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平和な日常を得る方法

 さほど広いとは言えぬ、応接室。

 領主の眼前に腰を下ろすのは、一人のワーカー(俗にいう、冒険者のようなもの)と、ユーディアの奴隷だった。


 本来であれば、奴隷の身分で領主と同じ卓に着くなどありえない。

 それは分かっていたが、ワーカーにお願いしたのは護衛。

 面会のためにそのランクは利用させてくれたが、鋼を求めてここへ来たのはあくまでユニカなのだ。

 身分差を理解しつつも、たとえ命を賭すことになろうとも。

 ユニカの心が、引くわけにはいかなかった。


 隣で腰を下ろす同行者の様子を少し伺う。

 街中だからか、それともこれがフル装備なのか。女性の引き締まった身体を包む鎧は簡素なパーツのみ。

 肩に触れる艶やかな青髪、切れ長の瞳に泣きぼくろ。その横顔は、共にオークションに出された奴隷達と比べても引けを取らぬほどに美しい。

 細く引き締まった腕を伸ばし、甲に白い宝珠のはまった左手でカップを取り紅茶を口に含んだ。

 特に言葉はなく、されど礼節に問題となる態度もなく。ただ、余裕を笑みに刻む。


 そんな同行者の余裕を分けてもらって、心を締め直す。

 鋼を取り戻す、そのために。


 気合を入れ直し、しらばっくれる領主を相手に再度口を開こうとしたユニカを遮るようにノックの音が室内に響いた。

 ユニカ達への警戒を保ちつつ、領主の背後に居た執事がドアに歩み寄り開く。

 そこに居たのは、お嬢様とメイド、そして先ほど主が「居ない」と言った奴隷の如くみすぼらしい青年だった。



「失礼いたします、旦那様。

 お嬢様がお話したい事があるとのことで、お連れ致しました」

「ミルニャ! にゃぜこんにゃところに、にぇていにゃいとだめにゃ!」


 領主が叫んで立ち上がる。それを見て、ミルニャはメイドに言葉を告げた。


「お嬢様は、カシワ殿にもその奴隷にも、危害を加えないで欲しいとおっしゃられております」

「きさみゃぁっ!」


 ギルニャオの怒りが、ミルニャの斜め後ろに立つ鋼に向けられた。


「奴隷が私を訪ねてきたと伺ったのですが、部屋が分からなかったもので。

 たまたまお会いしたミルニャ様に事情をご説明し、こちらまでご案内いただいたのですよ」

「ぐ、ぐにゅにゅにゅにゅ……!」


 怒りの唸り声をあげるギルニャオを遮るように、ミルニャがか細い手を挙げた。

 椅子にもたれて、身体に力はなくぐったりとしているが、その瞳ははっきりとギルニャオに向けられている。


 かすかな、ともすればそよ風にも吹き散らされそうな声音に。

 残る命の火を灯し、精一杯の誇りと意志を込めてミルニャが叫ぶ。


「お父さみゃの、優しさは、分かっておりみゃすわ。

 それでも、ミルニャは、他の方を身代わりにしてまで、生きたくにゃいです……!」

「そっ、そんにゃ……!」


 必死で意思を告げたミルニャの言葉に、打ちのめされるように両手をつくギルニャオ。

 荒い息を吐きながら背もたれに深く沈みつつ、そんな父の姿にミルニャは必死で言葉を続ける。


「生きたい、と、願って、みゃすわ。

 けれど、誇りを、うさねこ族の誇りを、うしにゃってはにゃりみゃせん、お父さみゃ」

「う、くうう、だが、だが……!」

「私は、おにょれに恥じる生よりも、誇りを貫く死を選びみゃす」


 手をついたまま拳を握りしめ、目を逸らし。それでも認められないギルニャオ。

 ミルニャもまた、息苦しさに目を閉じた。黙り込む親子の姿に、続く言葉はメイドが引き受ける。


「そもそも、契約を終えたユーディアの角に、病を払う力はございません。

 秘めたる癒しの力はユニカ様ご自身の力となりましたが、その力を使いこなすには相当に魔物を狩りレベルを上げる必要があるでしょう。

 ここでお二人を捕らえても、お嬢様の病は治りません」

「……う、ううう、だが、だがにゃがはいは、にゃんとしても、にゃんと、にゃんとか―――!」


 頭で理解しながらも、心が拒絶する。

 毛深い両手で顔を覆って、どうすることもできずにただ声を漏らすギルニャオ。


「……猫がにゃんにゃん言いながら顔を洗ってるようにしか見えないですよ」

『あたしも似たようなこと思ったけど、流石にそれは黙ってた方がいいことだわ』


 命と誇りを賭けた親子の会話と鳴き声を聞きながら、鋼と妖精がこっそり会話を交わす。

 ようやく解放の目処が立ったからか、小声であっても口調に少しだけ安堵が含まれていた。



 しばらくすればミルニャの呼吸はだいぶ落ち着き、部屋の中には静かなギルニャオの鳴き声だけが響く。


「カシワ殿」


 そんな中で、メイドが傍らの鋼に対して控えめに尋ねた。


「なんでしょうか?」

「もし仮に、御二方に対してこれ以上の干渉は行わず、追っ手や刺客を向けたりしなければ、今回の事を他言無用に願えますか?」


