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他人の暮らしを知る方法

 辺りの人が減り、少し広くなった大通り。人の目を気にせず、気づかずに二人はゆっくりと歩く。

 初めてゆっくりと歩く街並みで、悠然と歩く鋼ときょろきょろと辺りを見ているユニカ。

 街への興味は異なれど、道の前方での光景が二人の目に入るのは当然だった。


 ちなみに、パンを渡したことについては、感情が抜け落ちた顔で許した。

 ユニカは、これっぽっちも許されたとは感じず、何でもしますからと泣きそうな顔ですがりついた。余計に人が居なくなった。


「お、お願いしまする、あと半月待って下さる!」

「うるせぇ、借りたもんを返さないならお前は犯罪者だ、期日の三日後までに全額払わねぇとお前達は借金奴隷だからな!」

「そんな!? 期限は二ヶ月って言ったじゃあるか!」

「はんっ、利子分の一部支払いは借金そのものの期日とは別って、契約書に書いてあるだろうが」

「そんなの読めぬゴブ!」

「ほら、てめぇのサインだってここにあるだろ!」

「そんな説明は一言もなかったじゃない、それに借りた金額より利子の方が多いなんておかしい!」

「おおっと、暴力を振るうか? それなら今この場で犯罪奴隷だな!

 利子についてもきっちり契約書に書いてある、お前たちは何をしようとも金を返さないといけねぇんだよ!」


 そこに居たのは、護衛に守られてにやにや笑う小太りの男と、それを囲む人間と少し変わった容姿の者達であった。


 一人は、がっしりした体躯、赤い肌に灰色の髪、短い二本角。背に槍と盾を背負ったオーガ族である。

 二人目は、弓を背負った緑の小人、ゴブリン族。身長は鋼の胸くらいだろうか、ちょっと顔がコミカルだ。

 三人目は青白い肌に手足を覆う鱗やヒレを持った魚人、マーマン族の女性である。杖を背負っているので、この中では魔術担当なのだろう。


 なお、この世界では女性のマーマン族をマーメイドとは呼ばない。マーメイドとは、女性のマーマンのメイドの事だ。間違ってはいけない。


「なんだか揉めてますねぇ、ご主人さ……ご主人様、どうしたのですかぁ!」

『他人の借金苦でダメージ負うとか、あんたメンタル弱すぎだわ』


 地に膝をついて荒い息をつく鋼。顔色も悪く、なぜそうなったのか分からないユニカは大いに慌てた。

 事情を理解している妖精からすれば、ため息の一つもつきたい状況である。


「い、いえ、ちょっと。この世界も、辛く苦しいものなのですね……と、思ってましたよ」


 世界?と疑問符を浮かべるユニカを流す。

 金貸しの護衛に追い払われた三人組は路上で途方に暮れる。周囲の人たちは、またかといった顔で関わらないように通り過ぎていった。


 鋼たちの知ることではないが、街人からすれば珍しい光景ではない。

 金貸しと、文字を読めない亜人や獣人とのトラブル。

 トラブルというか、詐欺行為というかは難しいところであるが。契約の公平性や契約者の義務などといった法律はない。


 これ以上この場で佇んでも何も解決しない。どこへ向かうのか、暗い顔で歩き去る三人組。

 その姿を、感情の見えない顔で、鋼は黙って見送るのだった。



 借金取りから逃れるために、異世界へ来たのに。

 生きる、ということと、ここでなら向き合えるかと思ったのに。


 命を狙われ、生きたいと叫ぶ少女。

 病に侵され、死に方を選ぶ少女。

 一方で、生きることに絶望し、俯いて明日に怯える者達。


 自分は。

 この世界で、自分は、どうなのだろうか?


 生きたいとも、絶望するとも思えず、どっちつかずで。

 己の心の向き先も分からず、流されるままに、あるいは逃げるように。先を促すユニカと共に、歩みを進めた。




 ギルド、という施設がある。

 一言で言えば仕事の斡旋所。もう一言で言えば『よくある』『定番の』冒険者ギルド、といったところか。

 数々の依頼を取扱い、ギルドに登録しているワーカーに仕事を割り振る。

 依頼の管理・仲介やワーカーの補助などを行うことで中間マージンを取って運営される、国に依らない組織だ。


 この世界の事を語るユニカに、何の伝手も立場も後ろ盾もなくお金を稼ぐ手段として紹介されたのがギルドであった。

 いかに赤貧の鋼とは言え、何も食べなければおそらく死ぬ。

 今日と明日ともう二日程度は宿からお持ち帰りしてきたパン(残り一つ)と草で食いつなげるだろうが、それだって余裕はないし、今はユニカも居るのだ。

 親切なパン屋さんもおらず、毎日のパンの耳も手に入らない。一食・・も早く、この世界での食生活を確立する必要性を感じていた。


―――確立すべきが食生活のみであり、住環境を一切考慮していないのが鋼の恐ろしさだ。

 が、それについてはユニカも妖精も今は気づいていない。幸いなことである。


 ともあれ、道なりに進んだ先にギルドが佇み。

 ユニカからの説明も一段落した午後。他に予定や宛てもなく、まだやりたい事も望みも分からない鋼は、とりあえずギルドの扉を押し開けた。



 午後の中途半端な時間帯であるからか、踏み入れたギルド内は思いの外静かだ。

 右手に大きなカウンターや掲示板、まばらに人が居る。上階への階段や扉があり、このフロア以外の奥にも何らかの施設か部屋がある様子。

 左手はどうやら食堂か酒場になっているようだ、卓に着き食事を摂る者達で静かに賑わっている。


 中に居た者達の視線が様々な感情を伴って集まる中、鋼は一番手近な所に居た一人の旅装束の男に声を掛けた。


「すみません、日雇いの仕事をしたい場合はどうしたら良いのでしょうか?」

「え、ああ……?

