相手の理由を知る方法
囚われていた倉庫らしき場所は、どうやら屋敷の一番奥の部屋であったようだ。
ほぼ一本道の、綺麗な廊下を進む鋼と妖精。
『ここが屋敷みたいだわ。
あの二人は玄関か、応接間とかに向かったんでしょうね』
「話し声とか聞こえないし、適当に進んでみましょう」
『とりあえず、廊下沿いの部屋の中はあたしが覗いてあげるわ』
「お願いしますよ」
今現在の妖精の行動範囲は、鋼から約2メートル程度である。
その範囲内なら、壁も人も関係なく、自由に移動しすり抜け、何でも見聞きすることができる。
鋼と、どうやら床に類するもの以外、全てに阻まれぬ妖精の存在。
考え方によっては、鋼の『借金をする』とかいう訳分からない能力より、よほどチートであった。
壁沿い、廊下を歩く鋼。
鋼の傍らの壁をすり抜け、部屋の中をぶち抜くように進む妖精。
やがて、階段なり話し声なり、分かれ道や進むべき標を得るより先に―――
『鋼、鋼!』
「なんですか?」
『この部屋、変わった子がいるわ。
あのおっさんと同じ種族っぽいから、娘さんとかかも』
「なるほど、うさねこ族でしたね」
妖精の言葉に頷き―――
『ちょっとちょっと、何無視して素通りしてんのよ!』
「え?
いえ、別にあのギルニャオさんの家族が居ようと、あまり関係ないと思うんですよ」
『いやいやいや、ここに来てそれはないでしょ!?
ほら、娘がどうとか言ってたし!』
「うーん……そうですね。
わかりましたよ。妖精さんがせっかくそこまで言って下さるなら、確認するとしますよ」
弱みとか握れるかもしれませんし。とか、ほんのり物騒なことを呟く鋼。
それが聞こえたのかどうかは不明だが、妖精は安心したように鋼の肩に座り頭に寄り添った。
そこだけを見れば、なんともほのぼのとして微笑ましい。寄り添った男が、見るからに浮浪者で、人質になるでしょうかとか呟いていなければ。
『そんじゃ、室内突撃・れっつごー!』
「はいはい。お邪魔しますよ、っと」
ドアを軽くノックすると、中から返事があった。
挨拶とともに入室すれば、ベッドの傍らに立っていたメイドが厳しい視線を向けてくる。
「入室を許可した記憶はございませんが、どちら様でしょうか?」
「柏 鋼と申しますよ。はじめまして」
入口から奥へは進まず、丁寧に頭を下げる鋼。
衣服はボロで、腕や体は痩せ細り、顔も汚い。
どう見てもスラムの住人や物乞い。精一杯好意的に見ても、食い詰めて落ちぶれ過ぎたワーカー。
およそ、この屋敷に招かれるような者ではないし、お嬢様に会って良い身なりでもない。
「お引き取りを」
「やっぱり、招かれざる客って思われますよね。
当たり前の反応だと思いますよ」
後ろ暗さもなく、笑顔で頷く鋼に眉間の皺を深めるメイド。
二十歳過ぎ程と思われる赤髪の美女だが、刻まれた皺の深さを思えば、どうやら苦労は絶えない様子だ。
「さて、どうしましょうか。何も考えずにここに来たのですよね」
「あなたは何者ですか」
「ぼく?
不審者でも浮浪者でもいいと思うのですが……」
『それ、どっちもろくでもないわよ』
頭に寄り添っていた妖精が軽く耳を抓る。
―――いいことを考えた。
これ、姿の見えない妖精さんが耳を引っ張ったり頬を引っ張ったりすれば、なんかいい感じの大道芸になるんじゃないだろうか……!?