 今回の件は、奴隷であろうと奴隷でなかろうと、明確な人さらい―――犯罪行為である。

 今後の不干渉を条件に水に流せというのは、いささか加害者に虫のいい話であったが。


「ええ、構いませんよ」

「……随分あっさりと許可されるのですね?」


 鋼は即答する。それに疑問を挟んだのは、尋ねたメイド自身であった。


 それはそうだろう。今回の件は明確な犯罪、ともすれば領主としても十分な汚点となる。

 しかも、ギルニャオ自身が反省したり謝っているわけでもなく、ただの仮定話でしかない。

 悪い言い方をすれば、現時点ではふっかけ放題なのだ。

 みすぼらしい身なりの割に生命力も思考力もある鋼の様子からすれば、無条件での了承など想定されていなかった。


「柏の掟 第一条『家族は何より大切にすべし』

 そして第二条『女性には出来るだけ優しくすべし』ですよ」

「え?」


 鋼はメイドの返事を無視し、自分を見上げるミルニャの方を向いて続けた。


「ギルニャオさんの行動を、許したわけではありませんよ。

 だけど、ミルニャさんを助けたい気持ちは理解しました」

「……」


 ミルニャが、自分を見つめる鋼の名前を、唇だけで呼ぶ。


「ぼくにも、病気の妹がいたんですよ」


 いた、という過去形の言葉。その言葉に、それぞれに鋼の事情を推測する。


『異世界で生きてるんだけど、今の言い方なら死んだようにしか聞こえないわよねぇ』


 妖精の突っ込みに、嘘はついてませんよと心の中で返す。

 残念ながら、妖精の声が周りに聞こえないだけで、テレパシーは使えない。注目されてる状態では、小声での返事も難しい。


 妖精にはささやかな目配せだけを投げつつ、ミルニャへ問う。


「それに、ミルニャさんは―――生きたいのですよね?」

「はい」


 かすれるような小声で、それでも自分の声で、鋼の問いに返事を返すミルニャ。

 生きたい。

 その意思を、声に、瞳に込めて。


「生きたいという意志と、自分の生き方に対する誇りは、とても好ましいと感じるのですよ」


 生きたい。

 ユニカと同じセリフで、けれどユニカとは異なる、自分の生き方に胸を張れるあり方を望む。

 それが鋼には、眩しくも尊くて。


「ですから、ぼくが実践できなかった掟を有するミルニャさんのために、先ほどの条件を飲みますよ」


 柏の掟 第九条『望みと誇りを共に有するべし』

 鋼が実践できていない、第九条の在り方。それを有するミルニャは、尊敬に値する存在だと思った。


 だから、ギルニャオさんが約束を守るならですけどね、と付け加えつつ。鋼は言葉を締めた。




 結局その後は、さしたる話もなく。

 鋼とユニカ、それにユニカと同行していたワーカーの三人は、具体的な約束もないまま館を出ることとなった。


「無事にご主人様を助け出せたようだし、これであたいの仕事は終わりだな」

「はい、ありがとうございましたぁ」


 ここまで付き合ってくれたワーカーに、ユニカが深々と頭を下げる。


「まあ今回は成り行きだったし、付き添いしただけだしいいってことだ。

 そこの主人も、奴隷に間違われるような服装してないで、もうちっとマシな恰好するようにな」

「お金に余裕がありませんので、今は難しいのですよ。

 余裕が出来ていい布が手に入ったら、そのうち新しい服を作るとしますよ」

「……自作かよ、無駄に器用だな。

 ま、いいや。あたいには関係ないし、適当に元気でやってくんな」


 軽く手を振ると、最後にそのワーカーは名前だけを名乗った。


「あたいの名はザーラ【震鉄】

 気に入った相手の依頼しか受けない偏屈ワーカーさ。縁があれば、またな」

「柏 鋼と申します。ありがとうございましたよ、お元気で良い日々を」

「ザーラ様、ありがとうございましたぁ!」



 ザーラが立ち去るのを見送った所で、鋼も歩き出した。当然ユニカも後に続くし、妖精は肩に乗ったままである。

 とりあえず、目的地はない。街中にある領主の館の近くなので人通りは多く、みすぼらしい男と絶世の美少女の姿に辺りの視線を色々ひきつけて歩く。


「なるほど。

 ぼくがさらわれた後、偶然通りかかったザーラさんが助けてくれたのですね」

「はい。それで事情とか色々ご説明しましてぇ、ご主人様のこともお話しましてぇ……」


 ちょっと言いよどむが、隠せることでもない。どうせすぐに分かってしまうのだから。


「すみませんご主人様ぁ!」

「え?」

「お宿の朝食で出たのをこっそり持ち出したお代わりのパン、一つ以外全部、依頼料としてザーラ様にお渡ししてしまいましたぁ!」


 ユニカの声が通りに響く。

 奴隷の如きみすぼらしい男に、持ち出したお代わりのパンを渡したことを謝る美少女。

 声を聞こえていたたくさんの通行人が、うわぁという顔でそそくさと離れて行った。


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