少女と契約する方法は穴を刺されること
「……はい?」
ユーディアの少女の語る、契約の方法。
「ですからぁ、ご主人様の、穴を……
その、刺す……んですぅ、私の角で」
頬を赤く染めて。
角を青く光らせた美少女は、上目づかいで黒髪の青年をちらちら見つつ、恥ずかしそうに呟いた。
穴?
穴。OK、穴だ。
穴がないと、角を刺したら、血が出るからな。穴は必要だろう。
刺す。
刺したら、血が出るよな?
刺しても大丈夫なように穴があるから、いいんだ。OK、刺せる。
穴を、刺す。
「はああああっ!?」
『ぶふっ!!』
広く豪華な部屋の中に、青年の絶叫と、妖精の堪えきれない笑いが響く。
もっとも少女に聞こえたのは青年の絶叫だけだったのだが。
今更ながら、現状。
この部屋はオークションを行った総合会場の隣、街で一番大きく高価な宿の一室である。
奴隷オークションの高額落札者に提供されるサービスにより、青年と少女は一晩この部屋を与えられていた。
話し合うもよし、上下関係を教え込むもよし、もちろん合意の上で一方的に愛するもよし。
何も知らぬまま外に出て問題が起きないよう、準備としての時間という意味合いでもあった。
販売品に付されたサービスなので、この部屋の宿代も、朝晩の食事も全て無償である。
であるのだが、青年は生来の貧乏性か極貧生活ゆえか、無料であることを信じていなかった。
このような広く美しい部屋が、無料で借りられる。絶対、罠であると信じて疑わなかった。
貧乏人を通り越して、もはや人間不信である。
あるいは、自分が少女に支払った、金貨2100枚という大金。その価値を理解してないがゆえの不信なのかもしれない。
もしかしたら、元の世界の通貨の2100円ぐらいだと思っているのではないだろうか?
流石に、それはないと思いたいが。
そんな部屋の片隅で。少しでも部屋を汚さず、清掃代を要求されぬよう片隅で。
契約の方法を聞いて固まった青年を見上げたまま、妖精は床に落ちて笑い転げていた。
穴を、刺す。
穴って、どの穴のことだ?
耳の穴? 脳みそ貫いて死ぬと思う。
鼻の穴? 耳より酷い。
口…穴? 喉に届かなければいけるか? いや、あの角の長さなら届く、喉を貫くから駄目だ。
あとは―――
思考が、自分の身体への意識が、順々に下がっていき。
身体に、空いた、穴。
……
「―――いや、そんな契約無理でしょ!?」
『あははははっ!!』
「そんなっ!?
ご主人様契約してくれるって、でないと私、わたしぃ……殺され……」
顔を引きつらせた青年に、悲壮な表情ですがりつく少女。
もはや少女の中では、今ここで契約をしないと言う事は、角を斬り落とされて殺される事と同義となっていた。
それだけに、自分が生きるために、必死で青年に訴える少女。顔をひきつらせ、お尻をきゅっと引き締めた青年に。
なんというか、世界観が違う。喜劇と悲劇の住人が同時に壇上にあるような、そんなちぐはぐさがあった。
喜劇の住人にとっては、喜劇なりに、笑いごとではなかったんだけれど。傍らの床に転げる妖精にとっては、腹を抱えて笑いごとだ。
「くっ……ぐ、ぐぅ……うう……
わ、わかった、わかりましたよ。
ええわかりましたよ、わかりましたとも!
柏の掟 第三条『約束は基本的に守るべし』なりぃ!」
『! !』
なかばやけくそで叫ぶ青年に、潤んだ瞳に眩い笑顔を浮かべる少女。
妖精にいたっては、もはや笑い過ぎて声も出ていない。
「それではご主人様、早速!」
「は……はい」
「服を脱いで下さいぃ!」
服。脱ぐ。
あ、うん。そうだよね、穴が開いたら困るもんね、一張羅だし。
口の穴じゃないんだ……と絶望的な表情で呟く青年の服を、異常な積極性で少女が脱がしにかかる。早く契約しないといつ角を斬られるか不安で仕方ないからに違いない。きっとそのはずだ。
床に転がった妖精さんは、びくびくと痙攣していた。ひょっとしたら、呼吸困難に陥っているのかもしれない。
必死で服を死守しようとしてしまう自分の腕の力を、少女の悲痛な眼差しがうそつきとばかりに責め立てて緩ませる。
少女によって、青年の服が
青年の穴に、少女の角が狙いを定め
「……!」
「♪」
「! !」
「ユーディアの祖にかけて、主に捧ぐ」
青く輝く角で青年を貫いた少女が、青い顔で貫かれた青年の肌に優しく触れたまま歌うように宣言する。
自分を貫く異物感、血が出ない不思議、身体の中で広がるなんとも言えない感触を飲み込んで、青年は少女を見つめる。
やがて―――
「我が力と想いは永遠に、我が命は主のために」
少女が誓い、突き刺さっていた角を抜く。
青年の、ヘソから。
青年の胴体のど真ん中から引き抜かれた角には、赤い血も、青い煌めきもなく。
その長さと大きさも突き刺す前の半分、少女の指一本程度になっていた。
「―――契約、終わりました、ご主人様ぁ!」
「そ、そう……良かった、ですよ」
自分を見上げる少女の熱い瞳。
その強い感情も美しい笑顔も、可憐な唇も。青年の引きつった顔をほぐすことはできなかった。
いや、引きつったとだけ言うのは表現不足であろう。
その顔には、穴がヘソのことであった安堵も、血が出ず痛みのない驚きも、契約が終わった喜びも、そのことを喜ぶ少女への優しさもあった。
ただそれらの感情が青年の引きつった表情を改められなかったというだけのことで、確かに表情には微弱ながら他の感情の色もあったのだ。
『ちぇー、ヘソなんてつまんないつまんなーい』
腹筋崩壊による生死の境から復帰した妖精は、期待した映像が見られなかったことを愚痴る。
青年が腹を貫かれた瞬間には随分と狼狽していたが、そんなことはもう忘れたとばかりに。
ともあれ、喜劇と悲劇の大騒動の末に、ようやく。
少女と青年の。
ユーディア族と、異世界の人間の。
「改めてぇ、これからよろしくお願いしますね、ご主人様ぁ!」
「ああ……
そうだね、うん。よろしく頼みますよ、ユニカさん」
鋼と、ユニカの契約は結ばれた。
それは、主と奴隷というだけでも、ユーディアと契約者というだけでもない。
もっと特別な、二人だけの契約の始まりであった。
【 現在の可能性行使証 使用状況(2/2) 】
○ 癒しの魔術
返済内容:癒しの魔術を何度もかける
利子 :?
返済期間:無期限
備考 :銀証を使用
○ 金貨2110枚
返済内容:金貨2110枚
利子 :なし
返済期間:無期限
備考 :金証を使用
ヘソ に 角 を 刺す!
ユニカと契約完了!
ハガネは 癒し手(予定) を 手に入れた!
ユニカを購入するため、めでたく借金生活に逆戻りでございます。
転移早々に能力も使い果たし、爆貧生活まったなし。
鋼の明日の住処はどっちだ?
どうぞ、引き続きよろしくお願い致します。
【★ ネタバレ次回予告 ★】
鋼が……
(タメ)
借金をします!!