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奴隷をさらわせない方法

『どれ、奴隷と間違わ、まちが……ぶふぅっ』


 ごろつきにさらわれた鋼は、誰にも見えない妖精とともにギルニャオの屋敷に運び込まれた。

 そして袋から引きずり出され―――

 男の大絶叫と妖精の爆笑。両耳から叩きこまれる騒音によって、鋼の意識は覚醒する。


 水と、あわよくば住処の確保のために川原を歩き。

 ユニカを狙って現れたごろつきに囲まれて。

 逃げるよりも、やっちゃおうかと思い―――なんだ、頭が痛い。思い出すことを拒絶しているかのようだ。


『ふっ、ぶふふ、んぶははあは。

 あ、あんた、あんたの方が汚いから、あんたが奴隷と思われてさらわれたって、ふぶっふぅっ』


 笑いながらも途切れ途切れに説明してくれる妖精により、自分一人がさらわれた事を理解する。

 妖精については、誰からも見えず聞こえず触れらないが、鋼から一定以上離れることができないため一緒についてくることになったのだろう。

 残されたユニカがどうなっているかは、今は分からない。

……ついでに、鋼が覚醒していることに妖精が気づいているかどうかもよく分からない。お腹を抱えて転げているので。


『あんた、主人が、奴隷って、どんだけばっちいのよぶはああははっ……はふっ……

 っ、ふっ……んっ……』


 騒々しい馬鹿笑いをBGMに、足を踏み鳴らす音が軽快に響く。

 狭いらしい部屋の中で、笑いすぎて痙攣してるっぽい妖精を無視し。目を閉じたまま鋼はギルニャオの反応を待つ。


「ニャニャンダ! こにょ失態、どうするにゃ!」

『申し訳ございません、ギルニャオ様。

 予定は少し変わりますが、主人とまみえる機会を得た事は事実。まずはこの場を交渉の機会となさるのが良いかと』


 部屋の入口側より聞こえる、鋼に向けられた男達の声。

 その存在を感じながら、今起きたように目を開いた鋼は、ゆっくりと身体を起こした。


「ギルニャオ様、お気を付け下さい。気が付いているようです」

「ものすごい大声で叫ばれれば、さすがに起きるのですよ」


 背中側で簡単に両手を縛られ、両足も軽く縛られている。それでも、身を起こして床に座り、見上げるくらいの事は問題ない。


 鋼の前に立っていたのは、二人の人物だった。

 一人は結構な長身で、やけに目つきが鋭く口髭の濃い細身の男性。手にした鉈が凶悪にぎらりと輝いた。

 ニャニャンダと呼ばれた、執事らしき人物である。


 鉈を持ったニャニャンダは、肌色にこそ若干の違いがあれ、見るからに人間である。尻尾もなければ耳も顔の横に人間の耳がついているだけ。

 だが、


「……うさぎ?」

「失敬にゃ、にゃがはいは誉高きうさねこ族であるにゃ!」


 執事の隣に立っていたもう一人の人物が、鋼の呟きに怒りに満ちた声を返した。


 頭には、うさぎのように長い耳。ただし先端は三角に尖り皮膚が薄いようで、うさぎ耳というよりは引き延ばした猫耳という方が適切な表現だろう。

 顔には、左右にぴんとのびたねこひげ。

 前髪は人と同じだが、額は極めて狭い。茶色い髪の隙間から覗く瞳はうっすらと赤みがかり、獣と同じ鼻の先は黒く湿っている。

 なるほど、うさぎのようでもあり、ねこのようでもある。

 尻尾はねことうさぎのどちらに近いのだろうか? なかなか気になるところだ。


「どうやらぼくはさらわれてここに来たようですが、いったい何が目的なのでしょうか?」

「……まぁ、いいにゃ。

 お前、昨日にょオークションに侵入した侵入者で、ユーディアのつにょを落札した奴だにゃ?」

「オークションに侵入しましたし、ユーディア族のユニカを落札したということであれば、ぼくですよ」


 奴隷を狙うと聞いた時点で予測していた通り、目の前のうさねこ族はユニカの角を求めていたようだ。


「あれは万病の薬にゃ。たかが奴隷にゃんかじゃにゃい、命の可能性にゃ!」

「可能性、か」


 可能性。

 鋼の扱う、可能性の力。未来の可能性を前借する力。

 鋼を差し置いて、その奴隷のユニカが可能性の象徴の如く扱われるとは。鋼自身は気にせぬとは言え、皮肉なものである。


「そうにゃ!

 お前が落札したにゃら話は早いにゃ。

 金貨2100枚出すから、にゃがはいにユーディアのつにょを譲るにゃ!」

「……あなたの語るユーディアのユニカは、今どうしてますか?」

「知らんにゃ!

