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ごろつきが鋼に勝つ方法

「随分と手こずらせてくれたな」

「まだ走っただけで、何もしていませんよ」


 四方を囲むごろつき。そのリーダー格とおぼしき、あにきと呼ばれた男の前に立つ鋼。

 口調は穏やかで、米袋―――もとい、ユニカを担いで走ったわりにさほど疲労の色は見えない。

 一人ならば、あるいはこれが昨日まで住んでいた街中ならば。いくらでも逃げようはあるのだが、と小さく考える。


「うるせえ、さっさと女神を渡しやがれ!」

「あにき、奴隷を連れていくんですからね? 依頼内容忘れて失敗しましたとか、もういやですからね?」

「うるせえ!

 お前らが奴隷を連れていけばいいだろうが!」


 先程も言っていたが、こいつらの目的は奴隷―――ユニカの身柄らしい。

 女神というのは……頭の上の妖精のことだろうか? 確かに鋼をこちらの世界に寄越した女神に似ているが、鋼以外の人間には見えないと聞いていたのだが。

 と言うか、オークション会場の人達やユニカには明らかに見えていない様子だった。もしかしたら魔力とか特別な力があるのかもしれないな。


 まったく見当違いに、そんなことを考えて。少しだけ、敵への警戒を強める。


「大人しく従うならよし、従わないなら痛い目見てもらうぜ」

「もちろん、お断りしますよ」


 子分の二人が、懐からナイフを取り出す。

 いよいよ、洒落では済まなくなってきたようだ。


「ユニカさんには、これからずっとぼくを癒していただかなければならないのですよ」

「いやらしてもらうだとぉぉっ!?」


 あにき、顔真っ赤。


「なんと羨まけしからん、生かしちゃおけねぇ!」

「あにき、殺したら駄目ですから、駄目ですからね!」


 わたわたとうるさいサモを殴って黙らせ。

 あにきがちらちらと水風船(ユニカ)を見つつ、上ずった声で怒鳴る。


 ああああの胸でいやらしてもらうなんてそんなそんなすげええぇ。


「お前をぶちのめして水風船(女神)を救い出す、覚悟しやがれ!」


 もはや互いに、これ以上語る言葉はなし。あにきの腕に、鋼のつま先に力がこもり―――


「やっ、やめて下さいぃ!」


 しかし開戦を止めたのは、奴隷で女神で水風船な少女の悲痛な叫びであった。



「なんで私を追い回すんですぅ、どうして私とご主人様に酷いことをしようとするんですかぁ?」

「えっ……い、いや、その」


 突然の糾弾に言い淀むあにきに向けて。

 ユニカは鋼の前へと、一歩を踏み出す。鋼を守るかのように。


「ご主人様は素晴らしい方なんですぅ!

 私を、一人の人間として助けて下さったんですぅ」


 確かに、ユニカの命を救ったのは間違いないのだろう。

 鋼自身、このままではユニカが死ぬと思ったからこそ、助けたのだから。


 だが、ユニカ本人の口から言われると、また違った気持ちが


金貨2100枚という(・・・・・・・・・・)莫大な借金をして(・・・・・・・・)、私を助けて下さったんですぅっ!」



 空気が、凍った。

 主に、鋼の空気が。


 あにきと愉快なごろつき達の表情とかも、ついでに固まった。



「借金ですよ、借金ぅ!

 出会ってさえいない、見ず知らずの私のためにぃ!」


 必死に訴えるユニカの瞳から、一筋の涙がこぼれた。

 その姿に、その声音に、その内容に。皆、言葉もない。口を開けない。


 否。一人だけ、ユニカの想いに気圧されず、小さな声を発するものがあった。


「しゃっ、しゃっき……ぁあ、ああぁああああ」

『ちょっと、あんた大丈夫? しっかりしなさいよ!』


 一人ではなく二人でしたが。ユニカの言葉に胸を抉られた鋼が地に倒れ、周りから見えない妖精が必死に声を掛ける。


 頭をかきながらうずくまった鋼を背景に背負ったユニカは、美しい声を上げ続けた。


「助けてって言ったからって、助けて下さったんです、莫大な借金をしてぇ!」

「ぐぶふぅっ」


 周囲のごろつきからは蹲る鋼が見えていたが、熱の入ったユニカには鋼の様子に気付くそぶりはない。


「莫大な、莫大な……ひいい、くる、やつらがくる、やつらが」

『しっかりして、借金取りは来ないから! あたしが居るから大丈夫だから』


「金貨2100枚、2100枚の借金ですぅっ。

 私のために、私を助けるためにぃ!」


「しゃっ、しゃっ―――!

