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街で住処を得る方法

 お茶会の後は、まさに一瞬であった。


 いつの間にか妖精が大の字で眠るベッド。

 その妖精を取ろうとベッドの上に鋼が上がった瞬間。


「な、なんですよこのふかふかとしたものは!」

「ご主人様、ベッドがどうかされ―――」

「Zzzz……」

「もう寝てるぅっ!?」


 ベッドの上に乗っかり掛布団の表面に触れたはずが、瞬きする間もなく突っ伏して寝ていた鋼。

 どうやっても起きず、結局入浴もせぬままに朝まで深く深くぐっすりであった。


 手を取り足を取り


 鋼が寝ている間にユニカがなにをしていたのかは、誰も知らない。角とか。




 明けて、遅い翌朝。

 ベッドの魔力に囚われまくりの鋼を何とかひきはがし、朝食。

 パンをお代わり自由と知ってしまった鋼は


「こ、このパンをこっそり持ち出せば、今日の夕食が手に入るのですよ……!」

「あのあの、ご主人様ぁ?」

「ぐああっ、まままさか、二つ持ち出せば夢の一日三食っ!?

 だがそうすると明日の分が、はっ明日の分も持ち出せばこのおいしいパンが今日も明日も。

 いやしかしそんなことをして奴らが追ってきては、くうぅどうすれば、どうすればいいんですよ!」


『お金稼いで、毎日パンぐらい食べられるようになりなさいよ。

 と言うかあんた、ユニカの分のご飯も用意しないといけないんだからね?』


 ぶつぶつと苦悩する鋼の脳天に振り下ろされる、妖精の1×0tハンマー。

 正気に戻りつつ、しかし再び悩みの渦に落ち込んでいく。


 この主、大丈夫なんだろうか、人として。

 ユニカがそんな不安に駆られたかどうかは、本人のみぞ知ることであった。




 結局パンは、ユニカの洋服が入った包み(これも高額オークションの附属品である。普段着と下着、オークション時のドレスなどが入っている)に隠した。

 つまり、お代わり自由をいいことに、こっそり持ち帰ることにした。

 鋼、行動が厚かましいおばさんである。生きることは、綺麗ごとでは済まないのだ。

 ついでに部屋にも、滞在可能時間のぎりぎりいっぱい昼まで居て、胃がパンパンになるまでパンを食べ続けていた。




 そんなわけで。

 美少女との嬉し恥ずかし一晩は、これっぽっちも美しくも恋しくもなく。

 悲痛と喜劇と食欲と、ユニカの今後の生活レベルに多大な不安を残して終わった。


 なんでこんなことになってるんだろうと、ユニカと妖精がため息。

 姿が見えない相手と、偶然ながら心が通じ合った瞬間であった。ボロ着た男と異なって、美しきかな女の友情。




 異世界の街。

 女神の、ちょっぴり胡散臭いアンケートに答えた連中が思い浮かべるような、中世ヨーロッパの如き街並み。

 現代日本と比べるべくもない衛生状況や清掃状況。大通りを外れて路地を進めば、汚物やら薄汚れた浮浪者やらが物陰にあり、ただ美しいだけとは言えない世界である。

 宿を出て、微かに街に漂う悪臭に迎えられた二人は、特に顔を顰めることもなく道を歩き出した。


「さて、と。これからのことですが」

「はいっ。ご主人様、どうなさいますかぁ?」

「まず、川を探しますよ」


 川? と疑問符を浮かべる美少女と妖精。

 それを気にかけず、水の匂いを頼りに川があると思しき方向へ、少しだけよたよたと歩き出す鋼。

 ささやかとは言え悪臭の漂う中、嗅覚を頼りに何かを探すとかおよそ現代日本人とは思えない。


「水は大事なのですよ?

 水と草があれば、生きられます」

「あの、ご主人様ぁ?

 私、できれば、その……」

「はい、大丈夫ですよ。

 ちゃんとぼくが、ユニカさんの分の食事もご用意しますからね」


『川の水と草以外でお願いします』とユニカの顔に書いてあったが、前を歩く鋼には全く通じていない。


『駄目よ、あいつにははっきりがつんと言ってやらないと』


 見かねて妖精が声をかけるも、その声はユニカに届かない。

 三者三様、前途も三様であった。



 無事に川に辿り着いた鋼は、まずは川の水を口にする。


 味。鋼基準で、十分に飲めるレベル。紅茶よりは悪い。あの紅茶はおいしかったですよ。

 混ざりもの。砂や泥はそれほど混ざっていない。それなりに澄んでいるし、それなりに透明。

 毒物。感じない。少なくとも、鋼に影響が出るレベルでは入っていない。


 そもそも口に含んで毒の有無を判断できる能力というのは、現代日本で身に付けられるものなのだろうか。

 いかに母親の英才教育が凄まじかったか、その一端が知れるというものである。

 もしくは、借金取りとの戦いを想定しているのに、毒物まで学習内容に含めている柏家のやり過ぎ度合いを問うべきか。


 あと、胃袋にパンパンに詰まったパンが水を吸って膨らんでちょっと辛い。食い過ぎで苦しい、これが幸せというものか。


「ここの水は、十分にお腹を壊さず飲める範囲です。

 これで、この世界でも生きられそうですよ」


 水の確認を終え、川原の草を見ながら頷く鋼。

 その後ろで並んだユニカと妖精は、顔が引きつっていた。


 そんな二人の様子に気づかず、鋼による生活基盤の構築は続く。


「次は、寝床を探さないといけませんよ」

「ご主人様ぁ、それってひょっとして……」

「どこか先住の方のおられない橋の下が空いているといいのですよ」


 思えば、橋の下なり線路の下なり、元の世界では非常に倍率が高かった。

 一つ所に留まり続ける人も、絶えず住処を変える人も居て。

 鋼もまた、借金取りに追われつつ、転々と


 そんなことはいい。もう、借金取りから逃れたのだから。そのために異世界へ来たのだから。

 あ、それと妹のためですよ。というか一番の理由が妹のためですよ。ちゃんと覚えてるのですよ。



 そんな風に自分に説明しつつ、いくつかの橋を確認していく中で。

 鋼とユニカの行く手を塞ぐように、少しみすぼらしい風体の男たちが立ち塞がったのだった。


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