なんて脱線する思考を元に戻し。警戒を強めるメイドさんに笑って
「ギルニャオさんに誘拐された被害者、ですよ」
「……」
鋼の言葉を、信じたのか否か。
メイドが無言で懐から抜いた刃物を構え―――
ベッドから、小さな手が挙がった。
「お嬢様、無理はなさらないで下さい」
手にした刃物をしまったメイドが、屈んで顔を寄せる。
鋼の耳でも聞き取れないか細い声が、メイドに語りかけた。
「……わかりました。
カシワ殿。詳しい話を説明していただけますか?」
「いいですよ。
ただし、ぼくもお嬢様の状況を知りたいです。それを教えていただけますか?」
ベッドのお嬢様の許可が出たのだろう、頷くメイド。
鋼は簡潔に、自分がオークションでユニカを落札して契約した事、奴隷と間違われさらわれた事、今ユニカが来ているらしき事を伝えた。
「……そうですか。
旦那様は、お嬢様のためにユーディアの角を求めたのですね」
「はい。
だが、ユニカは人間ですよ」
角を求める意味を、知らなかったのだろう。
お嬢様の求める様子に、メイドがユーディア族の説明をする。それを聞いて
「いけませんお嬢様、起き上がってはなりません!」
鋼の耳に、辛うじて『寝てても一緒』と呟きが聞こえた。
結局はメイドに支えられつつ状態を起こしたのは
「三毛猫? 三毛兎?」
「……お嬢様は、誉高きうさねこ族です。そのような無礼な物言いは許しません」
きつい目で睨むメイドと、弱々しいお嬢様に向かってすみませんと軽く頭を下げた。
そう、身体を起こしたお嬢様は非常に弱々しい様子だった。
まだ小さくほっそりとした身体。少し垂れ気味の目にも力強さはなく、簡素な寝間着をメイドに支えられた様子もあって、非常に儚げに見える。
外向きに少しだけカールしたボブカット。茶色い髪の中、左右一房ずつ白とオレンジの髪が生えているようで、それぞれでまとめられていた。
三毛の長耳と猫ひげは父親そっくりだが、鼻は動物型ではなく人間型。
血の濃さか個人差か、人と大差ない顔付きのために正統派な獣耳娘である。鋼には獣属性も、そもそもそういう属性という知識も何もないことが残念でならない。
いずれにせよ、弱々しげに、それでも真っ直ぐに鋼を見つめるお嬢様の姿に。
地球に残し、女神に託したたった一人の肉親の姿を思い出さずには居られなかった。
鋼の胸中など知らず、お嬢様がわずかに顔を向け唇を震わせる。それを聞き取り、メイドが鋼に告げた。
「お嬢様の名はミルニャ=ファン=ダズレニア様。
この街の領主、ギルニャオ様のご息女にあらせられます」
「ギルニャオさんがユーディアの角を求めたということは、重い病気なのですね?」
「……はい。月火病と呼ばれる病です」
月火病とは遥か昔に根絶されたとされる病である。
発症するのも、極々一部の強大な魔力を持つ獣人のみ。
魔力と肉体が過剰反応し、月の満ち欠けに従い血が異常な熱を放ち身体を焼き尽くす呪いのような症状だ。
かつて開発された特効薬も存在するが、すでに根絶された病。ここと近隣の街の病院にはその薬が常備されていなかった。
メイドが説明を終えようとするのに対して、お嬢様、ミルニャが説明を加えるように促す。
「……病が発覚したのが二日前。明日が、満月です」
満月。
それは、つまり―――
『月火病にかかれば、満月の夜に、死ぬってことだわ』
メイドもミルニャも具体的に口にしなかったことを、傍らの妖精が鋼だけに静かな声で告げた。
「だから、時間がないと言ったのですね」
妖精に向けた鋼の呟きに、理解を察して頷くメイド。時間がないと言ったのはギルニャオだが、気持ちは同じだ。
状況は、ギルニャオの理由は分かった。
ミルニャは、今も自分の血が発する熱で、酷く苦しみ続けている。
病は、もはや最終段階。残された時間はあまりにも少ないのだ。
「お嬢様!?
いえ、しかし―――」
説明を終えたミルニャが、また何事かをメイドに願う。
短い押し問答の末、ミルニャの言葉にメイドが折れると、車いすを取り出した。
「カシワ殿。ミルニャ様も参りますので、今いらしているユーディアの方の下へご同行いただけますか?」
「はい、わかりましたよ」
ミルニャの容体は心配だが、同行してくれるならば非常に心強い。
車いすのミルニャと共に、鋼はユニカの下へ急ぎ歩き出した。