 えっと、あっちのカウンターで、聞いてくれ」

「分かりました、どうもありがとうございますよ」


 どうやら、まずカウンターに向かう、という常識さえ備わって居なかったらしい。

 世間知らずなりに丁寧なお辞儀を見せて、カウンターへ向かう鋼。


 あるいは、もしも身なりがもう少しまともであったなら、態度や言葉遣いから鋼の正体を高く見積もる者も現れたかもしれない。

 だが、衣服も靴も見るからにボロ、容姿も髪もどう見ても薄汚れ。なぜか背後には見たこともないほどの美少女がついて歩くという訳の分からない人物。

 鋼とユニカに意識を向けたワーカー達は、奇妙な二人の素性を計りかねていた。


 二人の素性を計りかねたのは、カウンターに座るギルドの受付嬢も同じであった。

 ユニカ一人であれば、ユーディアの術師か、あるいは深窓の令嬢が依頼をしに来たなど予想もできる。

 あるいは鋼一人であれば、落ちぶれたスラムの住民が、弁えずにギルドに仕事を求めてきたか。


 だが、この組み合わせはいったい何なのか。

 貴族の令嬢が、浮浪者を奴隷に冒険ごっこ?

 世間知らずなお嬢様が、浮浪者に騙されている?

 いずれにせよ、厄介事か面倒か、あるいは犯罪か。およそ、いい匂いはしない。

 そう思いながら、受付嬢は小声で魔術を行使すると自分の後方から来訪者の方へ向けて、こっそりとそよ風を発生させた。

 物理的にも、とてもいい匂いはしなかったのだ。だが鼻をつまむわけにはいかない、今こそ鍛え上げた魔術の腕前を発揮する時である。断じて、才能の無駄遣いではない。


「すみません、短期で日雇いの仕事をしたいのですが、どうすればよろしいでしょうか」

「ギルドへの来訪は初めてでしょうか?」

「はい」

「分かりました。

 そうなりますと、まずはギルドへ登録を行い、あちらの板に貼りだされている依頼から望むものを選んでこちらにお持ちください」

「登録……」


 確かに、カウンターのそばには掲示板があり、そこには紙が貼られている。

 あの紙の一枚一枚が依頼なのだろう。


「はい。

 登録には銀貨3枚が必要となりますが、もしお持ちでない場合は依頼完了後の後払いも可能です」

「二人で作業を行う場合は、二人とも登録が必要ですか?」

「採取物の納品であれば、物品をお納めいただくのみですので一名の登録でも報告可能です。

 ですが、継続して依頼を実施いただく予定であれば、作業に従事される全員の方が登録された方が討伐の共有やランクの昇級などがあるため良いかと思います」

「分かりました」


 ギルド員の簡単な説明に頷くと


「ユニカさん、お金を出して下さい」

「はい」


 薄汚い浮浪者が、楚々とした美少女にお金をせびる。

 手荷物から取り出されたのは、燦々と煌めく金色の硬貨。言わずと知れた、金貨だ。


 突然取り出された金貨に、辺りの気配がざわつき、受付嬢も一瞬だけ眉を顰める。

 世間知らずと悪人。この可能性が一挙に高まったと、面倒事の気配にため息だ。


「それではギルド登録をお願いします」

「……かしこまりました。

 それではお二人のカードを作成するために―――」

「あ、作るのはぼく一人でいいです」

「「え?」」


 カード作成の手続きを始める受付嬢とユニカ、鋼の前後から疑問の声が上がった。


「登録は一人だけでも大丈夫なんですよね?

 有料なのですから、ぼくだけが登録して報告すれば良いかと思いまして」

「そ、それはそうですが……」


―――まずい。

 ここでカード登録のために魔力情報を記録し、それを元に犯罪情報の確認や犯罪者予備軍の情報登録等を行うつもりだったのだ。

 なぜか犯罪者が登録を行い、被害者には登録をさせないだと?

 そんなことをして何の意味がある、どんな隠蔽になるというのだ。

 被害者だけに登録をさせ、自分は登録しないというならまだ分かるが―――


「ご主人様ぁ、だめですよそれじゃぁ。

 それでは逆です、登録とか報告とかの雑用なら私がするべきですぅ!」


 それはもっと駄目!

 否定するんだったら二人で登録することを提案してくれ、目の前の犯罪者の情報の方が重要なんだ。

 何としてもこの犯罪者の情報は登録しなければならない、被害者の情報はこの際なくてもいいから。

 最初の提案のままさっさと登録すれば良かった、被害者だけが登録するというのは非常にまずい、どうするどうしたら―――と思考の渦に囚われる受付嬢を後目に


「仕方ないですね。

 分かりました、では二名とも登録でお願いしますよ」


 鋼はあっさりと、受付嬢の願い通りの結論を出し。

 願いが叶った受付嬢は、しかし犯罪者当人に登録の為の策の検討をあっさりと叩き壊され、鋼の意図が図り切れず更なる思考の深みへ落ちていくのであった。

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