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プロローグ 商品は青い角の少女

 ユーディア族、またの名を煌角族。

 額の角に大いなる癒しの力を秘めた、稀少な種族である。

 その青い角は成人とともに煌めく光を放ち、定めた主と『契約』をかわす。

 そうして契約を結んだユーディアはその角の煌めきを失い、角に宿していた力を自らに宿して癒し手となるのだ。

 伝説となったかつての英雄たちの傍らに、ユーディア族の姿があったこともしばしばである。


 青い角から発する煌めきは、莫大な命の力が溢れ出たものであるとされる。

 事実、契約を果たし煌めきを失う前のユーディア族に、癒しの力を扱う力はなく、その身体能力も著しく低い。

 そして、その煌めきを失う前の角を、ユーディア族の頭から斬り落としてしまえば―――


「見目麗しい少女として侍らせるも良し。

 己に尽くす癒し手としてその力を求めるも良し。

 あるいは―――」


「その娘、確かに未契約のユーディアなのですね?」


「はい、左様でございます。

 この娘が、未契約のユーディアである、その事は私どもが神に誓って保証いたしましょう」


 客席の誰かから掛けられた疑問の声に、そちらに向け大きく頷く司会。

 彼は、自信と自負に満ちた笑顔で続ける。


「もしも万が一、不幸にも落札者様の力及ばず、未契約のままこの角が折れることあらばっ!


 その角をあらゆる病苦と呪いを打ち消す薬と残し、少女はその若い命を散らすこととなってしまうことでしょうっ!」


 伸ばした腕で顔を覆い、笑顔のまま大仰に泣き真似をする司会の言葉に、会場のあちこちから様々な息が漏れ。


 無表情に見えていた少女の表情がこわばり、その瞳が揺れた。

 嘆きに。不安に。恐怖に。

―――それらをまとめて、すなわち絶望に。




 駆け上がるように、金額が吊り上っていく。

 それぞれがどのような意図で入札しているのか、それは定かではない。

 参加者の姿はカーテンで仕切られ、互いに様子は伺えない。

 分かるのは、ただ少女の存在に付けられる金額が止まらない、それだけだ。


 未契約の、成人したユーディアの、角。

 司会の言う通り、千苦を払い万病を癒すそれは、死以外の全てを癒す力を持つと言われている。

 強大な癒しの力を秘めるユーディア、その未来と可能性の全てが煌めく角に秘められているのだ。

 その角に癒せぬ病はなく。

 それゆえ、奴隷となった未契約のユーディアの未来は、断たれるのだ。


 もちろん、法により主が奴隷を殺すことは禁じられている。

 だが、事故や力量不足による死亡に殺意の有無を判ずる術はない。法はあっても抜け道はいくらでもある状況であった。


 なお、斬り落とされた角は、二日も経てば煌めきが失われ秘めた力を失う。

 例え角目当ての落札であっても、角が必要となるその時までは生き長らえることはできるだろうが―――


 そんなもの、金額の上昇にあわせて瞳に絶望を積もらせる少女には何の救いにもならなかった。




 ボルテージとともに駆け昇る金額も、500を超えると動きがまばらとなる。

 これまでに一番高かった双子の少女の落札額が金貨140枚。現時点ですでに3倍以上であった。


 とは言え、未契約のユーディアの角の価値を考えれば、この程度はまだまだ想定内。

 記念入札的な冷やかしが脱落し、ここからがオークションの開始と言えるだろう。


 物の稀少性と効果を考えれば、相場などあって無きが如し。

 まだまだ金額は吊り上る。そう思えば、司会の人知れぬ笑みは止むことがなかった。



 あの少女を得て、己のものとする。

 その上で、王族などに危機があった時に、生きた少女を足元を見て売りつける。

 ある者は、そんな弱い志で金額を上乗せした。



 あれは、何があろうと、落札する。

 あの角は私のものだ、あれが残された最後の可能性なのだ!


 誰よりも強く、あの商品を求める男。

 想いを胸に提示された金額は、有象無象を斬り捨てる1000。この時点で、6年前に他国で取引された角の金額に並んだ。


 すでに多くの者達が、入札上限額に抵触していることだろう。

 苦しげに、それでも声を上げるのは三名まで絞られていた。




―――なぜ、私はここに立っているのだろうか?