 しゃっき、いいいいいいい!」



 その叫びを断末魔に。

 鋼は沈黙し、ぴくりとも動かなくなった。


『は、はがねぇぇっ!』


 後方から歩み寄ったごろつき3号(仮)が、一度ナイフの先端で突っついて動かないことを確認してから、薄汚い男を米袋のように肩に担いだ。


「よいしょ、っと」

「……え? えっ?」


 振り向いたユニカが、なぜ鋼が意識を失ってるのか分からず困惑する。


「あにき、確保したぜ!」

「お、おう!

 あれだ、そういやぁ奴隷の確保をするんだったな! でかした!」


 あにきの元に、わらわらと集合するごろつき達。


「ま、待って下さいぃ!

 ご主人様に酷いことしないで、やめて下さいぃ!」

「よっしゃお前ら、三人でそいつを運んでこい!」

「あにきは?」

「おっ、俺は……

 な、何でもいいだろ、邪魔するんじゃねーよ!」


 ばしっと殴られるごろつき2号ことサモ。

 女神がどうとか恋路がどうとかぶつぶつ呟く気持ち悪い姿に引きつつ、真面目な3号は2人の仲間を促して指示通りに行動に移った。

 3人のごろつきと意識のない鋼が居なくなれば、後に残されるのは2人だけ。


「まっ、待ってぇ!」

「おっと女神様、あなたにはすいやせんがここは通せない。

 あなたはこれから、お、俺が」

「いやぁ、離してぇ!

 ご主人様を返して、返してぇ!」



 絶望していた。

 夢を見ても、叶わぬことを理解していた。

 諦めていた。


 助けられた。

 理解できなかった。


 角を斬らないと言われた。

 ただただ泣いた。


 助けて欲しい、と言われた。

 先が続くんだということを理解した。


 契約を行った。

 朧気に、ほんの微かに。

 胸に灯った暖かい何かが、心の先を照らすようで。


 寝顔を見つめて。

 夜の中、感じた。

 言葉の意味を、考えた。

 明日を、現実に来るものとして、夢に見た。


 どれほどたくさんのものを与えられたのか。

 どれほどたくさんの感情を与えられたのか。

 どれほどたくさんの未来を与えられたのか。

 寝顔を見つめて、涙をこぼしながら、ただその頬に触れて。



 鋼を。

 鋼と。

 まだ見ぬ、未来を―――



「なんだか知らねぇが、偉い人の依頼なんだ。

 たかが奴隷くらい諦めな、お、俺が」

「違う、違うっ!

 私は、私はまだ、あの人に、ご主人様にぃっ」



 鋼をさらった三人の姿は、すでにない。

 ユニカを助けた人は。

 ユニカと契約した主は。


 鋼は、もう、いない。


「ええい、俺の話を聞け、俺のもんになりやがれよ!」

「いや、いやぁ、ご主人様ぁっ!」

「くそ、おい聞けよ、ちくしょう!」


 必死で暴れるユニカの細腕に、力を込めて。

 その華奢で美しい肢体を、地面に押さえつける。


「いやぁ、離して、ご主人様がぁっ!」


 また、失うのか。

 救われたと思ったのに、未来を得たと感じたのに。

 これからなのに。


 まだ、お礼さえ、言っていないのに―――!


「ええい、黙れぇっ!」


 赤い顔で、男が乱暴に少女の頬を殴る。


 鈍い音に、口の端から血を垂らし。それでも、少女は叫ぶことをやめない。

 鋼を、諦めない。



 だから男もまた、止める機会を失い。

 己の膂力を持って、さらなる蛮行へとエスカレートしていく。



 少女を黙らせるためだと、己に偽りの建前を与えて。

 美しい肢体を包む衣服に、手をかけて。


 鋼も、他のごろつきも居なくなった川原に。

 甲高い、悲鳴が響く―――


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