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プロローグ 奴隷をさらってくる方法

 転移早々に能力も使い切り、常識知らずの貧乏主人と可愛い奴隷の二人きり。


 第二条、スタートです。


 分厚いカーテンの引かれた部屋に、外からの陽射しは入らない。

 それでも、すでに日は昇っている時間であり、世界は朝を過ぎて昼へと向かっているはずだ。

 時間は絶え間なく流れ続ける。目を背けても、それは変わらないのだ。


 時間が過ぎるということは、砂粒が落ちるということ。

 けして止まらぬ砂時計。

 零れ落ちる砂は、残り時間であり、すなわち―――命。


 そう、命だ。

 零れ落ちる命の雫、その残りはいかばかりか。

 募る。不安が、苛立ちが、恐怖が。

 あたかも、流れ落ちた命の砂が、感情へと性質いろを変えたかの如く。

 命は減り、感情は降り積もる。逆らうことなく、止まることなく。静かに、静かに。



 床を踏み鳴らす音は、実に規則正しく部屋に響く。

 朝、気が付いた時には鳴っていて。それから一度も途切れていない。

 すでに昨日一日で、右足は腫れあがり使い物にならなくなった。杖がなければ歩くこともできないほどである。

 だがそれでも、足は止まらない。

 なんとか踏み鳴らす足を右から左へ変える、それが精いっぱいの抵抗であった。


 いっそ、こんな足など千切れてしまえば。

 そんなことを考えても、何も意味がない。

 足が千切れた所で、何一つ好転しないのだ。

 精々、この部屋が多少の静けさに包まれる、その程度だろう。



 じっとりと、時間が過ぎる。

 考えられる手は打った。

 必要な薬を探す。対応できる人を探す。そして―――


 思考を遮るのは、唐突なノック。

 現れた執事が届けたのは、第三の手立ての成果。

 すなわち、奴隷を確保した、という報せだ。


 喜色満面で立ち上がり、駆けだそうとして右足が動かず転倒する。

 だが構わない。執事に助け起こされつつ、改めて杖を手に歩き出す。


 ああ、足を千切らなくて良かった。

 今こうして、奴隷の元へ向かえるのだから。



 逸る気持ちを紛らわすため、道すがらに確保までの状況を聞く。

 対象とその主は、昨日のオークション後から今日の昼前まではサービスの宿から一歩も出なかった。

 昼前に宿を出た二人は、大通りから外れて郊外、川の方へ向かったという。

 そこで町のごろつき達に確保のための指示を出し、追跡。

 なぜか人気ひとけのない川沿いや橋をうろうろしていたところを襲撃し、確保。

 確保後は袋詰めにして手配された馬車に乗せ、この屋敷まで運んだとのことであった。


 昨日、あのオークションが終わってから今まで。

 いったい、何度、何百度、足を踏み鳴らしたか分からない。

 だが、その苦労もこれで報われる。

 別に足を踏み鳴らしたから叶ったわけではないが、これで娘は助かるのだ。

 一瞬だけ過ぎった不安を腫れあがった右足で踏みつぶし、確保した奴隷の元へと急いだ。



―――契約なんか、しているはずがない。

 価格を考えろ。金貨2000枚、いや2100枚だぞ?

 およそ奴隷の価格ではない。間違いなく、死以外の全てを癒す薬としての価格だ。

 そんな金額、この自分でさえすぐさま払うことは出来ないのだから。



 辿り着いたのは、普段使われていない古い倉庫であった。

 週に一度は掃除をしているため埃が積もっているということはないが、日常的に訪れる者はいない。

 隠れて作業を行うにはちょうどいい場所だろう。場合によっては―――否、必ず血なまぐさいことになるのだし。


 目の前に置かれた、大きな麻袋。

 人間一人が丸ごと入ったくらいの大きさのそれは、動きも音もなく静かに横たわっている。


 小さな鉈を手にした執事に目線をやれば、頷き一つで袋に手を掛けた。

 あの鉈で、角を斬り落とすのだ。

 そうして、娘を助けるのだ!


 震える身体を押さえ、袋の口を開くのを見守る。

 突き出された足を掴み、一気に中の人物が引きずり出される!



 重力に引かれて、逆さに垂れる黒い前髪。

 薄暗い部屋にあっても分かる、汚れた黒い肌。

 ボロきれを纏った、枯れ木のような腕と身体。


 薄汚い姿は、なるほど奴隷、いかにもであり。



「にゃ―――


 にゃんにゃんにゃぁぁぁっ!?」



 袋から現れた青年・・の姿を見た男は、驚愕の雄叫びを上げた。


「ばっ―――ばかな、なぜだ?」

「にゃんにゃ、にゃんにゃんにゃ!」

「はっ、すぐに確認して参ります!」


 激昂する主に頭を下げ音も立てず退室する執事。

 全く意味が分からない。なぜ、奴隷ではなく主人の方を捕まえてきたのか?

 別室で待たせていたごろつき共の元へ、怒りの形相で駆けた。



 主と、麻袋から引っ張り出した青年が床に転がる部屋。

 その部屋で一人高速で足を踏み鳴らす主のもとへ、程なく執事が戻る。


「ギルニャオ様」


 無言で主から向けられた目線に、殊更表情を消したまま重い口を開く。


「実行者が、主と奴隷の関係を間違えて捕らえました模様です」

「にゃんにゃと!?」


 無表情さの中に、隠しきれない苦々しさを堪えて告げる。


「黒髪の青年と、白髪で角の生えた少女の二人組。

 奴隷オークション後に宿泊した宿を出た後、人目に付かぬよう奴隷・・をさらって連れてこい。


―――見目麗しいユーディアが主人で、痩せこけて薄汚い人間が奴隷であると誤認した模様でした」


「あ、あ、あ―――


 あほにゃぁぁぁぁっ!!」


 ギルニャオと呼ばれた男は、顔がひっくり返るのではないかと言うほど大口を開け、天に轟けとばかりに絶叫した―――


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