 少女は、半ば現実逃避のようにこれまでの日々を振り返っていた。


 小さな集落の閉じた世界。

 何もない、変わり映えしない、退屈な平和。

 在りし日の、今思えば、最も幸せだった日々。


 それが失われた。

 両親との別れ。捕らわれて、奴隷……というよりも商品としての日々。


 優しく、親しくしてくれた仲間も居た。

 一方で、商品であるからと、待遇の良さに露骨に悪意を向けてくる者もいた。

 そんな時間が一年程続き―――


 今、この場所で。

 少女は、自分の命を奪いたい者達の争いを耳にしている。


 少女には、自分の命を奪おうとする相手の姿さえ、覆われたカーテンの向こうで見えない。

 目に入る人影は、傍らの司会と、会場内に何人かいる係員。

 それから、一人だけカーテンを開けたままでいる痩せ細った参加者だけであった。


 気付けば、瞳から、涙がこぼれていた。

 それでも、声はあげられない。

 立ち姿だけは乱さない。

 そうすることが正しいのかどうか、意地を張る方がいいのか張らない方がいいのか。

 何も分からないけれど―――


「……」


 少女は無言で、涙を流しながら、自分を見つめる瞳を見つめ返した。




 1500で、飛び交う声は止まった。

 それでも、司会は終了を宣言しない。言葉さえ発しない。信じているのだ、まだ吊り上ることを。

 やがて、ぽつりと1600があがり、すぐさま1700で上書きされた。


 もういいだろう、早く終われ、私は引かないのだ、終わってくれ。

 一刻も早く私にあの角をよこせ、早く帰って使わせろ、早く、早く!


 会場に、じりじりとした空気が満ちた。

 それは、熱気とも、怒りとも、不安とも違う、なんとも言えないもので。


 その空気の全てが、壇上に立つ『商品』へ向けられていた。


「さあさあさあ、見るも麗しきユーディア族の美少女!

 この美に! 力に! 可能性に!

 他にお声はありませぬか?」


 顔を歪めて涙を流し続ける少女を、満面の笑みで示し。

 司会はなおも、吊り上げを要求する。


 しばらくして、1900の声があがり。

 一拍おいて、2000の声が返された。


 男は、深い、深い溜息をついた。

 分かっていたことではある。

 分かっていたことではあるが―――腹立たしい。


 この声で、男もまた、上限額に達した。

 当然だ。男の懐を分かっていて、男が降りないことを知っていて、吊り上げられたのだから。

 憎い。

 憎いが、すがるしかない。

 真に憎むべき原因が分からぬ以上は、小悪党を憎んで足を踏み鳴らすことしかできなかった。

 そのことがまた、腹立たしく、憎い。


「2000!

 この会場でのオークションの歴史もけして短くはありませんが、歴代2位となる素晴らしい価値が飛び出しました!」


 入札した男も、入札された少女も、歪んだ顔をする中で。

 その間に立つ司会は、ただ一人満面の笑みである。


「いずれ劣らぬ名品ぞろい、これほどまでの商品に巡り合えた!

 その幸福をここに刻んで、これにて―――」


「すいませーん、ちょっといいでしょうか?」


 だが、その満面の笑みは、絶頂の囀りは遮られる。

 ただ一人、カーテンを閉じず、少女から顔を見られていた人物によって。


「へ?

 ああいえ、失礼しました。何でございましょうか?」

「その人の声を聞きたいんですが、聞けますか?」


 司会が悩んだのは、一瞬。

 自分たちはこれを薬と扱っているが、仮に他の奴隷であれば声を聞かせるなど些細なこと。声の良し悪しに拘る客というのも少ないわけではない。

 誇れる品を出している以上、商品の性能を知りたい参加者の要求には胸を張って答えねばなるまい。

 例えほぼ決したオークションとは言え、終了の宣言をし終わる前なのだから。


「ええ、もちろんでございます。

 私どもが扱う商品、お客様の疑問に全力で応じさせていただきましょう」


 司会の指示に従って、顔を隠した係員が姿を現し少女の手を取った。

 それから何事か―――声を求めた人物には分からなかったが、声を出せるよう制約条件の変更を行い、壁際に控える。


「そ―――」

「助けてっ、死にたくない……っ!」


 司会が何か言うのを遮り、声が戻った少女は涙をこぼしながら叫んだ。


 助けて、と。

 死にたくないと。


「ん、ぉっほん。失礼いたしました」


 そんな少女の叫びを、すぐさま壁際の係員が封じ込め。

 咳払い一つ、何事もなかったように司会は笑顔を浮かべる。


「お声について、今のでよろしいでしょうか?」

「ええ、十分です。ありがとうございましたよ」


 笑顔の司会と、もう掠れた声もあげられない泣き顔の少女に見つめられながら。

 質問をした人物―――薄汚い黒髪の青年は、小さく頷く。


「以上、他にございませんね?

 それではこれにて、この商品の―――」



「2001」



 壇上の『商品』の取引を終えようとする司会を遮り。


 壇上の『人物』に、ただ死にたくないと叫ぶ少女の命に、青年は最も高い価値を示した。


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