 だが、ユーディアを譲らにゃいなら、お前の未来は保障できにゃいにゃ!」

『夕べはお楽しみで、契約しちゃってるのよね。

 あんた、どうすんの?』


 床に座った鋼と、立ったギルニャオの視線がぶつかる。

 その間に平然と割り込んで、鋼の顔の前に浮いた妖精が問いかけた。


 ちょっと近すぎる妖精に一度だけ視線を向けつつ。目の前のギルニャオに意識を向け、考える。


 ここで必要な結果、クリア目標は何か。

―――無事に、この屋敷を脱出すること。そして、今後の鋼とユニカに手出しをされないこと。

 現在は、妖精は居るが、一人きりの状態。両手足が縛られている。

 狭い小部屋。ギルニャオはともかく、執事か護衛のニャニャンダがいる。正面突破は未知数。


 鋼の頭が回転していく。生きることを求めて、ただひたすら回転を速めていく。


 生きるために、逃げる。では、逃げるためにはどうするか。状況は。使えるものは。

 一瞬で生きるための考えをまとめた鋼は、進むことに決めた。


「ユニカは、角ではなく、人間ですよ。

 ぼくは一人の人間としてユニカを求めました」

「……にゃんだと」

「ぼくはユニカと、契約しましたよ」


「!!」


 うさ耳の背後に雷鳴が閃き、一歩引き白目を向いて大口を開くギルニャオ。

 横のニャニャンダもわずかに目を見開いている。


「ぼくには彼女が必要で、ともに生きて行きたいと思っているのですよ。

 角ではない、ユーディア族としての彼女と、ずっと」

『言ってる事は王道なのに、どうしてこれで色気がないのかしらね……』


 妖精が場違いになんかぼやいているが、それは無視。


「にゃっ……馬鹿にゃ、馬鹿にゃ! にゃんにゃんにゃ!

 2100枚にゃぞ? 奴隷に支払うようにゃ金額じゃにゃいにゃ!」

「すみません、ぼく田舎者でして……あまり価値が分かっていないんですよ」

「分かるとか分からにゃいとか、そういうレベルじゃにゃいにゃ!

 そもそも価値も分からずに用立てできるようにゃ額じゃにゃいにゃ!」

「それは……しゃ、しゃ……」


 しゃっき


 鋼 は 心 に 738 のダメージを受けた !!


「一時的に、用意、しました」

「まさか、借金して、買ったということにゃんて……」


 鋼 は 心 に 62055 のダメージを受けた !!


 オブラートに包んだ鋼の努力を、文字通り紙を引き裂くように無視し。

 ギルニャオが、意図せず鋼を深く傷つける。

 鋼、青い顔で息が荒い。妖精にそっと背中を撫でられながら、必死で言葉を続ける。


「そ、そういうわけで、なので、はぁ、くっ……

 ユニカは、もう、契約しているっ、ので…薬には、ならない、ですよ……ぜぇ、はぁ」

「……そんにゃわけがにゃいにゃ! それでは娘はどうにゃるにゃ!

 契約しているかどうか、まずは確認するにゃ。ニャニャンダ!」

「お待ちを、ギルニャオ様。下の者が一名来たようでございます」


 そう言うとニャニャンダは、ギルニャオを伴って部屋を出た。

 どうやら廊下で他の使用人と話すようだ。


『あ、ちょっとあたし聞いてくるわ!』

「お願いしますよ」


 まだ顔色の悪い鋼に少しだけ心配そうな顔をした後、妖精が鋼の傍を離れて扉をくぐり抜ける。

 誰にも見えず聞こえず、触れられず。

 鋼から一定以上離れられないという制約はあるものの、近くで起こっていることに対しては最強のスパイであった。




『ただいま~!

 ユニカが、強いワーカーと一緒に、ここに来ているみたいだわ』

「ワーカー、ですか?」

『ああ、ワーカーってのは何でも屋のことよ。冒険者と言ってもいいわ。

 A級とか言ってたから、凄腕だわね。あんたを探すために雇ったのかしら?』

「そうかもしれませんね。

 この屋敷の二人はどうしました?」

『二人とも訪問者の対応のために向かったわね。

 扉の前、今は無人だわ!』

「それは、とても無用心だと思いますよ」

『本当ね。とても無用心だと思うわ』


 二人で顔をあわせて、少し悪い笑みを浮かべると。

 鋼は、事も無げに手足を縛る紐を解いて立ち上がった。


「この程度の束縛、しゃっ……奴らのやり口に比べれば」

『平然と縄抜けとか、あんたが比較した奴らのこととか、あれこれ気になるけど気にしないことにしといてあげるわ。

 さ、行きましょ行きましょ!』


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