少女と契約する方法
「それで、聞きたいことなんですけど」
「はいっ」
契約前の角の輝きが移ったのかというほど瞳を輝かせ、抱き着くように青年の両手を握って少女は頷く。
その表情は、つい数時間前の檀上で立ち尽くしていた少女とは全くの別人で。
眼差しに散りばめられた煌めきを見れば、誰もが立ち止まり、振り返り、見とれ。
美しいという意味を、あるいは恋するという意味を知る。そんな光溢れる笑顔であった。
「ユーディア族にとって、契約って、どういう意味なのでしょう?」
「え、っとぉ……」
だが、大きなベッドの中央で寝ている妖精にも、目の前のぼろを着た青年にも、少女の笑顔は通じていない。
青年は、握られた手をじっと見たあと、そっとその手を外してしゃがみこんだから。
一度も、少女の顔を見ずに。
「あ、あの……大丈夫、ですかぁ?」
「うん、気にしないで……それより、契約について教えて下さいよ」
気になる。
気にしないでと言われても、ものすごく気になる。
もしかして、何か失礼があったのだろうか。
奴隷が主人の手を取るなど、立場を考えればそれだけで鞭打ち対象となる。
だが奴隷としての教育が不十分な少女は、そのことがよく分かっていない。
当然青年だって、そもそも奴隷が何か分かっていない。そんなことで鞭を打ったりしない。
ともあれ、青年の様子が気になる少女だったが、質問には答えなければならない。
ユーディアの、契約についてである。
成人して角に煌めきを宿したユーディアは、定めた主と『契約』をかわす。
契約を結んだユーディアはその角の煌めきを失い、角に宿していた力を自らに宿して強力な癒しの魔術の適性を得る。
そんな、ごく一般的に知られたユーディアとしての性質。それを語る少女に―――
「うん、その話は聞きましたよ。
そうではなくて、なぜ契約を介するのか、契約にはどういう意味があるのか、ってことですよ」
青年は、再び膝を抱えて座り込むと、顔を合わせずにぼそぼそと答えた。
気になる。
さっきまでは、お互い立ってとは言え、顔をあわせて会話をしていたのに。
いったい何が青年を変えたのか?
自分の何が悪かったのか、気分を損ねてしまったのか?
そんな疑問と不安が頭を巡り、質問の意味も分からず慌てる少女。
輝くような笑顔はすっかり翳り、不安で悲しげな表情に逆戻りしている。
「……えーっと、うまく説明できるか分からないんだけど」
少女の困惑に気付いたか、前置き一つ挟んで何に疑問を持っているのかを説明する青年。
種の存続として考えれば、契約をする意味がない。
癒しの力を使うためには、生まれつき癒し手であればいいのだ。
わざわざ角に薬としての機能を持たせる意義も、成人してから契約する必要もない。
相手を選び、契約を結ぶ、その意味。青年は、それが気になっていた。
『んっとにもー、めんどくさいわねー。
そんなのいちいち気にしてないで、ちゃっちゃとヤルことヤんなさいよー』
ベッドから聞こえる寝言を、一人は聞こえず、もう一人も聞こえていないのかスルーしているのか。
妖精に意識を払うものはいない。
「生涯を賭し、共にあるために。己の主を定め、加護を与え、全てを捧げて尽くす……と聞きましたぁ」
ある意味で、よくある話、としてのユーディアの契約と主。だが、青年は納得していない。
「でも実態として、成人になったらすぐに親兄弟とか家族と契約していたんですよね?
生き延びる術、ということとして」
確かに、主を探すという意思はあるのかもしれない。
だがそれは、命を常に危険にさらすということ。
万病の薬をぶら下げて、主と巡り合うまで生き続けるということだ。
あるいは、かつてはもっと平和だったか、ユーディアの角が薬であると知られていなかったか。
過去は分からないが、少なくとも現代では、非常に難しい話であった。
「すみません、考えたことなくてよく分かりませぇん……」
「……いいえ、こちらこそ変なこと聞いて悪かったですよ」
少しだけ考えた後、しょげた声の少女に返事をして。
ようやく、立ち上がって向き直り、最初のように顔を合わせる。
「わかりましたよ。
ぼくとしては、あなたに癒していただければいいので、あなたの契約まで縛るつもりはありませんよ」
「え、っと……?」
「相手は自由に選んでいただいていいですし、契約自体しなくてもいいですよ。
あ、奴隷というのも良く分からないので、そちらも好きに生きていただいていいですよ。
ただ、ぼくを助けて、癒し続けてくだされば」
「そんな!?」
契約は要らないという青年に、しかし少女は悲鳴をあげる。
「契約はしますっ、させて下さいぃ!」
「でも、主を定めて尽くすため、なんですよね?
自分の一生や運命を、妥協して欲しくないのですよ」
せっかく命を拾ったんですからね、と気楽に笑う青年。
だが少女は、悲痛な顔で青年にすがる。
「いやですぅ、契約して下さい!
契約しないと、私、わたし……!」
『あんたねぇ……
そもそも契約後でないと、この子は回復魔術使えないのよ?』
「あ……」
契約しなければ、癒しの魔術は使えない。そもそも、根本がずれているのだ。
いつの間にか傍に浮いていた妖精が、青年の腰を突きながら呆れ声で突っ込んだ。
少女からも、斜め後ろに位置取られた青年からも、その姿は見えない。
シリアスなシーンに似合わない口元のよだれに、誰も気づかなかったのは幸いなことである。
「すみません、今のはやっぱりなしでお願いしますよ。
癒しの魔術が使えるように契約をして下さい。相手はぼくじゃなくてもいいですけど―――」
あっさりと、それまでの言を翻す青年。
その言葉と態度を非難するどころか、喜びさえ見せずに必死ですがりつく少女。
「いやですぅ、ご主人様がいいですぅ!
今、ここで! 今すぐ契約して下さいぃ!」
角を、斬り落とさないと青年は言う。その言葉を疑うわけじゃない。
でも、未契約のまま過ごすということに、少女はもう耐えられなかった。
怖い。
いつ、青年から引き離されるか。
青年が、心変わりするのではないか。
青年が殺され、誰かに自分が捕まるのではないか。
「お願いします、何でもしますぅ、お願いしますぅっ!」
「わ、わかった、わかりました、わかりましたから落ち着いて下さいよ」
涙目で詰め寄る美少女に気おされ、わずかに肩に触れて押しとどめる。
「わかりましたよ。
癒しの魔術のための妥協で申し訳ないですが、契約して下さい」
「妥協なんて……」
―――本当か?
本当に、自分は妥協していないと、言えるのか?
本当に、角を斬り落とさないという青年の言葉を、疑っていないのか?
ちくりと、そんな想いが胸を刺す。
それに目を背け、少女は青年を見つめて、あらん限りの熱と想いを込めて告げた。
「私と、契約して下さい、ご主人様ぁ」
次回、お待ちかねの契約回です!
××に○を△す!
やっと、やっとここまできた! ばんざい!




