、違法奴隷の可能性もあるけれど……

 受付嬢の目から見た二人の間は明るく和やかで、少なくとも悪意や圧力による関係であるようには見えない。

 そんな驚きにより、鋼のギルドカードの魔力項目欄が空欄であったことを、特に気にせず読み流した。

 数値に表れないほど魔力が弱いというのはとても珍しいが、全く無い話でもない。

 そもそも、ギルドでチェックし記録するのは特に優れた値のみである。高い数値でない、というだけで読み飛ばしたことは仕方ないことであろう。



 ギルドカードの発行を待つ間、掲示版に掲載された依頼を眺めていた二人。

 汚い男の方は文字を読めないらしく、綺麗な少女が一つ一つ内容を読み上げていた。

 さほど多くない低級依頼の中から二人が選んだのは薬草採取。

 内容はただの素材買取に近く、持って来ればいつでも買い取るという形式のため、特に依頼の手続きは必要ない。

 不測の事態があっても違約金が要らないのがいいですよ、とか汚い男が呟いていた。最下級の依頼に対し、最初から失敗するつもりで受けるなど勘弁して欲しい。またため息が出た。


 そもそも、ギルドを出て街を出て、無事に薬草を採取してまたギルドに戻る。

 それだけのことさえ、どう見ても常識知らずなこの二人組に実施できるのか疑問だ。

 生活力的にも、あまりにも綺麗な少女の容姿から言っても。



 ともあれ、記録の済んだギルドカードを二人に手渡す。

 作成されたギルドカードは本人の魔力に反応し、小さな宝石の形―――宝珠として左手の甲に収まった。

 鋼の宝珠は透明、ユニカの方は緑と銀。宝珠の色が個人の魔術適正を表し、無属性か魔術適正なしのどちらかと、癒しと風の複合。

 ギルドや関連する施設では、この宝珠を魔道具の端末に当てることで身分確認やサイン、預金など諸々の処理が可能となるのだ。

 また、宝珠を触れ合わせることで、ワーカー同士でパーティを組み依頼や魔物討伐の共有ができる。

 今回は買取依頼のため端末処理はないが、街を出るため魔物に遭遇する可能性がある。受付嬢の勧めに従い二人はパーティを組んでおいた。


 最後に、採取する薬草の情報を資料室で確認できることを説明。

 手続きが終わった二人が早速資料室へ向かうのを確認し、受付嬢はずっと発動していたそよ風の魔術を解除しつつ人を呼んだ。

 ぼんやりと、次に彼らが来るのが、自分が受付に居ない時でありますようにと願いながら。




 ギルドを出て、薬草採取のために街の外へ向かう。


「なんとしても、今日を生き抜く食事代を稼ぎますよ」

「あの、できれば私、夜間は建物内に泊まって欲しいですぅ」

「そんなっ、川原があるのになんて贅沢を!?」

『川原があるから何だって言うの、言うのだわ』


 周りに認知されずとも、ずっと鋼の肩に座っていた妖精が軽く頭を小突いた。

 と言うか、唯一存在を知覚できる鋼が、全然かまってくれない。実は結構寂しかったりするのだ。本人は認めないだろうけど。


「う、うぅ……」

『あんた、女の子に危険な野宿なんかさせるんじゃないわ!

 昼間みたいに、また人さらいにあったらどうすんのよ?』

「……むう」

「そっ、そうだ!

 でしたら、私が一人で、ご主人様と私が宿泊する、宿代を稼ぎますぅ!

 それならいいですよね、ねっ?」


 頭をぺしぺし叩く妖精と、必死で訴えるユニカの様子に、渋々と折れる鋼。

 渋々と、本当にしぶーい表情で。薬草の値段とか、妖精の教える食事や宿の一般的な値段とか聞きながら、なんとか胃痛を飲み込んで承諾する。

 心の中で、本日のノルマを設定しながら。


 その後も、行く手に他人が立ち塞がった気がした時点で逃げたり、尾行を感じたと言いだして走ったり、ギルドカードを提示したのに門番から疑わしげな顔をされたり、(食べられる)草の採取は達人ですとばかりに驚異的な集中力で目標の薬草のみを集めまくったり、採取した薬草を入れる袋がなくてユニの手荷物に無理やり詰め込んだり、最後の一つのパン様に土がついて鋼が膝をついて泣いたり大事そうに半分だけ二人で分けて食べたり、鋼が常食ですとばかりに薬草ではない別の草を食べたり、ユニカが鋼の勧めで草を食べさせられて涙目になったり、それなりに色々な事があって。

 無事に二人は初めての依頼を成し遂げ、ギルドに帰って労働の対価を受け取った。


「まさか、たったあれだけの仕事で今日と明日の糧を得られるとは……感動ですよ」

「あの、ご主人様ぁ?

 お話し覚えてますよね? 宿に泊まっていただけますよね……?」

「もちろんですよ」


 それほど苦くもない顔で、もちろんと約束は違えぬ鋼。

 鋼が思っていたよりも今日数時間の稼ぎがずっと多かったことが『お金を払って寝床を得る』という人生初・・・のブルジョワ行為に挑む鋼の心の平穏を支えていた。

 ユニカが、ギルドで提携している『女性の宿泊でも安心な』一番安い宿の紹介をしてもらい、現地へ向かう。

 宿の受付でもユニカが宿泊を申し込み、部屋割りについて上目づかいで鋼の意見を伺った。


「ん? もちろん、二人部屋でお願いしますよ。

 ああいえ、一人部屋に二人でも、馬小屋でも構いませんよ?」

「……馬小屋は、その、あんまり嬉しくないですぅ……」


 心は平穏であるが、それはそれ。馬小屋だって構わない。

 そんな鋼節はがねぶしが平常運転するが、ユニカのすがるような目と妖精の髪むしり攻撃を受けて二人部屋を了承する。

 たった一つの荷物であるユニカの包みを部屋に置いた二人は、すぐに一階で夕食を摂る事にした。

 ここでも鋼があまりのうまさに叫び、嬉しそうな宿の人間にやんわりと注意されたり鋼が拝みだしたり毎度のどたばたを繰り広げつつ。



 食事を終え、夜。ベッドが2つ並ぶだけの質素な部屋に、二人は居た。


「さて、少し話をしてもいいでしょうか?」


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